意外な事実
「前世の記憶?何故なのじゃ?」
命からの唐突な質問にソヨは心底理解できないといった感じで尋ね返した。命の事情を知らない者からすればそれは当然の反応だったので、命も説明なしに実行するつもりなどさらさらなかったのだが。
命がソヨに前世の記憶を取り戻して欲しい理由を語るには、まず世界消失の件から話さなければならない。
命が創造主ではなく、ただの一人の人間だった時。唐突に世界が終わり、命が新たな創造主となったことで新たな世界が産まれた。
そして命が探し続けていた前創造主の魂の持ち主――アランとの出会いで、何故世界が消失したのか、その経緯を命は知った。
前創造主は一人の女神の裏切りがきっかけで世界を滅ぼした。だが前創造主は何故その女神が他の神々の魂を人質に取ってまで、前創造主の死と世界消失を望んだのか、それを知らなかった。
その謎の解明をアランと約束した命は、裏切った女神の魂を探すことを決意したのだが、命はソヨに出会ったことで糸口を見つけたのだ。
命はこれまでの経緯をじっくりとソヨに語った。
「ふむ。それで、わらわがその裏切った女神の魂の持ち主ということなのじゃ?」
「ううん、多分それは違う」
あっさりと否定した命に、ソヨだけでなく神々も拍子抜けといった感じでため息をついた。ソヨの前世の記憶を知りたいのならそうなのだと飛躍して考えてしまっていたので、全員がそんな態度になってしまったのは致し方なかったのだ。
「では何故じゃ?」
「ソヨちゃんはその裏切った女神ではないけど、昔女神だった子の魂を持っているんだ」
命の解説でソヨや神々は納得することが出来た。だが何人かの神々は同時に不思議に思った。
前創造主は創造したすべての神に名前をつけていなかった。だからこそ命は固有名詞を条件に裏切った女神を見つけることが出来ず、以前女神だった魂をしらみつぶしに探すことしかできないのだ。
よって今の段階でソヨの魂が裏切った女神か、それ以外の女神かは命にも分からないはずだったのだ。にも拘らず何故命がそう判断したのか分からず、何人かの神は当惑したのだ。
「なるほどなのじゃ。わらわの前世が女神じゃったのなら、その記憶の中に謎を解く鍵があるかもしれないということじゃな」
「そう。でも前世の記憶を取り戻すのは想像以上に辛いことだから、ソヨちゃんの意思に任せるよ」
例え裏切った女神ではなくとも、以前神々にあまり関わってこなかった前創造主とは違い、同じ立場にいた神なら何か別の記憶を持っているのではないか?そんな命の考えをソヨを悟った。
だが命は以前アランに忠告した様にソヨにも自分の意思で決断させようとした。それを初めて間近で見た祈世は眉を下げつつはにかんだ。祈世がそんな表情を見せる経緯と理由を知らない未乃は、どこか呆けた面でそれを眺めていた。
「今回の件でわらわは其方たちに迷惑をかけてしまったのじゃ。それにあの阿呆のことで命たちの手をこれから借りたいとも思っているのじゃ。面倒を見てもらってばかりではわらわが自分を許せないのじゃ。命のためになるのなら前世の記憶ぐらい、いくらでも取り戻すのじゃ」
ソヨは優しい笑顔と共に命の申し出を受け入れた。
「ありがとう、わらわちゃん。無理はしないでね。……それじゃあ命が……」
「待つのじゃ命。前世の記憶ぐらい、わらわが自分で取り戻せるのじゃ」
「え、ほんと?」
命が創造主の力でソヨの前世の記憶を取り戻させようとすると、それをソヨが制止した。そんなソヨの発言に流石の命もポカンとしてしまい、呟くように尋ねた。
神々の中でも前世の記憶を自らの力で取り戻すことが出来るのは僅かしかいないというのに、世界の住人でただの人間であるソヨにそれが出来るなんて、馬鹿正直な命やクラン以外は半信半疑だったのだ。
「わらわ、他人の記憶を魔法で弄ったことは何度もあるのじゃ!だから自分の記憶もいじれると思うのじゃ!」
ソヨの愛らしい口から随分と物騒な単語が出てきたせいで全員が苦笑いをしてしまった。だがソヨの話が本当ならば可能性はあるので命はソヨにまかせてみることにした。そこにはソヨの可能性を間近で見てみたいという命の淡い期待が混じっていたのだが、ソヨにそれを知る術など無い。
「じゃあわらわちゃんにお願いしようかな?」
「うむ!やってみるのじゃ!…………記憶……前世……魂……女神……」
ソヨは魔法のイメージとなる単語をぶつぶつと呟くと、自分の足下に術式を展開させた。赤く灯るその魔法はソヨの身体を包み込み始め、最終的には頭のてっぺんからつま先までソヨの身体が赤く色づいた。
それはまるで秋に色づき始める紅葉のようで、命はソヨの和に対する執念のようなものを感じ、一人静かに破顔一笑した。
その光が一瞬で消えたかと思うと、ソヨはどこかポカンとした表情で空を見つめていた。命が一向に動きを見せないソヨを心配していると、ソヨは命の方を無表情のまま振り向いた。
「……わらわちゃん?」
「……命が心配していたから身構えたのじゃが、思い出しても大して何も変わらなかったのじゃ」
「「…………」」
呆気なさすぎるソヨの様子に命も神々もどこか遠い目をしていた。
祈世の時もアランの時も、差はあれど二人とも非常に苦しみ、前世の記憶への拒絶反応を見せた。神でさえもその記憶の内容によっては苦しむそれを、ソヨがこんなにも呆気なく受け入れてしまったことが想定外過ぎたのだ。
