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夢世  作者: 花 圭介
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夢世28 眩しい再会

 車に乗って2時間ーー


 見慣れた町が途絶え、コンクリート群を追いやり、草や木や畑の勢力が景色を長閑なものへと塗りかえた。


「……おじさんのラボは、まだ先なんですか?」

 俺は同じような景色を見続けることに飽き、洋介おじさんへと向き直った。


 隣で腕を組んだ状態で目を閉じていた洋介おじさんが、ビクッと体を跳ねさせた。


「ん? 何か言ったかい? 雄彦君」

 洋介おじさんの虚ろな目が俺に向かう。


「あっ! すいません。寝ていらしたとは気づきませんでした」

 少し前まで呪文のように何やら独り言を呟いていたはずなのだが……。


「いやいや、こちらこそ済まないね。いきなり現れて、連れ出しておいて寝てしまって……。ここのところ、色々と忙しくてね、あまり寝れていないんだ。……ふぁーあ」

 洋介おじさんは目に涙を溜めながら、大きく欠伸をした。


 思い返してみれば、洋介おじさんは、出会ったときからどこか力なく、疲れている印象があった。


「そうでしたか……たいしたことじゃないので、寝ていて下さい」

 ずり落ちた上体を起こそうとする洋介おじさんを慌てて制そうとする。


「大丈夫さ。……そうそう、それに雄彦君にも聞いておきたかったことがあったんだった。気になり出すと止まらない性分でね」

 俺が洋介おじさんを支えようと出した左手を、洋介おじさんが握る。そして、目をパチパチとしばたたせ、眠気を抑え込むと、こう質問した。


「君が『徹人は、今も存在している』と気付いたのは、最近かい?」


「はい。時間的にいえば……数時間前ですかね」


「なるほど……それでか」

 洋介おじさんは俺の手を解くと、そのまま自身の顎髭へと伸ばした。


 俺は洋介おじさんの次の言葉を、静かに待った。


「実は、私が今日、君に会いに来たのは、徹人に言われたからなんだ」


「徹人兄さんに……ですか?」


「ああ、君がアナザーワールドで、幼い頃の記憶を取り戻したようだと言っていた」


「……え? ……どうしてそれがわかったんですか?」

 驚きのため一瞬思考が止まる。……心を落ち着かせ、唾を飲み込み、うめくように質問を押し出した。


「……それは私から聞くよりも、直接徹人に尋ねた方がいいだろう。……まあ、会えばすぐに理解できるだろうがね」

 そう言うと、洋介おじさんは片目を瞑ってみせた。


「……雄彦君、徹人は、君と再会できるこの日を、心の底から待ち望んでいた。……だが、私の不手際で、こんなにも再会が遅くなってしまい、本当に申し訳ない。……まさか君が、徹人の遺体の第1発見者となったうえ、記憶まで失ってしまうとは……。本来ならば、ラボの人間が第1発見者となる手筈だったんだ。私は、徹人への君の思いを……見誤っていた」

 洋介おじさんは、俺に深く頭を下げた。


「よして下さい。俺が勝手に徹人兄さんに会いに行ってしまっただけのことです。だから、気になさらないで下さい。……でも……どうして俺が、記憶を失ったことまで分かったんですか?」

 洋介おじさんに頭を上げてもらうと、俺はその目を見つめた。


「それは、気を失ってしまった君を、車へ運び入れたときに分かったんだよ」

 洋介おじさんはそこで言葉を一旦切ると、当時を思い出すように虚空に目をやる。


「あのとき、ラボの者が第1発見者として警察に連絡している間に、とりあえず私は、君を車に避難させた。そして対処の方法を思案していると、不意に君が目を覚ましてね。……私のことを『誰ですか?』と怯えながら、尋ねてきたんだ」

 洋介おじさんは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。


「……人間の脳には防衛機能が備わっている。耐えられない現実に直面したとき、精神の崩壊を免れるために、その記憶へのアクセスを制限することがあるんだ。君の状態を見て、ピンときた私は、徹人のことも含めて何点か質問させてもらった。……君は私と徹人の事を完全に忘れていたよ。解離性健忘、つまりストレスによる記憶喪失にあると分かったんだ」

