75話 やりすぎていました
裏口を開けると、柔らかな風が頬を撫でた。
太陽の光。
青い空。
咲き誇る花。
久しぶりに見る外の景色だ。
「ふぅ……気持ちいいですね」
大きく息を吸うと、草と土の匂いがした。
生きている。
今、改めてそう実感することができた。
あの白い世界では、匂いも風もなかった。
ここには全てがある。
「もうちょっとくらい、いいですよね」
ちょっと一人になったら戻るつもりだったけど……
少し欲が出てきた。
そのまま庭の中を歩く。
屋敷の周囲を一周することもない。
花壇を見て、ベンチで休み、それから戻る。
それだけ。
みんなを困らせるつもりはない。
むしろ、私が元気に歩けると証明するためだ。
この姿を見れば、過剰な心配も落ち着くだろう。
「薔薇が咲いていますね」
少し離れたところに、薔薇の花壇がある。
せっかくなので近くで見てみよう。
一歩、二歩、三歩……
普通に歩くことはできる。
ただ……うーん。
思っていたよりも足に力が入らない。
一度、死んだ影響はまだ残っているようだ。
「少し休みましょうか」
近くのベンチへ向かうけど……その途中。
足元がわずかに揺れた。
「あら?」
体が傾く。
ただ、倒れるほどではない。
すぐに花壇の縁へ手をついて、体を支えた。
「やはり、体力が落ちていますね」
無理は禁物。
少し休んで、すぐに戻ろう。
「アリーシャ姉さま!」
悲鳴に近い声。
顔を青くしたフィーが、こちらへ走ってくる。
その後ろから、アレックス、ジーク、ネコも追いかけてきた。
「フィー、走ると危ないですよ」
「どうして……」
私の前まで来たフィーは、怒るでもなく、泣くでもなく……
ただ、震えていた。
「どうして、こんなところに……?」
「えっと……ちょっと散歩を」
「うぅ……そんな勝手を。また……また、アリーシャ姉様がいなくなってしまったのかと、そう思って……」
「……フィー……」
「また、一人にされると思いました……」
フィーの目から、涙がこぼれた。
……少し軽率だったかもしれない。
みんなは心配性になっているが……
でも、よくよく考えてみれば、それは当然だろう。
なにせ、一度死にかけて……いや、死んだのだ。
生き返ることができたのは奇跡。
そんなことになれば、心配して当然。
いつも以上に気になって、常に一緒にいないと落ち着かないのも当たり前。
私の方が甘く見ていたようだ。
「すみません……」
それ以外の言葉が出てこなかった。
「アリーシャ!」
アレックスが、私の肩を掴む。
怒っている。
これまでに見たことがないほど険しい顔だ。
「勝手にこんなところに……なにを考えてるんだ!?」
「アレックス、声が大きいよ」
ジークが止める。
でも、彼の顔も穏やかではない。
「それと、手を離して。アリーシャの体に負担がかかる」
「……くそっ」
アレックスは手を離した。
しかし、拳を強く握っている。
「俺は……」
声が震えていた。
「俺は、お前が死んだかと思ったんだ……」
「……はい……」
「呼んでも返事をしなくなって、どんどん手が冷たくなっていって……」
アレックスは歯を食いしばる。
「もう二度と会えないと思った。でも、戻ってきてくれて、安心できると思っていたけど、でも、ぜんぜん安心できなくて。前以上に心配になって……わかっているさ。過剰だ、っていうのは。でも……うまくできないんだよ」
「そうだね……僕も同じだよ」
ジークが静かに言う。
「アリーシャの自由を奪いたいわけじゃない。また、こうして歩くところを見ることができたのは、本当に嬉しい。嬉しいけど……でも、あなたが一人で行動することを怖いと思ってしまう」
「ジーク様が?」
ジークはいつも冷静だ。
なにがあっても落ち着いていて、感情的になることは少ない。
そんな彼が、はっきりと怖いと言った。
「僕は王子だ。多くの人間を動かせる。優秀な医師を集めることも、薬を用意することもできる」
ジークの手が、わずかに震えた。
「それでも……あの時は、あなたを助けることができなかった。助かったのは奇跡で、僕はなにもできなかった……」
「ジークさまのせいではありません」
「わかっている、わかっているんだけどね……」
ジークは自嘲するように笑った。
「それでも、次はもっと多くの護衛をつければ。もっと早く異変に気づけば。ずっと傍にいれば……そう考えてしまうんだ」
私の意思を無視したいわけではない。
ただ、二度と失いたくない。
そのために、自分ができることを全てしようとしていたのだろう。
「君は、自分の命を軽く考えているわけではないのだろう。でも、君が一人で無茶をするなら……僕は、君を自由にすることが怖くなる」
静かな言葉。
怒鳴られるよりも、ずっと重い。
「アリーシャ」
最後に、ネコが私の前へ立つ。
いつもの笑顔はない。
「どうして、私に嘘をついたの?」
「それは……」
「トイレに行く、って嘘を吐いたよね」
「……はい」
「私は、人を信用するのが苦手だった。信用したら裏切られる。大切に思えば、弱点になる。だから、誰にも本当のことを話さなかった……でも、君なら信用してもいいと思った」
「それは……嬉しいです」
「うん、私も嬉しいよ。でも、だからこそキミを失いたくない。やりすぎている、っていう自覚はあるけど、止められなくて……そうだね。そこは謝らないとだね、ごめん」
「私の方こそ、申しわけありませんでした」
頭を下げる。
みんなにきちんと謝罪する。
「元気になったところを見せたい、と思っていたのですが……私の考えが足りませんでした」
「……アリーシャ姉様……」
「少し散歩をするだけだから、問題ないと思っていました。元気なところを見せれば、皆さんも安心すると」
「それで、一人で出てきたのか?」
アレックスが額を押さえた。
「わからないでもないが……行動力がありすぎるだろ」
「まあ、アリーシャだからね。仕方ないかもしれない」
「私もそう思うよ。それと……」
「私達も悪かったですね。失いたくないからって、アリーシャ姉様を閉じ込めようとして……ごめんなさい」
フィーが頭を下げて、他の三人も謝罪する。
うん。
これで仲直り、かな?
「では、話がまとまったところで、私はお手洗いに……」
「……アリーシャ姉様?」
「ち、違いますよ、フィー? これは本当に……」
「むぅ……なら、私も一緒します!」
「えぇ!?」
「今度はダメです。恥ずかしいとか言っても、見逃してあげません!」
「うぅ……なんていうことに……」
本日の教訓。
適当な嘘を吐いたら、後でとんでもなく痛い目を見る。