そもそも自分の前世の記憶を魔法で取り戻してしまった時点で既に驚きは頂点に達していたというのに、そこにそれを上回る異常事態が発生してしまえば最早何かツッコみを入れる勇者はいなかった。
「どうしたのじゃ?」
「ううん、ただわらわちゃんの自己肯定感が強いんだなって話」
「???」
ソヨが前世の記憶を取り戻しても苦悶しなかったのは、ソヨが自身という存在をきちんと持っている人間だったからだと命は推測した。
例え前世で何があったとしても、今の自分には何ら関係ない。自分は自分なのだとはっきり言える人間も、自分のことを心から好きだといえる人間もそうそういない。だがソヨの場合は自分の悪い部分も良い部分も知っている上で、自分という存在を認めているのだ。
「それより、ちゃんと思い出した?」
「うむ!バッチリなのじゃ!」
命が確認すると、ソヨは自信満々に胸を張った。
「それじゃあ早速聞くけど、裏切った女神がどうして神々全員を殺してまで、世界の消失と創造主の死を望んだのか、分かる?」
命は早速ソヨの魂に刻まれた前世の記憶に切り込んだ。前創造主の記憶では分からなかったこの謎も、同じ女神という立場にいたソヨの記憶なら何か分かることがあるかもしれないという期待を胸に、命はソヨの返答を待った。
「それがじゃのう…………全っ然、全く、これっぽっちも!分からないのじゃ」
「あ、そうですか」
これが古臭いバラエティ番組なら全員がひな壇から崩れ落ちているところだったが、天界にそんなお笑い精神を持つ者がいるはずもなく、命たちはただただ落胆した。
「ただ前創造主様と違うのは、わらわの場合、本気で理由が分からないという点じゃな」
「……どういうことですか?」
「それはつまり……裏切った女神は本来謀反を起こすような子じゃないってこと?」
「その通りなのじゃ」
ソヨの発言の意味が理解できなかったクランは思わずそう尋ねた。確かに傍から聞けば両者の違いなんて無いに等しいはずなのだが、ソヨの中では大きな違いがあるような言い草だったのだ。
その違いを指摘した命にソヨは首肯して返した。
「わらわの知るあの女神は、六四いた神々の中で最も前創造主様を敬い、尊び、愛していた存在だったのじゃ」
「……愛していた?」
「うむ。超愛していたのじゃ。ラッブラブだったのじゃ。まぁ前創造主様は鈍感じゃったから気づいていなかったようじゃが」
予想外過ぎる事実に命は思わずソヨに尋ね返してしまった。前創造主の死を望んだ女神なら、前創造主のことを恨んでいるか、他に余程の事情があったのではないかと勝手に命は思っていたので、余計に驚いてしまったのだ。
だがソヨの話が本当ならば、何故あんなことを仕出かしたのか理由が全く分からないというソヨの意見も頷くほかなかった。
「だからこそ、あの女神に殺された時はどうしてそんなことをするのか皆目見当もつかないまま、あっさりとやられてしまったのじゃ。あの女神は超強かったから、神々の中では中ぐらいの実力しか無かったわらわはあっさりと負けてしまったのじゃ」
「笑い事じゃないよ、まったく……」
笑いながら他人事のように昔話を語ったソヨに命は思わず苦笑いを返した。
「なら本当にどうしてその女神は裏切ったのでしょう?」
「うーん、振り向いてもらえなかったから?」
「いや、それはないのじゃ。あれは少しM属性が入ってたのじゃ。むしろ喜ぶ質だったのじゃ」
デグネフの疑問に命は投げやりな感じで適当なことを言った。そんな理由で世界を滅ぼされては堪ったもんじゃないと、神々は内心その推測を完全否定し、それに追い打ちをかけるようにソヨが否定した。
裏切った女神の歪んだ性癖といういらん情報を聞かされた命たちは何とも言えない相好を見せた。
「あまり力になれず申し訳ないのじゃ。わらわから言えることは、あの女神は本当に前創造主様のことを誰よりも敬っていて、あんな馬鹿な真似をするような奴ではなかったということだけなのじゃ」
「……いや、わらわちゃんのおかげで視点がだいぶ変わったよ。ありがとう」
申し訳なさそうに謝罪したソヨに、命は柔らかい笑顔を向けて礼を言った。前創造主の記憶だけでは想像もしなかった女神の性格を知れただけでも命からすれば収獲はあったのだ。
「命……裏切った女神の魂が今どうなってるか、知ってるの?」
「ん?どうしてそう思ったの?静由」
「だって、ソヨが裏切った女神じゃないって言ってた」
先刻何人かの神が気にしていた事案を静由は命に切り込んだ。静由の問いで先刻までは疑問にも思っていなかった神々も思い直したように首を傾げた。
ソヨの前世が裏切った女神ではないと判断する何かを命が所持していたことは確実で、それを神々に打ち明けていない今の現状を静由は不満に思ったのだ。
「あー、そっか。言い忘れてたけど、今ある六つの世界のうち、一つの世界の魂の前世が女神なんだよね」
何事も無かったようにあっさりと口を割った命に、神々は困惑と驚愕の表情を見せた。
そんな神々に命はことの経緯を語り始めた。
次は明後日更新予定です。
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