楓佳の危機
(命様はどうしてあんなに呑気なのでありんすか?)
ルミカは頭を悩ませつつ困惑していた。
現在ルミカは廻、楓佳と共に下界と天界の狭間の空間にいた。今までなら楓佳に神託を授けるのだが、今回は楓佳の近況報告を聞くだけだった。
ルミカは何とも言えない感じの雰囲気を醸し出しながら談笑している廻と楓佳を鋭い目つきで観察し、先日の命の呆気なさすぎる反応を思い出していた。
「最近は皆どこか活気に満ちていて、徐々にではありますが経済の方も回復を見せているんですよ」
「そうか。お前は神子としてよくやっていると思うぞ」
「っ、ありがとうございます!」
(何なんでありんすか……?この甘々な雰囲気は……)
会話だけ聞けばそこまでおかしいものではないのだが、その場にいる者だけが分かる甘い雰囲気に気づけないほどルミカは鈍感ではなかった。そもそもサキュバスであるルミカは誰よりもそういうことに敏感なのでルミカのこの直感は間違っていなかったのだ。
そのことを命は否定しなかったのでルミカの直感は更に真実味を帯びている。なのに命は特に問題視していないようで、ルミカは創造主である命の考えなど神如きには理解できないのだろうかと落胆していた。
「ルミカ、どうかしたのか?」
「いいえ。何でもないでありんすよ」
ルミカが思い悩みながらどこか遠い目をしていることに気づいた廻の問いに、ルミカは悟られないような返事をした。廻の後ろで同時に楓佳がルミカを心配するような目線を向けていたせいで、ルミカは極まりが悪くなったのかそのことを思案するのをやめた。
采国に作り出した畑を訪れた楓佳は相変わらずの状態にため息を吐くほかなかった。
以前命が下界に降りた際、畑を何者かに荒らされて以来いくら楓佳が畑を元の状態に戻しても、数日後にはまた荒らされるという悪循環に陥ってしまったのだ。
いくら荒そうが神子の力で元に戻るというのに、犯人は往生際が悪いのか犯行をやめなかった。畑を元に戻せると言っても限度というものがある。
特に世界の住人たちにとってこの畑は神子が作り出してくれた命の源である。それを何度も何度も攻撃されたせいで、住人たちの堪忍袋の緒が切れるのに時間はかからなかった。
采国の住人たちは犯人を捕まえようとしたが、毎回見張りが酷い眠気によって気絶している間に犯行が行われているらしい。当然犯人の仕業だろうが方法が分からないので住人たちは困り果てているのだ。
「治って……」
楓佳がいつものように祈ると食物たちはみるみるうちに元気を取り戻していった。
楓佳は安堵した様に破顔したが、すぐにまた強張った表情に戻ってしまった。実は楓佳はこのことを神々に相談していなかったのだ。
もちろん神々は世界全体を見渡すことのできる液晶パネルのおかげでこの事実を知っている。そのことに関しては楓佳も理解しているつもりだ。
だが今回の件は楓佳一人で対処できる問題である。楓佳がすぐに食物の傷を癒せば本質的な実害はないのだから。だからこの程度のことで神々や命の手を煩わせるわけにはいかないと、楓佳は相談を未だにできていなかった。
この事実を知っているはずの神々からも何も言及されなかったこともあり、楓佳はこの奇妙な事件を自分一人の力で何とかしようと思っているのだ。
ただ、鼬ごっこが続いているこの現状を打開する方法を見つけることが出来ず、楓佳は途方に暮れているのだ。
楓佳が思い悩んでいると、突然楓佳の意識は途切れ世界は真っ黒に染まった。そして楓佳の緊急事態をすぐに察知できた存在はたった一人しかいなかった。
「楓佳が消えた……!」
世界全体を見渡すことが出来る液晶パネル内を血眼で探しても楓佳の姿が見えないことに気づいた廻は、急いでこの旨を命に報告するために駆け出した。
何者かの仕業でどこかに攫われたならまだしも、炎乱のどこにもいないとなると、廻にも何が起きているのか分からなかったので非常に焦っていた。
廻にとって神子である楓佳は接していくうちに何者にも代え難い存在になっていたのだ。そんな楓佳に何かあっては廻は自分という存在を許せなくなってしまう。
廻は必死に天界中を探し回り、やっとのことで天界の広間で命と他の神々の姿を確認した。
「命様!楓佳が……」
「あ、廻やっときたね!廻もトランプしない?」
廻は目の前に広がる光景に絶句していた。ツッコむべきところが多すぎて、まず最初に何を指摘すればいいのか分からなくなったからだ。
だが一番に廻が抱いた感情は安堵と納得だ。何故なら炎乱から突如姿を消した楓佳が、何故か目の前で命とトランプに興じていたからだ。
森羅万象においてここより安全な空間など存在しない。よって廻の不安事項は一瞬にして消え去った。
だが安心して落ち着いてくると、やはりツッコむべき部分が多すぎて廻は頭痛がしてきた蟀谷を片手で抑えた。
一、何故楓佳がここにいるのか?
二、何故天界に住まう神々、命、神子である楓佳がこの広間に一斉に集まっているのか?
三、そして廻以外の全員が何故トランプを手にしているのか?
四、何故そこまで命は能天気なのか?
