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夢世  作者: 花 圭介
28/119

夢世28

 車に乗ってはや2時間、見慣れた町を抜けると、徐々に草や木や畑の勢力が、コンクリート群を追いやり、景色を長閑なものへと塗りかえていた。

「おじさんのラボは、まだ先なんですか?」

 俺は同じような景色を見続けることに飽き、洋介おじさんへと向き直った。

 すると、隣で腕を組んだ状態で目を閉じていた洋介おじさんが、ビクッと体を動かす。

「ん? 何か言ったかい? 雄彦君」

 洋介おじさんが、俺に虚ろな目を向ける。

「あっ、すいません。寝ていらしたとは気づきませんでした」

 思い返してみれば、洋介おじさんは、出会ったときからどこか力なく、疲れている印象を受けた。

「いいんだ、いいんだ、こちらこそ済まないね。いきなり現れて、連れ出したくせに寝てしまって……。ここのところ、色々と忙しくてね、あまり寝れていないんだ。……ふぁーあ」

 洋介おじさんは目に涙を溜めながら、大きく欠伸をした。

「そうでしたか……たいしたことじゃないので、寝ていて下さい」

 やや背もたれからずり落ちた上体を、洋介おじさんが起こそうとしていることに気が付き、俺は慌ててそれを制そうとする。

「大丈夫さ。……そうそう、それに雄彦君にも聞いておきたかったことがあったんだった。気になり出すと止まらない性分でね」

 俺が洋介おじさんを支えようと出した左手を、洋介おじさんが握る。そして、目をパチパチとしばだたせ、眠気を抑え込むと、こう質問してきた。

「君が『徹人は、今も存在している』と気付いたのは、最近かい?」

「はい。時間的にいえば……数時間前ですかね」

「なるほど……それでか」

 洋介おじさんは俺の手を解くと、そのまま自身の顎髭へと伸ばした。

「?」

 俺は洋介おじさんの次の言葉を待つ。

「実は、私が今日、君に会いに来たのは、徹人に言われたからなんだ」

「徹人兄さんに……ですか?」

「ああ、君がアナザーワールドで、幼い頃の記憶を取り戻したようだと言っていた」

「……え? 徹人兄さんは、どうしてそれがわかったんですか?」

 俺は驚きのため思考が停滞し、即座に尋ね返すことができなかった。心を落ち着かせ、唾を飲み込み、うめくように質問を押し出す。

「……それは私から聞くよりも、直接徹人に尋ねた方がいいだろうね。まあ、会えばすぐに理解できるだろうがね」

 そう言うと、洋介おじさんは片目を瞑ってみせた。

「……雄彦君、徹人は、君と再開できるこの日を、心の底から待ち望んでいた。……だが、私の不手際で、こんなにも再会が遅くなってしまい、本当に申し訳ない。……まさか君が、徹人の遺体の第1発見者となったうえ、記憶喪失にまでなってしまうとは……。本来ならば、ラボの人間が第1発見者となる筈だったんだ。私は、徹人への君の思いを、見誤っていた」

 洋介おじさんは、俺に深く頭を下げた。

「よして下さい。俺が勝手に徹人兄さんに会いに行ってしまっただけです。だから、気になさらないで下さい。……でも……どうして俺が、記憶を無くしていることまで分かったんですか?」

 洋介おじさんに頭を上げてもらうと、気になっていた疑問を投げかけた。

「それは、徹人を見て気を失ってしまった君を、車へと乗せたときに分かったんだよ」

 洋介おじさんはそこで言葉を一旦切ると、当時を思い出すように虚空に目をやる。

「あのとき、ラボの者が第1発見者として警察に連絡している間に、とりあえず私は、君を一時、車に避難させたんだ。そしてどうしたものかと思案していると、不意に君が目を覚ましてね。……私のことを『誰ですか?』と怯えながら、尋ねてきたんだよ」

 洋介おじさんは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

「人間の脳には防衛機能が備わっていてね。耐えられない現実に直面したとき、精神の崩壊を免れるために、その記憶へのアクセスを制限することがあるんだ。君の状態を見て、ピンときた私は、徹人のことも含めて何点か質問させてもらったんだ。……君は私と徹人の事を完全に忘れていた。解離性健忘、つまりストレスによる記憶喪失にあると分かったんだ」

