無駄な殺し
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「ま、負けたぁぁ……悔しぃぃぃぃぃ」
「信じられないほどの弱さだな」
天界中に命の苦悶の声が響き渡った。それはババ抜きに負けたことによる悔しさの表れで、命は今まで神々も見たことの無いような不貞腐れた表情を見せた。まるでゲームに負けて拗ねる子供である……大まかには正しい表現だが。
もちろん命が創造主の力を使って今回のゲームに挑んだのなら当然命の望んだ結果になっただろう。だがそれではゲームをする意味がないので、命は創造主の力を完全に封じた状態でババ抜きに興じたのだ。
創造主の力抜き、つまり人間の頃の命のゲーム能力がここまで低いとは予想だにしていなかった武尽は少々面食らっていた。
「よしっ!じゃあ次は神経衰弱を……」
「失礼ながら命様。お伺いしてもよろしいですか?」
「なぁに?」
気を取り直して早速次のゲームを始めようとした命の言葉を遮った廻は、申し訳なさそうに尋ねた。そんなことで命が怒るわけもないので、命は優しいトーンで聞き返した。
「楓佳を攫った者たちの対処はどういたしましょう?」
廻がずっと気になっていたのは楓佳を殺そうと企てた者たちの正体と、それの始末をどうするか?という問題だった。
楓佳を亡き者にしようと考えた者たちの動機や、現在の動向を知らない廻にとってこの問題は気になって仕方が無い案件だったのだ。
「まぁまぁ、そんなに焦らないで廻。神子ちゃんに手を出そうとした愚か者たちは、最高のタイミングと最高のシチュエーションが揃った時に罰を与えるからさ。心配しないで命にまっかせなさい!」
命の発言の意味を全て理解できた者はいなかったが、命が自信満々といった感じで胸を叩いたので不安を抱く者は一人たりともいなかった。
「……命様。その愚か者たちに裁きを下す際、俺も同行してよろしいでしょうか?」
廻はどこか言い出し辛そうに顔を顰めたが自分の希望を命に話した。
今回の後始末は神子に迫る危機に気づけなかった廻とルミカの尻拭いのようなものでもある。それを命が任せろと言ってくれたというのに、自分がそれに同行したいという望みは失礼かもしれないと廻は危惧しているのだ。
もちろん廻は命の実力を疑っている訳ではない。だが自分も同行したいという廻の発言は捉え方によって、相手の実力では不足があると感じていると誤解されてしまうこともある。だから廻は身構えて命の返事を待った。
「何言ってるの?良いに決まってるじゃん。そもそも最初から命は廻を連れて行こうと思ってたよ」
だが廻の心配は杞憂に終わった。廻の思いを汲み取ったからというのもあるが、命の頭で思い描いていることを実現させるには神である廻が必要だったので、最初から命は廻とルミカを連れて行くつもりだったのだ。
「ありがとうございます」
「……命様、申し訳ありません。私のせいで……」
そんな二人の会話を不安そうに聞いていた楓佳は命に謝罪した。楓佳が狙われたことで命に手間をかけさせてしまうことを楓佳は気に病んでいるのだ。
神子である自分にならもっと何かできることがあったのではないか?創造主である命や神々に助けてもらってばかりでいいのだろうか?という自問自答が楓佳の芯を締め上げていた。
「神子ちゃんのせいじゃないよ。神子ちゃんは心配せずこの天界でゆっくりして。短期休暇ラッキー!とでも思っとけばいいよ。それに、神子ちゃんにもちゃんと役に立ってもらうからさ」
「……はい!」
命は暗い顔を見せた楓佳を能天気な口調で励ました。その言葉には楓佳が案じていたことを悟った命なりの配慮が含まれていて、楓佳はその命の気づかいに笑みを零した。
天界で呑気にトランプゲームが繰り広げられている頃。〝神子ちゃんダミー〟を乗せた犯人たちの車が采国から魔国へと到着していた。
車に乗車しているのは男二人、楓佳を気絶させた人物と同一だ。因みに車と言ってもこのトラックのような乗り物は厳密にいえば車ではない。
これは魔国の魔法使いによって作られた産物で、この魔法を使うとありとあらゆる物の外見を変えることが出来るのだ。この魔法によって見た目をトラックに変えた馬車は一日経つと元の姿に戻ってしまう。中身はただの馬車だが、他人の目を欺くにはもってこいなのだ。
要するにこのトラックもどきは、采国ではあまり使用しない馬車のせいで目立つことを避けるために用意されたものなのだ。もし不審がられ、中に拘束された神子がいることを知られればこの計画自体が全ておじゃんになってしまう。それを防ぐための予防線というわけだ。
そんな魔法による模倣トラックに乗っている男二人は、神子である楓佳の信用を落とすためにやってきた魔国の住人で、最近神子の畑を荒らしていた犯人でもある。
二人はどちらも魔人で、高い魔法の才能と戦闘力で魔国では高い信頼を得ている。それ故今回の魔国の計画の中心を任されたのだ。
当初の魔国の目的はただ一つだった。それは神子である楓佳の信用を落とし、新たな神子を魔国の住人から作り出すことだ。
だが最初の目論見はあっさりと失敗に終わってしまった。原因は魔国が神子の力を侮っていたことだ。
