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最高!

特別学級の扉が開いた。


「先生来た!」


ミアの声に、ルシアとクレイドも前を向く。


教室へ入ってきたのはエリーゼだった。


夜空を思わせる濃紺の髪を揺らしながら教壇へ向かい、その手に持っていた数冊の本を机の上へ置く。


「お待たせしました」


「エリーゼ!」


ミアが嬉しそうに手を振った。


「今日、エリーゼが先生なの?」


「最初の授業だけですよ」


「やった!」


「喜ぶのは授業内容を聞いてからにしてください」


「え?」


エリーゼは黒板へ向き直った。


白いチョークで、そこへ大きく文字を書く。


――吸血。


ミアの目が輝いた。


「おお……!」


「何でテンション上がってんだよ」


クレイドが呆れる。


「だってヴァンパイアっぽい!」


「お前もうヴァンパイアだろ」


「まだ三日目だから新鮮なの!」


机の端には、今日も血液パック。


ちゅー、とストローを吸う。


エリーゼはそれを一度見たが、今は何も言わなかった。


「ルシアとクレイドには以前にも話しましたが、今日はミアがいますので、改めて説明します」


「はい!」


「ミア」


「はい!」


「まず、人間から直接血を飲むことについて。何か知っていますか?」


「噛む!」


「……それは知っていますね」


「首とか?」


「場所を聞いているわけではありません」


ルシアが思わず笑う。


クレイドは額を押さえた。


「人間だった頃にヴァンパイアに噛まれたことは?」


「ないよ」


「では、知らない感覚もあるでしょう」


エリーゼはチョークを置いた。


「ヴァンパイアの唾液には、人間の身体へ強く作用する成分があります」


「唾液?」


「はい。ただし、最初に一つ区別しておきましょう」


エリーゼは黒板へ二つの言葉を書く。


――自己再生。


――治癒。


「この二つは、同じものではありません」


ミアが首を傾げた。


「違うの?」


「はい。ヴァンパイアは人間より遥かに高い再生能力を持っています。あなたが瀕死の状態から回復したのも、転化によってヴァンパイアの身体へ作り変えられ、その身体が自ら損傷を再生したからです」


「肺も骨も治ったやつ?」


「そうです」


ミアは自分の胸を触った。


「じゃあ、それが治癒じゃないの?」


「それは自己再生です」


エリーゼが答える。


「自分自身の身体を修復する力ですね。一方、治癒は他者の傷へ作用する力です」


「他の人も治せるってこと?」


「力の強いヴァンパイアであれば」


エリーゼは頷いた。


「その唾液で、人間の浅い傷や吸血によってできた咬み傷を塞ぐことができます。深刻な内臓損傷や致命傷まで治せるわけではありませんが、表面的な傷であれば痕を残さず治すことも可能です」


