81話 舞踏会の準備
「どうですか、アリーシャ姉様?」
「……」
「アリーシャ姉様? えっと……もしかして、似合わなかったでしょうか?」
「まさか! これほどとは……やはり、フィーは天使なのですね。フィーなら、どのようなドレスも着こなしてしまうのでしょう」
「ほ、褒めすぎです」
舞踏会まで、あと一週間。
今日は、屋敷で衣装合わせをしている。
部屋の中央に立つフィーは、淡い青色のドレスを身にまとっていた。
柔らかな布が、細い体を包んでいる。
金色の髪には、青い小さな花を模した髪飾り。
派手すぎることはなくて、でも、可愛らしさと気品を両立している。
「うーん……このまま飾りたいくらいですね」
「えっと……さすがに、それはちょっと……」
「ふふ、冗談ですよ」
「ちょっと本気に感じましたけど……」
鋭い。
最近は、笑ってごまかす、というのが通用しなくなってきた気がする。
「アリーシャ」
少し離れたところで様子を見守っていたお母様が、呆れたように私を見る。
「シルフィーナの衣装合わせが進まないでしょう?」
「すみません。でも、フィーがあまりにも可愛くて」
「姉妹仲が良いのは喜ばしいことですが……はぁ。この子は、極端すぎやしないかしら?」
「これが私ですので!」
「誇らないように」
「あいたっ」
パシン、とお母様の持つ扇子で手を軽く叩かれた。
お母様は優しいけど、でも、厳しい一面もある。
「えっと……なにか要望はあるでしょうか?」
仕立て屋の女性達もいた。
質問するタイミングをうかがっていたらしく、そっと問いかけてくる。
「腰の辺りを、もう少し絞ってもいいかもしれないですね」
少し考えてから、お母様が言う。
「ただ、軽くで大丈夫です。あまりきつくしすぎない方がいいですからね。舞踏会では、長い時間着ることになりますから」
「なるほど」
「それから、この髪飾りなら、耳元の飾りは控えめな方がいいわ」
「さすがお母様、詳しいですね」
「当たり前でしょう? 社交界の経験は、あなた達の何十倍とあるのだから」
さすが、公爵の妻。
踏んできた場数が違う。
「次は、アリーシャの番よ」
「私ですか?」
「なぜ驚いているの、あなたの衣装合わせも必要でしょう?」
「フィーのドレス姿をもう少し見ていたいのですが……」
「本番に見られるでしょう」
「むぅ……」
「残りは本番の楽しみにしてもいいんじゃないかしら? そうやって、楽しみを後にとっておくと、本番は何倍にも楽しくなりますよ」
「わかりました!」
我ながら単純な性格である。
素直に頷いて、私用のドレスが運ばれている隣の部屋に移動した。
――――――――――
「……おぉ」
用意されたドレスは、深い赤色だった。
悪役令嬢らしい色だけど、嫌じゃない。
以前なら、ゲームのアリーシャに近づいてしまうような気がして、避けていたかもしれない。
でも、避けて、逃げていても仕方ない。
神様が言っていたように、立ち向かうべきなのだ。
なればこそ、この赤も私のものにしよう。
悪役令嬢ではなくて、ただのアリーシャとして……
己のものにしてみせる。
「とてもお似合いです」
仕立て屋の女性が笑う。
胸元や肩は露出しすぎない。
細い金糸で、花と蔓の模様が縫い込まれている。
裾は、踊った時に美しく広がるよう作られていた。
「素敵だと思うのですが……少し派手ではありませんか?」
「舞踏会ですから、このくらいでちょうどいいですよ」
「そういうものですか」
「はい」
後ろにいるお母様を見ると、同意見というように優しく頷いた。
あまりセンスのないかもしれない私と違い、お母様が言うのなら問題ないだろう。
「そのまま、髪も整えてもらえるかしら?」
「はい」
お母様の言葉に従い、仕立て屋の女性が私の後ろに立つ。
そのまま髪も整えてもらう。
普段は下ろしていることが多いけれど、今日は一部を結い上げた。
そして、最後に赤い宝石の髪飾りをつけた。
「完成です」
「……おぉ」
鏡を見ると、見慣れない人がいた。
私なのだけど……
でも、別人のようにも見えた。
普段よりも何倍も大人びていて、お母様の若い頃を見ているかのよう。
「……アリーシャ姉さま?」
扉の外からフィーの声がした。
「私の方は終わったので……入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
扉が開いて、フィーが入ってきた。
いつもの普段着に戻っている……残念。
でも、後の楽しみにしておこう。
「……」
「フィー?」
私を見ると、なぜかフィーが硬直した。
ぽかーん、としている。
「えっと……これ、似合いませんか?」
「ち、違います……!」
フィーが、ぶんぶんぶんと強く首を横に振る。
「とても……とても綺麗です!」
「本当ですか?」
「はい! すっごくすごく……世界で一番綺麗です! さすが、アリーシャ姉様です!」「フィーは大げさですね」
「本心ですから!」
フィーの目がキラキラと輝いていた。
それから、ちょっと微妙そうな顔になる。
「どうしました?」
「……この姿を、他の人にも見せるのですよね?」
「それは、そうですね。舞踏会へ着ていくので」
「……」
「フィー?」
「えっと、その……」
私のドレスの裾を少しだけつまむ。
「本当にすごく綺麗だから……なんていうか、誰にも見せたくないというような、独占欲が湧いてしまいました」
「あら。私も、先ほど同じようなことを考えていましたよ?」
「アリーシャ姉さまも?」
「フィーの姿を、私だけのものにしたいと」
「……っ……」
フィーの頬が赤くなる。
それから、優しく笑う。
「なら、同じですね」
「はい、同じです」
私とフィーは、半分しか血は繋がっていないものの……
でも、血の繋がりなんてどうでもいい。
私達は、確かに姉妹なのだ、と実感できたのだから。




