神々への敵意
「それは随分と穏やかじゃないね」
ソヨの告白に命は淡々とした様子で答えた。だが愛する神々への敵意と聞いては流石の命も心中穏やかではない。ソヨの告白が事実なら、何らかの処置を施さなければならないのだ。
だが当人の神々はあまり危機感を持ってはいなかった。神々からすれば世界の住人からの敵意など、所詮有象無象が喚いているだけのことで、実際に何かされたとしても神々は傷一つ負うこともないからだ。
「詳しく説明してくれる?」
例え神々に害がないとしても命からすれば心配になるのは当然のことだったので、命はソヨに詳細を求めた。ソヨは首肯すると、これまでの経緯を語り始めた。
「もちろんじゃ。わらわが異世界転移を行ったことで、インフェスタの人々が神という存在を認識し始めたのは説明したじゃろ?その時は何の問題もなかったのじゃが、最近になってインフェスタが多くの天災に見舞われてしまったのじゃ」
ソヨの説明に全員が首を傾げた。何故なら現段階のソヨの話に問題なんて一つもなかったからだ。
天災というのは世界の魂が永遠の孤独に耐え切れなくなった時に起こすヒステリーのようなもので、どんな世界にも平等に訪れるものだ。だが本来世界の魂に世界をどうこうする力はなく、天災は時たましか起きないのだ。
今回のインフェスタの場合、ソヨの言う〝多くの天災〟がインフェスタの魂が起こしたヒステリー一回分のようなもので、世界の動きとしては平常運転そのものなのだ。
「その様子だと、やはり自然は自然でしかないということじゃな……」
命や神々の様子から、ソヨは天災というものが本来なら問題にもならないというのを悟ったようだ。そして天災というものが本来神々や命が干渉していいものではないということも、ソヨは理解したのだ。
「どういうこと?」
「インフェスタの連中は、現在の天災を神のせいにしているのじゃ」
「あー…………はぁ……そういうことか」
ソヨの言葉で命は嫌な予感が当たった様な、呆れたような深い深いため息をついた。
森羅万象において誰のせいにも出来ない不運というのはいくつか存在する。例えば病。病というのはどれだけ健康に気を遣っている人にでも訪れるもので、それは誰のせいでもない。例えその病で死んだとしても、病にかかった本人が悪い訳でも、病を治せなかった医者が悪い訳でもない。余程の事情が無い限り。
自然はそれらの代表格のような存在だ。まぁ天界の住人からしてみれば、天災は世界の魂のせいなのだが下界の住人がそれを理解できるはずもなく。
下界の住人にとって自然とは絶対に敵わない存在であり、誰のせいでもない純粋な現象でしかないのだ。
だが天災のせいで家族や友人を失った者は多く存在する。被害者遺族は募りに募る怒りや悲しみの矛先を見つけることが出来ず、絶望の淵に立たされる者もいるだろう。
そんな人々の前に現れたのが、神という都合のいい八つ当たり相手だったのだ。
「まったく愚かなことじゃとわらわも思う……この人々の浅はかな考えも本を正せばわらわが原因じゃ。本当に申し訳ないのじゃ」
インフェスタの人々が神の存在を認識しなければ、確かにこんな事態は起きなかったかもしれない。ソヨは自責の念に駆られているようで、深く深く頭を下げた。正座のままなので傍から見れば土下座そのものだが、誰もそんなことは気にしていないようだ。
「わらわちゃんのせいじゃないよ。それにしても、インフェスタの人々にしては随分極端な考え方だね」
「実は、それにも理由があるのじゃ」
ソヨが頭を上げると、命はふと引っかかることを呟いた。命の知るインフェスタという世界の人々はそんな極端な思い込みをしないタイプだったからだ。
魔法の実力のある者が重宝されつつも、魔法の才能がない者を差別はせず、一人一人の芯の部分を見ることが出来る人が多いのだ。もちろんそんな人間ばかりではなく、悪人や差別意識のある者も存在するのだがごく少数だ。
だからこそ、そんなインフェスタの人々が多くの天災に見舞われたからと言って、極端に神々のせいにするというのが命には納得できなかったのだ。
「インフェスタの人々の負の感情を煽り、神々のせいだと決めつける原因を作った最も愚かな男がいるのじゃ」
命の疑問に答えるようにソヨが語った話で、命は今回対処すべき大ボスの存在を確認した。
「其奴はインフェスタの実権をほぼ握っているわらわの次に実力がある男なんじゃが、控えめに言ってクズなのじゃ」
「わらわちゃんって結構偉い人なんだね」
命たちが顔も知らない人物をソヨは罵っている合間にサラッと爆弾事実を投下した。何事も無かったように話を進めるソヨを制止した命は、目をぱちくりとさせながら尋ねた。
「ん?まぁわらわはインフェスタ最強じゃからな!それなりの発言権は持っていたのじゃ!」
唐突に褒められたと勘違いしたソヨは無い胸を張るとドヤ顔で自画自賛した。
「……過去形だね」
「ギクッ!なのじゃ」
隠す気があるのかないのか分からないソヨの反応に、命は苦笑いを零した。先刻のソヨの口ぶりだと、以前は実権を握っていたが今は違うということになってしまう。それを指摘されたソヨは汗を噴き出し、あからさまに慌てた様子を見せた。