楓佳の畑を荒らし神子としての能力を世界の人々に疑わせることで、楓佳は神子にふさわしくないことを示そうとしたのだが、楓佳は命の助言であっさりと畑を元に戻してしまった。最初は偶然かと思った魔国側は何度か同じ犯行を繰り返したが結果は変わらなかった。
神子の信用を落とし魔国の住人を新たな神子にするという計画が失敗に終わったことで、魔国は強行突破に出ることにした。
それが楓佳を闇に葬るという愚かな計画だったのだ。
だがただ楓佳を殺すのでは神の怒りに触れ世界に危機が訪れるのは目に見えている。それを恐れた魔国は楓佳を秘密裏に殺し、行方知れずということにしようと考えたのだ。
だから楓佳を采国からわざわざ連れ去ってから魔国で殺す必要があった。采国で楓佳を殺し遺体をどこかに隠すというのは、楓佳の護衛や街の人間の目を考えると現実的ではない。
だが魔国に一歩でも踏み入れば話は違う。魔国には自分たちの国の住人から神子が選ばれなかったことに不満を感じている者がたくさんいるので、誰かに見られても大した問題ではない。中には楓佳によって救われた住人もいるので、もしその者たちに見られた場合は口封じをすればいい話だった。
采国の人間を口封じで殺すと遺族たちが騒ぎ立て魔国の犯行が明るみになる危険性があるが、魔国の住人の場合そういった障害は抑え込めばいいだけだ。魔国の中で起きた問題なら対処ができるからだ。
魔国が最も恐れているのは楓佳を殺した事実を采国に知られ、神々の怒りに触れることなのだから。
模倣トラックで魔国へと帰還した男二人は自分たちの勝利を確信した。男たちが気掛かりだったのは魔国へ帰還する前に神々に気づかれ、神子の殺害を食い止められることだった。
だが一歩魔国に踏み入ればもう怖いものなど何もない。早急に楓佳を殺し、その遺体をどこかに隠すか完全に消すだけでいいのだから。
その内采国と神々が楓佳が行方不明であることを騒ぎ始めるだろうが、楓佳が姿を晦ました理由などいくらでもでっちあげることが出来る。神子としての自信が無くなっただとか、神子の仕事が辛くなってきただとか、いくらでも言いようはある。遺体や殺した証拠が無ければ楓佳が死んだことを証明することはできない。魔国はそれを利用して〝楓佳は自分勝手な都合で行方を晦ました〟という筋書きを通す魂胆なのだ。
男たちは一日経ったことでトラックから姿を変えた馬車で暗い暗い森の中へ入った。森の奥深くにまで行くと、魔人二人のうちの一人――背の低い男が馬車から降り神子を閉じ込めた荷台を覗いた。
「よしよし。まだ気を失ってるな」
「どうだ?采国の神子は」
背の低い男はそれが偽物だなんて少しも疑わずに調子よく嘲笑った。そんな男の後ろから馬車を操縦していたもう一人の背の高い男が〝神子ちゃんダミー〟の様子を伺った。
「あぁ、まだぐっすりだよ。……にしても采国の神子ってのは噂以上にいい女だな。殺しちまう前に一回ぐらい遊んでもいいよな?」
「やめろ。余計なことに時間を費やすな。俺たちの仕事は神子を殺すことだけだ」
背の低い男は〝神子ちゃんダミー〟の髪を引っ張って顔をまじまじと眺めると、耳が汚れるようなことを言い始めた。その下劣な笑みは当に悪党そのもので背の高い男が引くほどだった。
もし今の発言を命や神々に聞かれていれば天界から一瞬でその命を駆られるところだったが、背の低い男がその悲劇に見舞われることは無かった。
この二人の立ち位置は背の高い男が背の低い男を咎めた様子からすぐに把握できた。背の低い男はお調子者で根っからの悪党、背の高い男は仕事となれば何でもこなすような感じだ。
「チッ、つまんねぇな。これだから堅物はよぉ」
「そんなふざけたことをしている間に余計な手間が増えたら困るだろうが……」
真面目な男からすれば、さっさと仕事を済ませて誰かに見られるという何の利益にもならない手間を作らないというのは重要なことだった。
不満気な声を上げる男に、真面目な男は反論しながらあっさりと〝神子ちゃんダミー〟の心臓部分にナイフを突き刺した。
まるでただ歩いているかのようなその動きは、とても人一人を殺す際のものとは思えなかった。
「お前……結構えげつないよな」
「無駄口を叩くな。さっさとこの遺体を処理するぞ」
流れるような動きであっさりと〝神子ちゃんダミー〟に刃を突きつけた背の高い男に、背の低い男は苦笑いを送った。そして、首の脈を確認して神子が死んでいると勘違いした真面目な男は、〝神子ちゃんダミー〟を処理しようとした。
〝神子ちゃんダミー〟はそもそも生き物ではないので最初から生きても死んでもいないのだが、そんなことは知る由もない男たちは処理を始めた。
結局、燃やし尽くして灰にするのが一番いいと考えた男たちは火属性の魔法で〝神子ちゃんダミー〟を激しく燃やした。
燃やしても何の意味もない〝神子ちゃんダミー〟は命の製作物なので当然今燃やされていることも命には筒抜けで、寧ろ男たちにとってはデメリットしかなかったのだ。
次は明後日更新予定です。
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