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仕組まれた再会



 エドモンドの言葉に、ヴェロニカは静かに頭を下げた。


「では、予定どおりに?」


「ああ。ただし、ゼノンを甘く見てはいけないよ」


 エドモンドは窓辺へ歩み寄った。


「アルフォンスの息子だ。あの男が持っていたものを、随分と色濃く受け継いでいる」


「王家の命令、ですか」


「それだけではない。影狼に重圧。厄介な異能ばかりだ」


 ヴェロニカは黙っていた。


 ゼノンの影狼は二匹。


 ガルとレオ。


 どちらもゼノン自身の分身であり、本体と感覚を共有できる。


 ただし、父アルフォンスとは違い、ゼノンは黒狼のいる場所へ瞬間移動することはできない。


 それでも、二匹の黒狼と重圧を組み合わせた戦闘能力は、純血種の中でも群を抜いていた。


 そして、何より厄介なのが王家の命令だった。


 ヴァルディエ家の血を引く者の中でも、ごく限られた者だけが発現する絶対服従の異能。


 歴代の王は、この異能を持つ者が継承してきた。


 ゼノンの命令は、エドモンド自身が持つ血の支配さえ上書きできる。


「正面から挑んでも、勝ち目は薄いでしょう」


 ヴェロニカが言った。


「分かっているよ」


 エドモンドは穏やかに答えた。


「だから、ゼノンとは戦わない」


「では、どうなさるおつもりですか?」


「ルシアの方から来てもらう」


 ヴェロニカの眉が僅かに動いた。


「自ら、ですか?」


「ああ」


 エドモンドは机の上に置かれた一枚の写真を手に取った。


 そこには、黒髪の少女が写っている。


 ルシア・ヴァルディエ。


 十八歳になったばかりの、純血の姫君。


「この子は、優しい」


 エドモンドは写真の少女を指先でなぞった。


「自分のために誰かが傷つくことを、何より嫌う」


 ヴェロニカは、その言葉の意味を理解した。


「誰かを人質にするおつもりですか?」


「必要ならね」


 エドモンドは微笑んだ。


「けれど、最初からそんな乱暴なことをする必要はない」


 そして、静かに続けた。


「まずは、あの子がどれほど強くなったのか確かめよう」


     ◇


 その日の夕方。


 ヴァルディエ家の屋敷では、王宮から戻ったゼノンがアルベルトたちと話し合っていた。


 応接室には、セドリックとラビも集まっている。


「十八歳の誕生日を迎えたら計画を進める、か」


 セドリックが腕を組んだ。


「随分と堂々とした予告だな」


「挑発のつもりもあるんだろうね」


 ゼノンは静かに答えた。


「ただ、問題はその計画の内容だよ」


 アルベルトが資料を机へ置く。


「礼拝堂から押収した書類には、ルシアの行動記録が残っていた」


「どの程度詳しいんです?」


 ラビが尋ねる。


「学園への登校時間、外出先、同行者。それから、屋敷に戻る時間までだ」


 ラビの表情から笑みが消えた。


「それ、かなりまずいですねぇ」


「ああ」


 アルベルトは頷いた。


「少なくとも、長期間にわたって監視されていたことは間違いない」


 ゼノンは、静かに資料を閉じた。


「警備を強化しよう。特に学園への移動と、屋敷の出入りを」


 セドリックが頷く。


「夜間部の方は俺が見ておく」


「ありがとう」


「ラビ、お前はルシアの護衛を頼む」


「了解、セドリック叔父さん」


 ラビはいつものように笑った。


「ルシアちゃんには、なるべく普段どおり過ごしてもらいたいですしね」


「そうだね」


 ゼノンは頷いた。


「ただし、少しでも異変があればすぐに知らせて」


     ◇


 翌日。


 私はエリーゼと一緒に、学園の廊下を歩いていた。


 授業を終えた生徒たちが、教室から次々と出てくる。


「今日は少し疲れた?」


 エリーゼが尋ねた。


「ううん。大丈夫」


 私は小さく微笑んだ。


「でも、最近は訓練も増えたから、少し眠いかも」


「それなら、今日は早めに休んだ方がいいわね」


「そうする」


 私たちが階段へ向かおうとしたときだった。


「ルシアちゃん!」


 聞き慣れた明るい声が響いた。


 振り返ると、クロードさんが手を振っていた。


「クロードさん」


