シンデレラ
「魔国の住人がこんなに馬鹿だとは思わなかったよ。あー、でも魔国って頭脳労働が苦手なんだっけ?ならこんなに馬鹿なのも頷けるいね、うんうん」
魔国の魔人たちが〝神子ちゃんダミー〟を燃やしている頃、命はトランプに飽きてしまったのか楓佳の髪を弄りまわして過ごしていた。
三つ編み、編み込み、ポニーテール、ツインテール、お団子ヘア、etc……。楓佳の長い黒髪は暇で死にそうな命の玩具になってしまい、様々な髪型に変貌していった。
どんな髪型でも似合ってしまう楓佳の可愛さを目にすることが出来た廻は、顔には出さなかったものの内心嬉しさで顔が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
そんな廻には目もくれず、魔国の話をし始めた命は楓佳の件でかなり怒っているようで、刺々しい声で批判した。確かに魔国の住人は科学の国――采国とは違い勉学を得意とはしていない。だが命は明らかに魔国を馬鹿にするような態度でしきりに頷いていて、神々は命の意地の悪さを再確認したのだった。
「ねぇねぇ見てよこれ。調べてみたら魔国の奴ら、神子ちゃんの代わりにこの子を神子にしようとしてるらしいよ?」
どうやら命が急に魔国の悪口を言い始めたのは、その新たな神子(仮)が原因だったようで、命は不満気な声を上げながらその人物の写真を神々に見せた。
「「あーー……」」
高圧的な雰囲気が滲み出た厚化粧の女性がそこには写っていて、命の態度の理由が神々には分かってしまった。
決して美人でない訳ではないのだが、宝石の原石のような美少女で心根も優しい楓佳と比べると、その女性はとても神子にふさわしいとは言えない人物だったのだ。
「何と言えばいいのでしょうか……?」
「シンデレラをいじめる姉みたいな顔してるよね」
その女性をどう評価していいものかと悩み始めた千歳に、命は簡単に同調できないような形容をした。神々はシンデレラの知識を命から得ていないので、首を傾げることしかできなかったのだ。
「命様、しんでれら?とは何ですか?」
「物語のヒロインの名前だよ。不遇なシンデレラが最後には王子様と幸せになるんだ」
「へぇ……」
全員を代表し楓佳がシンデレラについて尋ねると、命は超ざっくりなシンデレラのあらすじを話した。シンデレラに限らず、命には写真に写る女性が物語のヒロインをいじめる悪役のように見えたのだ。
「神子ちゃんがシンデレラなら、神子ちゃんの王子様は廻だよね!」
「「…………」」
その瞬間、その場が凍りついた。
普段空気を読まない武尽でさえもそのことには触れまいとしていたというのに、命がその涙ぐましい努力を完全無視したことで武尽も表情を固まらせてしまった。
命の発言を言い換えれば〝人間の楓佳と神である廻は思い合っている〟という意味でもあるので、神々が固まったのは必至だったのだ。
(このクソ創造主……どうすんだよこの空気)
〝空気は読むものではなく空間に存在するもの〟という考えを持つ武尽が〝空気が悪い〟だなんて考え始める程に今の天界の空気は良くなかった。
それを分かっているのか理解していないのか、命は平然な様子で破顔している。
「命様……この件が解決したら、お話ししたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「……もちのろんだよ!」
その悪い空気を清潔にしたのは当人の廻だった。廻の真剣な表情に命は一瞬どこか浮かない表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻して廻の要求を呑んだ。
その僅かな命の表情の変化に気づけたのはその場においては少数の神だけだった。
「で、話を戻すけどさ、神子ちゃんを殺してこんな子を代わりにしようだなんて、魔国の馬鹿さ加減にはうんざりしちゃったってわけ」
「どうして魔国は自分たちの国から神子を作ろうとしたのですか?」
命がやれやれといった感じで魔国に苦言を呈すると、カルマが初歩的な疑問を尋ねた。だがそれぐらいのこと、カルマなら既に理解している。だがカルマはまだ理解できていないカルナやクランのために代表して尋ねたのだ。