 洋介おじさんは、当時の状況を整理しながら、ゆっくりと説明してくれた。

「いやーあの時から君は、とても賢かったよ。幼いながらに暴れることはせず、周囲の状況を確認しながら私の話を聞いていた。そして心の中では、脱出の機会を窺っていたんだ……。私は君を家まで送り届けることを諦め、その場で君を解放した。もしそのまま車を走らせていたら、君はどんな行動に出るか分からなかったからね」

 洋介おじさんは、俺の顔をまじまじと見つめる。

「えっと……。ラボへはもうすぐ着くんですかね?」

 俺は向けられる洋介おじさんの視線から逃れるため、車窓へと向き直り、最初にした質問を、再度投げかける。

「ん? ああ、そうだね。もうすぐのようだ」

 洋介おじさんが俺の言葉に促され、窓越しに外を確認する。車は、山間の細い道をなぞるように走っていた。

 途中いくつも似たような分かれ道があったが、特に案内表示や目印らしきものがなかった。……1度や2度通っただけでは、とても道を覚えられそうもない。

「ラボへの道は、わざと分かりにくくしてあるんだ。誰もが来れるような所では困るからね。私達の研究は、そうせざるを得ないほど、多くの研究機関から注目されているんだ」

 俺の考えを感じとったようで、尋ねる前に洋介おじさんが説明してくれた。


 ほどなく車は、テニスコートほどの広さの空き地に止まる。

「今日の入口とコンタクトをとるから、ちょっと待っててくれるかな」

 そう言うと洋介おじさんは目を閉じ、何やら念じ始めた。

 すると、運転手がハンドルから手を離した。まもなく誰も触れていないハンドルが、勝手に左へと旋回し、そして車は動き出した。歩くほどのゆっくりとした動きだが、安定した一定のスピードで間断なく進み、空き地の左端で止まった。

「おじさん、これは……」

「ハハハ、超能力……ではなく、ラボが私の脳波を読みとって、車の位置を修正したのだよ」

 洋介おじさんはこともなげに答えた。

 数秒後、ウィンチを巻き上げる音と共に、車が地中へと沈み込んでいった……。

 屋根まですっぽりと地中に沈むと、車は地下の空間を数メートルだけ直進した。沈み込んだ地表が元の位置へと上昇していく……。やがて蓋となり、差し込んでいた光が遮られた。

 だが同時に、地下の照明が次々と点灯していったため、地下施設内が露わになる。

 地上の空き地とほぼ同程度の何も無い部屋から、碁盤の目のように前後左右にいくつも通路がのびている。

 洋介おじさんは車を降りると、その内の1つの通路に向かった。俺もあとから付き従う。

 近くまで来ると、通路の床がムービング・ウオークになっていることに気づいた。

「これに乗れば徹人のいるところまで運んでくれる……心の準備は良いかな?」

「もちろんです」

 俺は高まる興奮を抑えつつ、返事をする。

 洋介おじさんは満足そうに頷いた。

 ムービング・ウオークに乗ると、想定通りのゆったりとしたスピードで、前方へと運ばれていった。面白いのは、分岐点に差し掛かってもムービング・ウオークを乗り換えることなく、方向転換までも自動でおこなわれるところだ。仕組みは分からないが、とても快適だ。

 5分ほど運ばれて、ようやく1つの部屋の前で動きが止まった。

「徹人はこの部屋にいるらしいな……」

 そう呟くと、洋介おじさんは徐に扉を開ける。

 部屋の中には見たことも無い機材が、所狭しと並んでいるばかりで、肝心の徹人兄さんの姿が見えない。

「徹人! 徹人! 雄彦君が来てくれたぞ!」

 それでも洋介おじさんは、誰もいない部屋で四方に向かって呼びかけた。

 すると「た、雄彦。よく来てくれた。う、嬉しいよ」とアナザーワールドでのサポートソフトのように声ではなく、頭の中に直接言葉が響いてきた。

「徹人兄さん? 何処にいるの?」

 声ではないが、頭に響く語調には、確かに徹人兄さんを感じることができた。俺は逸る気持ちを抑えきれず、辺りを見回す。

「す、少し、待っていてくれ」

 また頭の中で言葉が響くと、俺の目前で光が集約されていった……。俺はその眩しさに耐えられず、数秒目を閉じてから、もう一度ゆっくりと目を開ける。

 そこには時々閃光を放ちながら、ホログラムのように揺らめき立っている徹人兄さんの姿があった。

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