「やっほー! 今日も可愛いねぇ!」


 相変わらずだった。


 クロードさんは私たちのところへ来ると、エリーゼにも笑顔を向けた。


「エリーゼちゃんも相変わらず綺麗だねぇ。二人で歩いてると目立っちゃうよ?」


「ありがとうございます」


 エリーゼは慣れた様子で微笑んだ。


「ところで、何かご用ですか?」


「いやぁ、ちょっと気になる話を聞いてさ」


 クロードさんは少しだけ声を落とした。


「最近、学園の近くで変な人が目撃されてるらしいんだよね」


 私は顔を上げた。


「変な人?」


「うん。黒い外套を着た男。何度か学園の周りを歩いてたらしいよ」


 エリーゼの表情が変わった。


「それは、いつ頃の話ですか?」


「ここ数日かな。昨日も見たって子がいたよ」


 黒い外套。


 その言葉に、私は数日前の庭園を思い出した。


 塀の外で聞こえた足音。


 落ちていた黒い留め具。


「同じ人なのかな」


 小さく呟くと、クロードさんが首を傾げた。


「何か心当たりある?」


 エリーゼが、私の代わりに答えた。


「屋敷の周囲でも、不審者が目撃されているんです」


「えっ、マジ?」


 クロードさんの表情が変わった。


「それ、ゼノンには伝えた?」


「はい」


「なら、俺からも話しておくよ」


 クロードさんは頷いた。


「ルシアちゃんは、一瞬でも一人になる時間を作らないこと!」


「はい。わかりました」


「よし。じゃあ、俺が送ってあげようか?」


 クロードさんは、いつもの笑顔に戻った。


「可愛い女の子二人をエスコートできるなんて、最高じゃん?」


 エリーゼが小さく笑う。


「お気持ちだけいただいておきます」


「えー! 即答!?」


 私は思わず笑ってしまった。


 けれど、胸の奥には小さな不安が残っていた。


     ◇


 その日の夜。


 私は屋敷の自室で、ルナと一緒に過ごしていた。


 机の上には、クレイドからもらった手帳が開かれている。


 最近覚えたことや、訓練で気づいたことを書き留めるために使っていた。


 反射。


 感覚共有。


 そして、ルナとの連携。


 まだ分からないことは多い。


 けれど、少しずつできることは増えていた。


 私はペンを置き、窓の外へ視線を向けた。


 庭園には警備兵が立っている。


 その向こうには、高い塀。


 エドモンドがどこにいるのか、まだ分からない。


 けれど、確実に近づいている。


 そんな気がした。


「ルナ」


 白狼が顔を上げる。


「私、ちゃんと戦えるかな」


 ルナは静かに近づき、私の手へ鼻先を寄せた。


 私はその頭を撫でた。


「うん。頑張らないとね」


 そのときだった。


 窓の外から、微かな音が聞こえた。


 石畳を踏むような、小さな足音。


 私は顔を上げた。


 ルナも同時に耳を立てる。


 感覚を共有すると、庭園の奥に誰かがいることが分かった。


 警備兵とは違う足音。


 ゆっくりと、屋敷の方へ近づいてくる。


 私は立ち上がった。


「誰……?」


 ルナが低く唸る。


 次の瞬間。


 窓の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。


「ルシア」


 私は息を呑んだ。


 その声を、忘れるはずがなかった。


 かつて、毎日のように聞いていた声。


 学校で笑い合い、家で一緒に過ごした少女の声。


「ミア?」


 窓の向こう。


 月明かりの下に、一人の少女が立っていた。


 赤い瞳。


 嬉しそうな笑顔。


 そして、以前と変わらない無邪気な表情。


「久しぶり、ルシア!」


 ミアは、まるで昔の友人を訪ねてきたかのように手を振った。


「会いたかったよ!」


 私は、その場から動けなかった。


 あの日。


 アルベルトの家で、私を殺しかけた少女。


 かつての親友。


 そして、今も私の血を欲しがっているヴァンパイア。


 ミアは、にっこりと笑った。


「ねえ、ルシア」


 その赤い瞳が、楽しそうに細められる。


「また、一緒に遊ぼう?」



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