神子は国ではなく世界のために存在するものだ。神子の力は采国だけではなく魔国のためにも尽くされるので、カルナたちには魔国が不満に思う理由が分からなかったのだ。
「それは単純に炎乱の中で最も尊い神子が、采国の人間から選ばれたのが魔国からすれば気に入らなかったんだよ」
「なるほどです!」
命の投げやりな説明にクランは目を輝かせながら納得した。森羅万象において最も尊いのは創造主、神はその創造主直属の部下、そして神子は世界に存在する者の中で最も尊い人物なのだ。
「それで命様、どうするおつもりなのですか?」
「うーん……とりあえず、魔国が動くのを待つよ」
デグネフに今後の対応を尋ねられた命は不敵な笑みを浮かべると、液晶パネル越しに魔国を見下ろしたのだった。
そして采国では、姿を消した神子を巡って慌ただしい空気が流れていた。
楓佳の護衛だけでなく采国のほとんどの住人が楓佳を探し回り、その身を案じていた。一週間経っても一向に見つけることが出来ず、采国の人々の不安は日に日に募っていった。楓佳は天界にいるのでいくら炎乱を探したところで見つからないのは当たり前なのだが。
だがそんな状況でも、采国の人々は誰一人として楓佳が死んだとは思っていなかった。それは采国の人間の信じる心が強いだとか、そんな精神論が原因では無い。
采国の人間には楓佳が生きていると確信を持てる大きな理由があったのだ。
「やはりどんどん育っていますね」
「あぁ。近くにいないのにご苦労なことだよ、神子様は」
その日も楓佳の捜索に明け暮れていた護衛の一人――類は、楓佳の作り上げた畑を眺めてそう呟いた。そしてその言葉に反応したもう一人の護衛――千里は眉を下げつつ、楓佳の勤勉さに笑みを零した。
これが采国の人々が楓佳の生存を確信している理由だった。
楓佳は失踪しているというのに、何故か畑は萎れるどころか以前よりもどんどん急成長を遂げていたのだ。しかも戦争によって深手を負った者たちの中で、まだ楓佳が治療に向かえていなかった人々の傷も何故か跡形もなく治っていたりと、神子にしかできない御業が楓佳がいない状況で起こっていたのだ。
つまり采国の人々は楓佳はどこか遠くにいて、そこから神子の力で今もなお炎乱のために尽力しているのだと思っているのだ。
その推測は大正解で楓佳は天界にいる間、炎乱のために働けないことを気に病んでいたので、命が少々力を貸して神子の力を天界からでも送れるようにしたのだ。
天界と炎乱の時間の進み方は違うので楓佳と命の判断は間違ってはいなかった。天界で一日ちょっと過ごすだけで炎乱では約三日が経過してしまうのだ。
「でもあの真面目な神子様がどこに行っちまったんだろうな?」
「分からない……ただ一つだけ分かるのは、俺たちが神子様に起こった何かに全く気付けなかったということだけだ」
千里が心底不思議といった感じで疑問を零すと、類は神妙な面持ちで自虐した。類と千里は神子の護衛でありながら楓佳の身に起こったことに気づけず、守ることが出来なかった。そのことを気に病んでいた類は自分を護衛失格だと思っていたのだ。
「護衛さん!ちょっと来てよ!大変なんだよ!」
類と千里が自己嫌悪に浸っているとその意識が吹っ飛ぶように、中年の女性が血相を変えて二人を呼びに来た。そんな女性の声を皮切りに二人は街がどこか騒がしくなっていることに気づいた。
「どうしたんですか?」
「魔国の元首とかいう奴が突然来て、神子様のことで話があるって!」
「なに?」
女性の言葉に類たちは顔を顰めた。楓佳が失踪中の今、魔国が神子のことで話があるなんて嫌な予感しかしないので、二人のその反応は当然のものだった。
二人は女性に手を引かれるまま騒ぎが起きている場所まで走った。二人が到着すると、そこは采国と魔国の国境付近で、多くの人が魔国の住人を取り囲むように集まっていた。
その野次馬の中にはたくさんの護衛に守られている采国の王もいたので、類たちは事の重大さに気づいてきた。
「突然の訪問を謝罪する。今回私は采国の神子様について話したいことがありやって来た」