ミアの目が輝いた。


「じゃあ私も噛んだあと舐めれば――」


「治りません」


「えっ」


即答された。


「……私、できないの?」


「できません」


「ヴァンパイアなのに?」


「ヴァンパイアなら誰でも使える力ではありませんから」


ミアは驚いた顔で自分の牙を触った。


「じゃあルシアは?」


「できます」


「エリーゼは?」


「できます」


「ゼノン先輩は?」


「もちろん」


「クレイドは?」


エリーゼの視線が横へ動く。


クレイドは面倒そうな顔で頬杖をついていた。


「できねぇよ」


「クレイドも!?」


「俺も人間から転化したヴァンパイアだからな」


「そうなんだ……」


ミアは意外そうだ。


エリーゼが続ける。


「人間から転化したヴァンパイアであるミアとクレイドは、自分自身の傷を再生することはできます。ですが、他者の傷へ作用する治癒能力は持っていません」


「自分は治るのに?」


「自己再生と、他者を治す力は別です」


「へえ……」


ミアは黒板を見る。


「ヴァンパイアって、なったら全部同じ能力になるわけじゃないんだ」


「当然です」


「そっかぁ」


少し残念そうにしたあと、すぐに顔を上げる。


「でも自分の怪我がすぐ治るだけでもすごいよね!」


「その認識で構いません」


「じゃあいっか!」


「切り替え早ぇな」


クレイドが呆れる。


「だってできないものは仕方ないじゃん!」


「それよりも、ミアにはこちらを覚えてもらう必要があります」


エリーゼの声が少し変わった。


「治癒能力の有無に関係なく、ヴァンパイアの唾液そのものには、人間の身体へ作用する性質があります」


教室の空気が少し変わる。


「噛まれた人間は、痛みを感じにくくなります。それどころか、心地よさや多幸感を覚えることもある。身体から力が抜け、思考が鈍り、警戒心が薄くなる」


「へえ……」


ミアは興味深そうに聞いている。


「酔っ払ってるみたいな?」


「近いですね」


「じゃあ痛くないなら、噛まれる方も楽なんだ」


「そこが一番危険なのです」


エリーゼが即座に返した。


ミアが瞬きをする。


「え?」


「痛みは本来、身体が危険を知らせるためのものです。それが弱くなる。さらに判断力まで低下する」


エリーゼは三人を順番に見る。


「吸血されている人間が『もっと吸ってほしい』と言ったとしても、それが正常な状態で出した判断とは限りません」


ミアのストローが止まった。


「……本人が言ってても?」


「はい」


「でも、自分からもっとって言うんでしょ?」


「言うことがあります」


「だったら――」


「だからこそ、ヴァンパイア側が判断するのです」


エリーゼの声は穏やかだった。


けれど、普段よりも少しだけ厳しい。


「血がおいしい。もっと欲しい。相手も『もっと吸ってほしい』と言っている。ですが、それは正常な判断とは限りません」


ミアは黙って聞いている。


「私たちは、生きるために血を必要とします。血を飲むこと自体が悪いわけではありません」


エリーゼは続けた。


「だからこそ――必要以上に奪わない」


教室が静かになる。


「それが、人間と共存するための最低限の理性です」


ミアは数秒考えた。


それから、あっさり笑った。


「大丈夫だよ」


「……」


「私、三日前まで人間だったんだよ?」


血液パックを持ち上げる。


「人間が痛いのも怖いのも知ってるし、殺したりしないよ」


「殺さなければいい、という話ではありません」


「分かってるって!」


ミアは笑う。


「必要以上に飲まない、でしょ?」


「そうです」


「覚えた!」


ちゅー。


また血を飲む。


「ほら、今だってちゃんとパックで我慢してるし!」


クレイドが横を見る。


「我慢?」


「なに?」


「今日何本目だ」


「……」


ミアが視線を逸らす。


「二本?」


「登校前に一本飲んでただろ」


「それは家用」


「何だよ家用って」


「こっちは学校用!」


「血に用途あんのかよ」


「ある!」


「ねぇよ」


「あるもん!」


「授業中です」


エリーゼに注意され、二人とも黙った。


ルシアは笑いを堪える。


その後も授業は続いた。


吸血する場所。


一度に奪っていい血液量。


人間の体調によって危険性が変わること。


出血が多すぎれば当然命に関わること。


そして、相手が吸血中に何を言ったとしても、ヴァンパイア側が冷静でいなければならないこと。


さらにミアの場合、吸血痕を自分で治癒することができない。


だからこそ、傷を残すことへの責任も考えなければならない。


「治せない以上、噛む場所にもより注意が必要です」


「目立つところは駄目ってこと?」


「それだけではありません。自分で治せない傷を相手へつけるのだという自覚を持ってください」


「……はい」


今度は少し真面目な返事だった。


ミアは思ったよりきちんと聞いていた。


ノートにも書いている。


ただし、右手にはペン。


左手には血液パック。


授業が終わる頃には、空になっていた。


「終わったー!」


ミアが大きく伸びをする。


「どうでしたか?」


「楽しかった!」


「楽しい授業をしたつもりはないのですが」


「でもヴァンパイアのこといっぱい知れた!」


ミアは立ち上がる。