「……其方たちに隠しても仕方がないから言うのじゃ。実はわらわ、其方たちを擁護したことでこの世界の反逆者だと認定されてしまったのじゃ」
「それもその男の思惑通りってこと?」
「その通りなのじゃ。不覚なのじゃ」
観念したようにソヨは事情を語った。
男の思惑でインフェスタの人々が神に敵意を向け始めた頃、ソヨは人々が愚かな考えを改めるために躍起になった。ソヨは自然というものが神々の行動や意思で変わるものだとは微塵も考えていなかったのだ。その上、神という異次元の存在を敵に回してもこの世界に不幸が訪れるだけだと理解していた。
だから最悪の事態が訪れる前にソヨは奔走したのだが、その時点でソヨは男の掌の上で踊らされていたのだ。
男は神々を擁護するソヨを敵だと人々に信じ込ませ、ソヨの信頼や権利を根こそぎ奪い取っていったのだ。
「ん?あれ、もしかしてわらわちゃんがここに来た理由って……」
「うむ!もちろん命たちに今の事態を知らせるためでもあるのじゃが、ぶっちゃけインフェスタに居場所が無くなって逃げてきたのじゃ」
命が勘付いたように呟くと、ソヨは恥ずべき今の状況を何故か声高々に伝えた。ソヨの中では起きてしまったことはしょうがないというポジティブシンキングで事が進んでいるようで、その点に関しては全員が苦笑いを浮かべるばかりでスルーした。
「それじゃあわらわちゃん、ここに泊まるつもり?」
「そのつもり満々なのじゃ!」
「あ!じゃあ神子ちゃんも呼んでお泊りパーティーでもする?」
「おお!名案なのじゃ!わらわがさっそく呼んでくるのじゃ!」
二人の世界だけでどんどん話が進んでいる現状に神々は目を白黒させた。すると既にソヨは天界から姿を消していて、炎乱に転移したようだった。
「み、命様。いいのですか?」
「ん?何か駄目だった?」
干渉などできるはずもない二人の世界に勇敢に立ち入ったデグネフの検討虚しく、命からは悪意ゼロの質問で返されてしまった。
デグネフからすれば神子でもない世界の住人を、この天界に住まわせることが許されるのかという問題が浮上していたのだが、命は全く気にしていない様子だった。この天界のルールである命が良しとすることに神々は意見などしないので、ソヨと神子である弥永のお泊りは決定事項になった。
「っっ……!神子ちゃん!久しぶりっ」
「命様、お久しぶりです」
すぐに天界へ戻ってきたソヨは神子である弥永を連れてきていた。弥永は楓佳によく似た容姿をしていて、穏やかな性格も楓佳に通ずるものがある少女だ。命は弥永を初めてみた時、隔世遺伝の底力のようなものを初めて見た気がして身震いしたものだ。
「申し訳ありません、命様。ソヨちゃんからお話は聞きました。元はと言えば私がソヨちゃんに命様たちのことを話さなければこんなことには……」
今回の騒動はソヨがインフェスタに神々の存在を知らしめたことがきっかけだが、そのソヨが天界の存在を知ったのは弥永が原因だ。そのことを気に病んだのか、弥永は深く頭を下げると悲痛な声で陳謝した。
「もー、わらわちゃんにも言ったけど、神子ちゃんのせいじゃないからね。そんなことよりも、花札でもしようよ!」
命はぷりぷりと怒りつつ弥永を慰めた。責任感が強いところも楓佳によく似ていて、命は思わず何とも言えない笑みを零した。
そしてガラリと話題を転換した命はどこから取り出したのか不明な花札を見せた。すると和オタクのソヨはすぐにそれに食いつき、キラキラと目を輝かせた。
「命!その美しい和は一体何なのじゃ!?」
「ふふっ、わらわちゃんの為に用意した花札だよ。こういうの好きでしょ?」
「めっぽう好きなのじゃ!」
様々な植物や動物が美しく描かれた花札を見たのは初めてらしく、ソヨはまだ見ぬ和の世界に更にのめり込んでしまったようだ。
「これで遊んだらソヨちゃんにあげるよ」
「なんと!ありがとうなのじゃ!めっぽう嬉しいのじゃ!」
命は孫に好かれるためにおもちゃを買い与える老人の様に破顔した。一方ソヨはその孫のように無邪気に飛び跳ねていて、弥永はその微笑ましい光景をはにかみながら眺めていた。
花札は基本的に二人でするものなので、このお遊びに参加する気満々の命、ソヨ、弥永の三人が交代制ですることになった。
今は命が休憩中でソヨと弥永の対戦中なのだが、二人の攻防を眺めていた命がふと思い出したようにソヨに話しかけた。
「そうだソヨちゃん。忘れる前に言っておきたいんだけど、少しお願い事があるんだ」
「……なんなのじゃ?」
ソヨはほんの少しだけ当惑した。ほぼ全てのことを自分で実現可能な創造主である命が、インフェスタ最強と言ってもたかだか下界の人間に過ぎない自分に何の頼みがあるのか理解できなかったからだ。
「わらわちゃんに前世の記憶を取り戻して欲しいんだ」
唐突な命の懇願に、ピンと来ていないソヨや弥永よりも、全く会話に交わっていなかった神々の方が驚きを隠せないでいた。
次は明後日更新予定です。
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