「……命様、これはどういうことでしょうか?よろしければ説明をお願いいたします」
廻はこれら四つの問いを世にも便利な一言で片づけた。相も変わらず馬鹿真面目に片膝をついて尋ねてきた廻に対して、命は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの表情を向けた。
「一時避難だよ」
「一時避難?」
「うん。だって神子ちゃんを殺そうとした愚か者がいたからさぁ」
「っ……!」
命の言葉に首を傾げた廻だったが、簡単な経緯を聞いた途端顔色を一変させた。無理もない。大事な存在が殺されかけたと言われれば、神だろうが何だろうが生きた心地など一瞬にしてしなくなるだろう。
「どういう意味ですか?楓佳は無事なんですか!?」
「どーどー……廻落ち着いて。傷は負ってないよ。攫われてる途中で命が助けたから」
思わず立ち上がって命に質問をぶつけた廻を宥めるように、命はこれまでの経緯を詳しく説明することにした。
(ここは……どこ?暗くて何も見えない。声も出せない……もしかして、目と口を塞がれている?)
楓佳は目覚めると異様な居心地の悪さに顔を顰めた。目と口は布で塞がれていて、両手両足が縄のようなもので縛られているせいで身動きを取ることが出来ない。楓佳は自分が何者かに連れ去られたことを即座に理解した。
横たわっている身体に規則性のない振動が伝わっていることから、楓佳は自分が今車のようなものに乗せられていることも理解した。
どうやってここから脱出するものかと頭を働かせていると、突然感じたことのある気配を楓佳は感知した。
「神子ちゃん、今から視界を解放するから静かにね」
「み、命様っ……」
「しぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
その気配の正体は命で、目と口を塞いでいた布から解放された楓佳は目の前にいる命に驚いてしまい、大声を出しそうになった。命はそれを咎めるように人差し指を口の前に立てると楓佳を落ち着かせた。
「神子ちゃん、犯人に気づかれないようにここから逃げるよ。代わりに神子ちゃんダミーを置いておくからそう簡単には気づかれないよ。安心して」
楓佳が周りを見渡すとここが乗り物の荷台部分であることは簡単に分かった。恐らくこの世界におけるトラックのような乗り物で、余程大きな音を出さない限り運転手には気づかれない。
荷台には楓佳そっくりの人形のようなものが横たわっていて、それが命の言う〝神子ちゃんダミー〟なのだと楓佳は理解した。
「ありがとうございます。命様」
「いいのいいの。……あ、そうだ神子ちゃん。一つ提案なんだけど」
「はい?」
「命と一緒に天界に行かない?」
この緊急事態にそんな提案をしてきた命に楓佳が困惑の表情を向けたのは言うまでもない。
「と、言うわけなんだよ」
「流石は命様。楓佳の危機を逸早く察知し救ってくださり感謝いたします」
経緯を理解した廻は再び片膝をつくと命に頭を下げた。と同時に、廻は誰よりも楓佳と接してきた自分が彼女を危機から救えなかった不甲斐なさに、心の中で自分自身を叱責していた。
「えっへん!なんてたって命は皆や神子にもしものことがあったらすぐに察知できるように設定してるからね!当然だよ!」
「「流石です(ありんす)」」
命が腕を組んで誇らしげに自慢すると、武尽と静由以外の全員の神々が命を称賛した。
そう、命は創造主の力を駆使して自分の大切な存在に危険が迫っていたらすぐに察知できるようにしていた。逆に言えば、その設定していなければ気づくのが若干遅れたということでもある。
その為、廻が楓佳を救えなかったことを気にする必要はないのだと、命は暗に伝えているのだがそれに気づくことが出来たものは少数だった。
「それにしてもどうして神子をここに?天界に人間を連れてきてよろしかったのですか?」
デグネフの質問は他の神々も抱いていた疑問だったようで一斉に命に視線が集まった。楓佳を保護するならわざわざこの天界でなくても問題はない。下界と天界の狭間でもいいし、下界で命が傍にいさえすれば楓佳に危険というものは訪れないのだから。
それに加え、天界は下界の者がそう簡単に出入りしていい場所ではない。神々にはわざわざ楓佳を天界に連れてくる理由が理解できなかったのだ。
「だってぇ、例え身体は傷ついていなくても、心はそうじゃないでしょ?神子ちゃんは殺されかけたんだから。だ、か、ら!こうして天界の皆でトランプをすることで少しでも神子ちゃんの気持ちが晴れればと……」
「てめぇがただトランプしたいだけに見えるのは俺だけか?」
命が神々のために耳障りのいい理由を述べていると、それを遮断した武尽が怪訝そうな視線を命に向けた。神々は心の中で武尽の意見に激しい同意を示していたが、武尽ようにそんな失礼極まりない意見を述べる者はいなく、全員視線をどこかに忘れていったような表情をした。
「ちっ、バレたか」
「創造主が舌打ちすんな」
「だって命人間だった時ボッチだったから誰かとトランプしたことないんだもん!」
「サラリと悲しいこと言うな」
命が不貞腐れた表情で舌打ちをかますと武尽が即座にツッコみを入れた。やはり武尽の予想通り、命は今まで一度もしたことの無いトランプをしてみたかったらしく、その理由づけに楓佳を巻き込んだのだ。
「ふふふっ……じゃあ早速始めよう!ババ抜き!」
「聞いてねぇな」
もはや命の耳に武尽のツッコみは入っていないらしく、命は意気揚々とトランプを掲げると強制全員参加のババ抜きを始めることにした。
先刻まで楓佳に危機が迫っていたなど、今の光景からは想像もできない現状に命以外の全員はため息をつくほかなかった。
次は明後日更新予定です。
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