 洋介おじさんは、当時の心境が蘇ったのか、少し悲しげな顔をたたえながらも説明してくれた。


「いやーあの時から君は、思慮深かったよ。幼いながらに暴れることはせず、周囲の状況を確認しつつ私の話を聞いていた。だが目の奥では、脱出の機会を窺っていたんだ……。私は君を家まで送り届けることを諦め、その場で君を解放した。もしもそのまま車を走らせていたら、君がどんな行動に出るか分からなかったからね」

 洋介おじさんがちらと俺に視線を向ける。


「えっと……。ラボへはもうすぐ着くんですかね?」

 俺は向けられる洋介おじさんの視線から逃れるため、車窓へと向き直り、最初にした質問を、再度投げかけた。


「ん? ああ、そうだね。もうすぐのようだ」

 洋介おじさんが俺の言葉に促され、窓越しに外を確認する。車は、山間の細い道をなぞるように走っていた。


 途中いくつも似たような分かれ道があったが、特に案内表示や目印らしきものはなかった。


 ……1度や2度通っただけでは、とても道を覚えられそうもない。


「ラボへの道は、わざと分かりにくくしてあるんだ。誰もが来れるような所では困るからね。私達の研究は、そうせざるを得ないほど、多くの研究機関から注目されているんだ」

 俺の考えを感じとった洋介おじさんが、問われる前に答えてくれた。


 ほどなく車は、テニスコートほどの広さの空き地で止まった。


「今日の入口とコンタクトをとるから、ちょっと待っててくれるかな」

 そう言うと、洋介おじさんは目を閉じ、何やら念じ始めた。


 そのタイミングで運転手がハンドルから手を離した。


 すると、誰も触れていないハンドルが、勝手に左へと旋回し、車は動き出した。


 歩くほどのゆったりとした動きだが、一定のスピードで間断なく進み、空き地の左端で止まった。


「おじさん、これは……」


「ハハハ、超能力……ではなく、ラボが私の脳波を読みとって、車の位置を修正したのだよ」

 洋介おじさんはこともなげに答えた。


 数秒後、ウィンチを巻き上げる音と共に、車が地中へと沈み込んでいった……。


 屋根まですっぽりと地中に沈むと、車は車体分だけ地下の空間を直進した。もといた床がせり上がり、地表を埋める。


 同時に、地下の照明が次々と点灯し、地下施設内が露わとなった。


 地上の空き地とほぼ同程度、何もない部屋から、碁盤の目のように前後左右にいくつも通路がのびている……。


 洋介おじさんは車を降りると、その内の1つの通路に向かった。俺もあとから付き従う。


 近くまで来ると、通路の床がムービング・ウオークになっていることに気づいた。


「これに乗れば徹人のいるところまで運んでくれる……心の準備は良いかな?」


「もちろんです」

 俺は高まる興奮を抑えつつ、返事をする。


 洋介おじさんは満足そうに頷いた。


 ムービング・ウオークに乗ると、想定通りのゆったりとしたスピードで、前方へと運ばれていった。面白いのは、分岐点であっても乗り換えることなく、方向転換までも自動でおこなわれるところだ。仕組みは分からないが、とても快適だ。


 5分ほど運ばれて、1つの部屋の前で動きが止まった。


「徹人はこの部屋にいるらしいな……」

 そう呟くと、洋介おじさんはおもむろに扉を開ける。


 部屋の中には見たことも無い機材が、所狭しと並んでいるばかりで、肝心の徹人兄さんの姿が見えない。


「徹人! 徹人! 雄彦君が来てくれたぞ!」

 それでも洋介おじさんは、誰もいない部屋で四方に向かって呼びかけた。


「た、雄彦。よく来てくれた。う、嬉しいよ」

 不意に声ではなく、頭の中に直接言葉が響いた。


「……徹人兄さん? 何処にいるの?」

 声ではないが、頭に響く語調には、確かに徹人兄さんを感じる。俺は逸る気持ちを抑えきれず、辺りを見回す。


「す、少し、待っていてくれ」

 また頭の中で言葉が響くと、俺の目前に光が集約されていった……。


 俺はその眩しさに耐えられず、数秒目を閉じてから、もう一度ゆっくりと目を開ける。


 そこには——閃光をまといながら、ホログラムのように揺らめく、徹人兄さんの姿があった。

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