「ねえ、次は何するの?」


「今日は通常の夜間部生にも、あなたが転籍したことを正式に紹介します」


「みんなのところ行くの!?」


「はい」


「行く!」


ミアは鞄を掴む。


「早く!」


「お前ちょっと落ち着け」


クレイドが言う。


「だって初日だよ!」


「分かってる」


「クレイドは初日こんな感じじゃなかったの?」


「んなわけねぇだろ」


「もっと楽しめばよかったのに」


「余計なお世話だ」


三人で特別学級を出る。


エリーゼと一緒に通常の夜間部教室へ向かう途中でも、ミアはずっと辺りを見回していた。


今までだって何度も来たことのある学院。


それなのに、黒い制服を着て歩いているだけで違って見えるらしい。


すれ違うのもヴァンパイア。


聞こえてくる会話も夜間部の生徒たちのもの。


自分もその中の一人。


「ふふ」


突然ミアが笑った。


「何?」


ルシアが尋ねる。


「嬉しい」


「そんなに?」


「だって、本当に一緒になれたんだなって」


ミアは自分の制服を見る。


「昨日まで……じゃないや。三日前まで、私は昼間部だったんだよ?」


「うん」


「授業終わったら帰って、ルシアたちが学校に来る頃には家にいて」


少しだけ寂しそうな声。


けれど、すぐに笑顔へ戻る。


「でも今日から違う!」


ルシアの腕へ抱きつく。


「ずっと一緒!」


「ミア」


ルシアも笑った。


「私も嬉しいよ」


「でしょ!」


「重い」


後ろからクレイドが言う。


「重くない!」


「ルシアにぶら下がんな」


「嫉妬?」


「何でだよ」


そんなやり取りをしながら廊下を曲がったときだった。


向こうから、数人の生徒が歩いてくる。


先頭にいる少女を見て、ルシアはすぐに気づいた。


長い髪を揺らしながら歩く、気品のある少女。


リリア・プレヴェール。


百年以上を生きる、上位ヴァンパイア。


その後ろには、いつも彼女と行動している夜間部の女子生徒が二人と、男子生徒が一人。


まるで彼女を中心にするのが当然であるかのように、半歩後ろを歩いている。


リリアもこちらに気づいた。


視線が最初にルシアへ向く。


その表情が僅かに硬くなった。


けれど、すぐに綺麗な笑みへ変わる。


「ごきげんよう、ルシアさん」


「こんばんは、リリア」


「先日の夜会では大変でしたわね」


「……知ってるの?」


「当然でしょう。ベルフォート家の夜会で人間が瀕死になり、その場で転化した。もう夜間部では知らない者の方が少ないのではなくて?」


リリアの視線が横へ動く。


ミア。


頭の先から靴まで、ゆっくり眺める。


「あなたが、その方?」


「そうだよ」


ミアは明るく答えた。


「ミアです! 今日から夜間部!」


「……そう」


リリアが微笑む。


「ずいぶんお元気なのね」


「もう怪我も全部治ったから!」


「それはよかったわ」


リリアは微笑みを崩さない。


「でも、目上の者への礼儀はもう少しお勉強なさった方がよろしくてよ」


「……え?」


「いいえ。何でもありませんわ」


言葉だけなら穏やかだった。


けれど。


何かがおかしい。


ルシアには分かった。


リリアの後ろにいる女子生徒の一人が、小さく笑ったからだ。


「白から黒へ着替えただけで、随分嬉しそう」


もう一人も口元へ手を添える。


「仕方ないでしょう。憧れていたのではなくて?」


「人間ってヴァンパイアに憧れるものなの?」


「さあ」


くすくすと笑う。


ミアが眉を寄せた。


「……何?」


「別に?」


リリアが答える。


「ただ、少し珍しくて」


「何が?」


「つい数日前まで人間だった方が、まるで生まれたときからこちら側だったかのようにはしゃいでいるものだから」


ミアの笑顔が少し消えた。


「別にいいでしょ」


「もちろん」


リリアは微笑んだまま。


「あなたが何を喜ぼうと、私には関係ありませんわ」


そう言いながら、明らかに立ち去る気はない。


「でも、勘違いはなさらない方がよろしいのではなくて?」


「……何を?」


リリアの後ろにいた男子生徒が口を開いた。


「人間から転化したヴァンパイアが、俺達と一緒だと思うなってことだよ」


空気が止まった。


ミアが瞬きをする。


「……は?」


ルシアの表情が変わった。


「何それ」


「そのままの意味だろ」


男子生徒は悪びれもしない。


「生まれたときからヴァンパイアの俺達と、人間から転化した奴じゃ違う」


「何が違うの?」


ミアが聞く。


さっきまでの明るい声ではなかった。


「全部だろ」


「全部って?」


「血も、育ちも、本能も」


男は肩を竦める。


「三日前まで人間だった奴が黒い制服着たくらいで、俺達と同じ顔して歩いてるのが面白いってだけだ」


「……」


「結局、人間が黒い制服を着ただけじゃないか」


口元を歪める。


「まるで猿が服を着て、俺達の真似をしてるみたいで笑えるだろ」


後ろの女子生徒たちが、くすくすと笑った。


「やめなさい」


エリーゼが口を挟んだ。


静かな声。


けれど、冷えている。


「学院内でそのような発言は許されません」


「事実を言っただけですよ」


「事実ではありません。転化した者もヴァンパイアです」


「でも同じじゃない」


