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夢世  作者: 花 圭介
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夢世27 再会と導きのラボ

 夢の中でどれほどの時間が過ぎ去ったのだろう……。


 肉体的な疲労はないのだが、様々なアトラクションを遊び尽くし、皆、ヘトヘトだ。

 

 俺たちは、無数ともいえるアトラクションの中から、直感的に「これだ!」と思うものを手当たり次第こなしていったのだ。


 途中、俺と美希はアトラクション無料回数券が切れたことに気付かず、『Galaxy war』(宇宙船を操作してバトルするアトラクション)の母船に乗り込もうとしたため、母船から唾のように吐き出されるハプニングがあった。


 近くで見ていた人々が言うには、それはまるで黒いイルカが、バブルリングを作り出すときのようだったそうだ。


 家族で遊びに来ていた子供たちからは、指をさされてバカ笑いされてしまった。


 慌てて塔矢と洋輝が俺たちを回収し、代わりにドリームコインを支払ってくれたため、ことなきを得た。


 塔矢は、俺と美希の分のドリームコインを支払う際、カードのようなものを受付で提示していた。


 俺はこのとき初めて、ドリームコインの重要性を知覚した。


 アイテムを手に入れたときは、結局、質問に答えるかたちで補ってしまったため、ドリームコインを強く意識することはなかった。


 塔矢から借りたカードには、ドリームコインの残高が表示されていた。


 通常は持っているだけで、勝手に支払いやチャージをしてくれるとのことだ。


「お前ら……無一文でここに来たのか?」

 信じられないという顔で、塔矢が俺と美希に小言を言った。そのあと、更に溜息混じりに「……もう少し慎重に仲間を選ぶべきだった」と呟いていたのが聞こえた。


 そのとき俺は、ドリームコインが無くても質問に答えれば乗れるものだと思っていた……などと言い訳をしようとしたが、思いとどまった。


 アトラクションに乗る度に質問に答える状況を想像したとき、時間的なロスも勿論あるが、何より興が醒めてしまうと気付いたからだ。


 このアトラクションエリアを気兼ねなくスムーズに楽しむには、余計なことはできるだけ簡略化、もしくは省きたいと誰もが思うだろう。

これは運営者側だけでなく、利用者側にとっても望む形だ。


 きっと先ほどの言い訳をしていたら、そういった理由を懇々と説明された挙句、じっとりとした目を向けられていただろう……。


 何はともあれ、それ以降はトラブルなく、アトラクションエリアを満喫することができた。


「それじゃ、また」


「はい、また会いましょう!」


「またな」


「もう行っちゃうの? まだ遊ぼうよ」

 洋輝だけがまだ遊び足りないらしく、尻尾を振りながら俺たちの周りをクルクル回った。


「……しょうがないなー、もう少しだけだぞ」

 塔矢が洋輝の頭と首筋をワシャワシャと撫で回す。


「ホント? 本当にいいの?」


「ああ、本当だ。でも少しだけだからな」


「やったー! ありがと! 塔矢兄ちゃん!」

 洋輝は嬉しそうに自分の体を塔矢に擦り付けて甘える。


 塔矢は別人ではないかと思えるほど、優しい眼差しで洋輝を見つめていた。


「あっ! 悪い、雄彦、美希。先に行ってくれ。俺は洋輝と、もう少しだけ遊んでから行く」

 俺と美希の視線に気付いた塔矢は、洋輝をあやしながら、顔だけこちらを向けてそう告げた。


「了解!」

 俺と美希は軽く手を振り、その場を離れた。そして、1階の緑の球体を目指して歩き出す。


 観覧車の脇を通り抜け、しばらくメリーゴーランドの方角へ歩いていると、美希が突然クスクスと笑いだした。


「どうしたの?」

 俺は美希の目を覗き込む。


「ごめんなさい、さっきの塔矢君を思い出しちゃって……」

 そう言うと、美希はまたクククと笑い声を漏らした。


「何か変だった?」

 理由が思い浮かばず、俺は率直に尋ねる。


「だって……。いつも鋭い目をしている塔矢さんが、洋輝君の前になると全然表情が変わっちゃうんだもん」

 美希は口元を隠しながら、またクスクスと笑う。


 言われてみれば確かにそうだ。塔矢のあの表情は、なかなかお目にかかれるものではない。逆の表情は何度も目にしているが……。


「塔矢は、洋輝みたいな弟が欲しかったのかも知れないな」

 俺も洋輝のような明るい弟がいたら楽しいだろうとは思うが、1人の気軽さも捨てがたいとも思う。


「そうですね、塔矢さんの場合、過保護すぎるような気もしますけど……でもいいなぁ、あんな感じ」

 美希が遠くの空を見ながら、羨ましそうに言う。


「美希ちゃんは、ひとりっ子なの?」

 聞いて良いものか少し迷ったが、ちょうど話題がきょうだいの話になったため聞いてみた。