野次馬の中心にいた魔国の元首は肥え太った中年で、千里はその容姿の醜さに思わず苦い顔をした。だが他の人々はその元首の言葉を必死に聞き取ろうとしていて、元首の容姿など目に入ってはいなかった。
「采国の神子様はここ一週間姿を晦ましていると聞く。これは神子という尊い立場にいながら、この炎乱の情勢を全く考えていない証拠だ。そんな者に神子が務まるのかと疑問に思う者もいるのではないか?」
魔国の元首の言葉に采国の人々はあからさまにポカンとした表情を浮かべた。その表情はまるで「コイツ何言ってんの?」とでも言いたげなもので、采国の人々は一様に顔を見合わせた。
「思わないわ!」
「なに?」
采国の人々が困惑で騒がしくしていると、その喧騒を破った一人の少女がいた。その五歳前後の少女はプクーっと頬を膨らませていて、何やら怒っているような態度だった。
魔国の元首は子供に自分の話を遮られたことに不快感を覚えたらしくその少女を睨んだが、少女は怯むことなく話し始めた。
「神子様はいなくなってからもずっと畑や皆を元気にしてくれたもの!私のお母さんの傷も治してくれたし、畑の野菜はどんどん大きくなってるし!神子様は今もどこかで私たちのために力を尽くしてくれているわ!」
「ふん……子供がざれごと……」
「そうよ!神子様は私たちを見捨てていないわ!」
「そうだ!そうだ!」
魔国の元首は子供の戯言かと最初思ったが、少女の訴えを皮切りに大人たちがどんどん声を上げていったことで眉を顰めた。
それもそのはず。魔国側の認識ではもう楓佳は死んでいるのだから、神子の力が今もなお炎乱のために尽くされているわけが無かったのだ。だが采国の人々が嘘をついている様子も、神子がいなくなったことで生活が困窮している様子も見られなかったことから、魔国側は首を傾げるほかなかった。
(どういうことだ?神子は死んだはず…………まぁいい。それを利用してしまえばいいだけのことだ)
魔国の元首は一瞬酷く動揺した。もしかしたら楓佳は死んでいないのではないか?という疑問が元首の頭をよぎったのだ。
だがすぐにそんなはずはないと元首は考え直した。何故なら元首は楓佳が殺される瞬間を魔法で遠くからきちんと目視していたからだ。その目で楓佳の死を確認したことで、元首は楓佳の死を全く疑っていなかった。そしてここ一週間の畑の成長や人々の傷の回復は何かの間違いだろうと結論付けたのだ。
「いや、その神子様の力は采国の楓佳様のものではない。その神子様の力はここにいる新たな神子様による御業なのだ」
元首のその法螺で人々が一斉にざわつき始めた。元首はそのざわめきを無視するように、命が〝シンデレラの姉〟と称した女性を紹介した。
元首に新たな神子と呼ばれたその女性に采国の人々は疑いと困惑の視線を向けた。突拍子もない元首の言葉を信じられないという気持ちと、それを嘘だと言い切れるほどの証拠を持ち合わせていないことによる疑念が人々の間で渦巻いているのだ。
だが新たな神子と呼ばれた女性は高圧的でどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていて、それは采国の人々の知る神子とはあまりにもかけ離れていた。
「以前の神子、楓佳様は神子としての義務から逃げたのだ!そして今、ここには新たな神子様が存在している!この炎乱を救うにふさわしいのはあんな無責任な神子ではなく、ここにいる……」
「待ってください」
元首が唾を飛ばしながら更に言い募っていると、どこからともなく透き通った声が聞こえてきた。その声は采国の人々にとっては聞き馴染みのあるもので、途端に人々は嬉々とした表情を見せた。
元首がその声のせいで脂汗をかきながらゆっくりと声のする方を向くと、そこには天界にいた楓佳、廻、ルミカ、そして――。
創造主としてのオーラを抑えた、命がいた。
次は明後日更新予定です。
この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、ブックマーク登録をお願いします。




