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86話 どちらさま?

 四曲目が流れた。

 ただ、私は踊らず、広間の端で休憩。


 ちょっと休みたかったのと……

 あと、相手がまだ来ていないからだ。


「ネコは、どうしたんでしょうか……?」


 用事があるようなことを聞いていたけど、いつまでかかるのだろう?

 このままだと、舞踏会自体が終わってしまうような……


「おまたせ」


 ふと、ネコの声が後ろから聞こえてきた。


 よかった、間に合ったみたいだ。


 私は笑顔で振り返り……

 しかし、はて? と首を傾げる。


「……どちらさまでしょう?」


 黒を基調とした男性用の礼服。

 細身の体に合わせて、丁寧に仕立てられている。


 装飾は少ない。

 ただ、胸元や袖口に銀色の糸が使われていて、光を受ける度に静かに輝いていた。


「ひどいなあ、友達の顔を忘れたの?」

「……え? もしかして、ネコですか?」

「正解♪」


 よく見たらネコだった。


 知っている人なのに、でも、知らない人のように見える。


 でも、仕方ないでしょう?

 こんな風に化けてくるなんて、誰も思わない。


「驚いてくれた?」

「はい……すごく驚きました」

「ふふ、サプライズ成功だね」

「その姿、どうしたんですか?」

「うーん……今日くらいは、本当の姿でアリーシャと踊りたいな、って思って」

「そうだったんですね……うん、よく似合っていますよ。それと、とても格好いいです」

「……」


 ネコが、一瞬だけ目を見開く。


 それから、嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


 なぜか……

 その笑顔は、いつもよりキラキラと輝いているような気がした。


「それじゃあ……僕と踊ってくれる?」

「もちろん」


 ネコの手を取る。


 音楽が始まり、私達はステップを刻む。


 練習の時も思ったけど、ネコはダンスがとてもうまい。

 元暗殺者だから、体を動かすことは得意なのだろうか?

 私の方が足を引っ張り、失敗してしまいそうだ。


「足元を見なくてもいいよ」

「ですが……」

「僕を見て」


 優しい声。


 言われた通りに顔を上げると、ネコと目が合う。


「うん、それでよし。全部、僕に任せて」

「……なんだか、今日はいつもと雰囲気が違いますね」

「そう?」

「はい。ぜんぜん違います」


 女装を止めているからなのか?


 ……いや、違う。

 見た目だけじゃなくて、いつもと内面が違うような気がした。


 普段は、気軽に接することができる友達。

 でも今は……


 男の子、という感じがした。


 いや、まあ。

 自分でもなにを言っているかよくわからないのだけど、でも、そう感じたのだ。

 そこについて掘り下げられても、うまく答えられる気がしない。


 ちょっと、胸がぽかぽかする。


 ただ、それは悪いことじゃないような気がして……

 むしろ、楽しいことのような気がして……


「ふふ」

「どうしたんだい?」

「いえ、なんでも」


 しばらく踊り続けたいな、なんて思ったのだけど。

 でも、なぜかそれは秘密にしておきたくて、私は笑顔でごまかしておいた。



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