 そんなに警戒する話題ではないと理解してはいるのだが、ちょっとしたトラウマがあるため、俺の中では聞きづらい質問となっている。


 以前、女友達に同様の話を振ったら、絶交中のお兄さんの話となり、最後は目の前で泣かれてしまったことがあったためだ。


「いえ、2つ上のお姉ちゃんがいます。でも……今、喧嘩中です」

 美希の眉間に皺が寄る。


 俺はまた地雷を踏んでしまったかとヒヤヒヤしたが、その後、美希が「でも、いつものことなので大丈夫です」と笑って答えたので、胸を撫で下ろした。


 そんな他愛もない話をしているうちに、俺たちは2階のゲートまで辿り着いていた。


「お二人ともこちらでのひとときは、より良いものとなりましたでしょうか?」

 ゲートに入ると、イリスが優しく微笑み、出迎えてくれた。


「お、お陰様で……」

 俺たちはまた、ぎこちない態度で答えてしまった。


「それは何よりです」

 イリスは俺たちの態度には反応せず、癒される笑顔のままで答えてくれた。


 1階のフロアに着くと、俺たちはすぐ近くにある緑の球体へ向かった。


 軽く別れの挨拶をした後、その球体に同時に触れる。


 ーー今回、転送された場所は、長閑な田園風景が広がる昼下がり……田舎の一軒家。


 畳の香りが漂う部屋、洗い立ての真っ白なシーツがかけられた敷布団、そして重さを感じないほど軽く暖かな掛け布団が用意されていた。


 俺は駆け寄りたい気持ちを抑えながら、ゆっくりと布団へ歩み寄ると、足先から順に体を布団の中に忍ばせていく……。


 サラサラとしたシーツの感触と、ふわふわと柔らかい掛け布団の感触が、俺の体を挟み込む。


 いつまでもこの快楽に浸っていたいと願ったのも束の間、電源コードを抜いたかのように、一瞬にして俺の意識はプッツリと途絶えてしまった。


✳︎✳︎✳︎


「イッチニイサンシッ! ゴーロクシチハチッ!」

 俺は今、テレビの体操に合わせて体を動かしている。


 今日も目覚めはスッキリだ。


 セットしていた目覚まし時計を鳴った瞬間に素早く止めてしまったほど、微睡むこともなく、パッチリと目が開いたのだ。


 これでもかと鳴らし続ける目覚まし時計に負けて、無理矢理目を開けていた今までが、嘘のようだ。


 アナザーワールドのおかげで、今では1日を2日分楽しめている気がする。


 意気揚々と朝食の準備をしていると、インターホンの軽やかな呼び鈴の音が響き渡った。


 俺は朝食作りを一旦中断し、玄関の扉を開けた。


 そこには、50代後半くらいの背の高い色白の男が立っていた。


「何かご用ですか?」

 俺はその男を上から下まで満遍なく観察した。


 光沢のある黒の革靴、黒紅のスーツに葡萄色のネクタイ……それに黒の山高帽とチェスターコート。


 まるで、どこかの貴族のような出で立ちだ。


「……雄彦君だよね。いや-、見違えるほど立派になって……」

 今度は相手の男が、俺を舐めるように見ながら、しみじみと言った。


「……貴方は、もしかして洋介おじさんですか?」

 俺は観覧車で蘇った幼い頃の記憶を再度必死に手繰り寄せ、思い当たった人物の名を呼んでみた。


「おお! そうだよ! 洋介おじさんさ!」

 まさか自分の名を呼んでもらえるとは思っていなかったおじさんは、思いのほか喜んでくれた。


「やっぱり! 俺、会いに行こうって考えてたところだったんです!」

 俺は、自分の考えが正しかったことに興奮を抑え切れずに、叫ぶように言った。


「そうかい、そりゃ嬉しいね……ということは、もしかして気付いてくれたのかな?」

 洋介おじさんは俺の勢いに目を丸くしたが、その後、静かに尋ねてきた。


「はい! 徹人兄さんは……今も存在しているんですよね!」


「……存在か。……確かにその言い方が、良いかも知れないな」

 洋介おじさんは、ゆっくりと深く頷いた。


「それならば話は早い。どうだろう、もし君が良ければ、今から私のラボに来て、徹人に会ってみないかい?」


「会えるんですか?」


「ああ、もちろん会えるとも」

 洋介おじさんは胸を張って答えた。


「少し、待っててもらえますか?」


「ああ、いいとも」


 俺は徹人兄さんとの思い出を頭の中で反芻しながら、急いで身支度を進めた。


 やがて支度を終え、玄関先に出ると、この場に似つかわしくない黒塗りの高級車が、他を威圧するかのように悠然と止まっているのが見えた。


 よく見ると、後部座席の窓から洋介おじさんが手招きしている。


 俺は洋介おじさんに促されるまま車に乗り込んだ。


「さあ、徹人が待ちわびている。出発だ!」

 車は滑るように静かに走り出し、見慣れた景色を置き去りにしていく……。


 俺は流れていく景色を見ながら、徹人兄さんと再会できる現状が、とても信じ難く、夢よりも夢のように思えて仕方なかった。

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