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夢世  作者: 花 圭介
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夢世29

 記憶に残る当時と変わらない徹人兄さんの姿が、そこにはあった……。

 色白の肌、すらりと伸びた手足、そして端正な顔立ちの中にあって、暖かな優しい光を宿した瞳。気がつくと俺の目からは、自然と涙が溢れていた。

 なんと話しかけて良いか分からないまま、ただただ徹人兄さんを見つめ続ける……。

 徹人兄さんは、そんな俺の眼差しを、しばらく受けとめてから口を開いた。

「た、雄彦。君は心身ともに健やかに成長したようだね」

 声を発する際、旧来のホログラムのように体に歪みが生じ、喋り出しの言葉が2重に聞こえる。

「ありがとう、徹人兄さん。……徹人兄さんこそ、あのとき言っていた通りに、進化することができたんですね」

 憧れていた徹人兄さんが目の前にいる……対面してもなお、信じられない現実に、鼓動の高鳴りが抑えきれない。

「い、いや、まだまだ進化の途中でしかないよ。今の僕は脆弱で、色々なサポートによって存在できているだけなんだ」

 徹人兄さんは、少し悲しげな眼を向ける。

「……そうは思えないけど」

 俺には人体という制約を克服し、進化した新たな形態を手に入れた存在に感じられた。

「た、確かに……僕は肉体に縛られることはなくなった……だが、その結果、自分自身を保つ事が難しくなってしまった。自分という『形』までもが、曖昧になってしまったんだ……。もし僕が、このラボから地上へと出てしまったら、風に吹かれた途端、たちまち霧散してしまうだろう」

 徹人兄さんは肩を竦め、おどけてみせる。

「そんな……」

 俺は、それ以上言葉を続けることができなかった。

「そ、そんなに深刻にならなくても良いよ。その代わりといってはなんだけど、今の僕の体は、殆ど電気と同じでね。どんなネットワークへも入り込むことができるんだ。夢のネットワークもご多分に漏れずその範疇にあってね……」

「あっ! それで、俺が記憶を取り戻したことを知ったんですね!」

 俺は徹人兄さんの話の続きを予測して答える。

「そ、その通り。理解が早くて助かるよ。この状態となってから、ほとんどのシステムにおいて情報を瞬時に把握できるようになった。これは思っていた以上の成果を生み、利点となっている」

 徹人兄さんは嬉しそうに微笑む。

「……と、ところで雄彦。君が『僕が存在している』と確信したのも、アナザーワールドで蘇った記憶からと推察して良いのかな?」

「はい、そうです。徹人兄さんの頭の傷でピンときたんです」

「あ、頭の傷?」

「俺が高校生の時、どっぷりハマったゲーム。『電脳武道伝』っていうゲーム……ご存じですよね?」

「た、確かに知っている。あのゲームは、僕たちの研究が反映されたゲームだからね……それが?」

「あのゲームをプレイする際、ヘッドギアを装着しますよね。そのヘッドギアのセンサーの配置が、亡くなられた徹人兄さんの頭の傷と、バッチリ一緒だったんです」

「そ、そうか……それで……。だが、雄彦。今の情報から、僕とそのゲームとの結びつきを意識するのは分かるけど、それが、僕がまだこの世に存在し続けている、と思い至る理由には……」

 俺は徹人兄さんの言葉を遮り、こう続けた。

「そうですよね。これだけじゃ『徹人兄さんが存在している』と確信するには、情報が乏しい。でも『電脳武道伝』の決勝戦。徹人兄さんは、俺に会うため、その大会に侵入してきた……違いますか?」

「!」

 徹人兄さんの表情が強張る。

「徹人兄さんはそのとき、誤って俺ではなく、俺の友人である修平にコンタクトしてしまった。徹人兄さんは、慌ててその場を去り、結局、俺との再会は今まで先延ばしとなってしまった……」

「ど、どうしてそれを……」

「それは試合終了後、試合を放棄した理由を修平に問い詰めたからです。修平は、試合中に『神』と出会ったと言っていました。大事な試合……決勝戦で、メンバーの1人が、ずっとフリーズしていたんです。当然、試合は負けました。そのときは、なにをふざけた言い訳をするんだと憤りましたが……、徹人兄さんを見た今ならば、合点がいきます」

「そ、そうか……あの試合はそんな大切な試合だったんだね。雄彦……本当に申し訳なかった。僕はあの試合が、まさか大会の決勝戦だったとは……知らなかったんだ。信じてほしい」

 徹人兄さんが、神妙な面持ちで頭を下げる。

「あ、あのときの僕は、今ほど上手く自分の能力を使いこなせていなくてね、情報を的確に認識することができていなかったんだ。だが、雄彦を感知したあのとき、居ても立ってもいられなくなってしまって……あんなことをしてしまった……」

「いえ、いいんです。それがあったからこそ、今こうして徹人兄さんと出会えたんですから」

「た、雄彦……」 

 徹人兄さんの目が心なしか潤んでいるように感じられた。振り返ると、洋介おじさんの目にも光るものがあった。

 俺は湿っぽい雰囲気を変えるため、ラボの案内をしてほしいと願い出た。徹人兄さん達は快く了承し、ラボの中を丁寧に案内してくれた。ラボの中は思っていた以上に広く、部屋がいくつあるのか分からないほどだった。研究成果もいろいろと見せてもらい、説明も受けたのだが、大半は何を言っているのか理解できない代物だった。

 その後、応接室で寛ぎ、昔話に花を咲かせた。

 互いに積もる話があったため、話題が尽きず、知らず知らずのうちに、長い時間を費やしていたらしい……。気付けば、思っていた以上に時は流れていたらしく、地上に出たときには、もう日が暮れはじめていた。

 別れ際、徹人兄さんと洋介おじさんは「何かあったらすぐに連絡するように」と協力を申し出てくれた。また進化の不安材料を克服した際には、俺を誘いに行くから心の準備をしておくように、とも言ってくれた。

 帰りは、ラボに連れて来てくれた運転手さんが、家の前まで、あの厳つい車で送ってくれた。

「ありがとうございました」

 俺が会釈すると、運転手さんは無言のままだったが、笑みを浮かべて会釈し返してくれた。

 そのときはじめて、運転手さんの容姿に注意がいったのだが、全身黒尽くめで、襟から覗く首筋には、太い血管が浮き出ていた。首回りも、ゆうに俺の2倍はありそうだった。厳つい車が、まるでミニクーパーさながらに、小さく感じられるほどの大きな体の持ち主で、熊と見まがうくらいの人だった。

 俺は今更ながら、びくつく感情を引きずりつつ家に入ると、リビングのソファーに老人のように「どっこいしょ」と、口にしながら腰を下ろした。

 そして明日にでも、修平の様子を見に病院へ行ってみようかな、とぼんやり考えていた。

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