今度はリリアの隣にいた女子生徒が言った。


「でしょう? リリア様」


話を振られたリリアは、困ったように微笑んだ。


「私に聞かれても困りますわ」


「リリア」


ルシアが睨む。


「何?」


「止めないの?」


「どうして?」


リリアは不思議そうに首を傾げる。


「私は何も言っていませんもの」


「今の聞いてたでしょ」


「ええ」


「だったら――」


「それぞれ考え方がありますわ」


さらりと言う。


「転化したヴァンパイアも同じヴァンパイアだと考える方もいれば、生まれながらのヴァンパイアとは明確に違うと考える方もいる」


「だから馬鹿にしていいっていうの?」


「そんなことは言っていませんわ」


綺麗に逃げる。


その態度が、余計に腹立たしい。


「私はただ――」


リリアの赤い瞳がミアへ向く。


「ご自分の立場くらいは、理解しておいた方がよろしいと思っただけ」


ミアが何か言おうとした。


その前に。


「……おい」


低い声がした。


クレイドだった。


それまで黙っていたクレイドが、一歩前へ出る。


「さっきの」


男子生徒を見る。


「もう一回言ってみろ」


「何?」


「人間から転化したヴァンパイアが何だって?」


男がクレイドを見る。


数秒。


それから、鼻で笑った。


「ああ」


「……」


「そういえば、お前もだったな」


空気がさらに重くなる。


「クレイド」


ルシアが小さく呼ぶ。


クレイドは返事をしない。


男だけを見ている。


「元は人間」


男が続けた。


「それどころか、お前を転化させたのは――あのヴェロニカだろ?」


クレイドの顔から、表情が消えた。


「……」


「犯罪者に無理やりヴァンパイアにされた奴が、ずいぶん偉そうに――」


言葉が止まった。


クレイドが男の胸倉を掴んだからだ。


「クレイド!」


ルシアが声を上げる。


「お前……!」


男もクレイドの腕を掴む。


「離せよ!」


「だったら口閉じろ」


「図星だからキレてんのか?」


「……」


「純血の血を貰って強くなったところで、生まれまで変わるわけじゃねぇだろ」


クレイドの目が変わった。


その瞬間。


「クレイド」


声が響いた。


全員が振り返る。


廊下の向こう。


黒い制服姿のゼノンが立っていた。


隣にはセドリック。


少し後ろにはラビ、クロード、ノエルまでいる。


「手を離して」


ゼノンが言う。


「……」


「クレイド」


「……チッ」


クレイドが手を離す。


男が乱れた襟を直した。


「ほら。先に手を出したのはこいつですよ」


ゼノンは男を見る。


「見てたよ」


「だったら――」


「君が先に侮辱したのもね」


男が黙る。


ゼノンはゆっくり歩いてくる。


「勘違いしないで」


穏やかな声だった。


「僕はクレイドだから庇ってるわけじゃない」


クレイドを見る。


「侮辱されたからって胸倉を掴むのは駄目だよ」


「……分かってる」


「なら次からやめて」


「……ああ」


それから男を見る。


「それと君」


「はい」


「学院では、生まれによって生徒の価値を決めない」


「でも、転化した奴と生まれつきのヴァンパイアが違うのは事実でしょう」


「違いがあることと、優劣があることは別だよ」


男が黙る。


「純血。混血。転化者。血統。年齢。家柄」


ゼノンは淡々と並べる。


「違いなんていくらでもある」


そして少しだけ目を細めた。


「でも、ここでは全員生徒だよ」


静かな声なのに、誰も口を挟めなかった。


「それが嫌なら、学院にいる間くらい口を閉じてて」


「……」


「次に同じことで騒ぎを起こしたら、僕が総代として処分する」


「……分かりました」


男が視線を逸らす。


ゼノンは今度はリリアを見る。


「リリアも」


「まあ」


リリアが笑う。


「私は何もしていませんわ」


「うん」


ゼノンも笑った。


「だから今は何もしないよ」


「……」


「でも、自分では何も言わずに周りに言わせるの、昔から好きだよね」


リリアの笑顔が僅かに固まった。


クロードが後ろで吹き出しそうになり、セドリックに肘で止められる。


「ゼノンさん」


リリアの声が少し低くなる。


「誤解ですわ」


「そう?」


「ええ」


「ならよかった」


ゼノンはあっさり返した。


「次から誤解されないように気をつけて」


「……もちろんですわ」


リリアは笑っている。


けれど、目は笑っていなかった。


その視線が一瞬ルシアへ向く。


そしてミアへ。


最後にクレイドへ。


「行きましょう」


取り巻きへ声をかけ、その場を去っていく。


姿が見えなくなった途端。


「怖っ」


ラビが呟いた。


「最後のリリアちゃんの顔、めちゃくちゃ怖かったね」


「お前は黙ってろ」


セドリックが言う。


「はーい」


クロードは面白そうに廊下の先を見る。


「相変わらず性格悪いなぁ」


「クロード」


「事実じゃん」


「口に出すな」


「はーい」


二人目。


ノエルはミアを見た。


「……大丈夫か」


「え?」


「言われたこと」


ミアは少し黙った。


さすがに傷ついているのだろう。


ルシアが心配になって近づく。


「ミア」


「……むかつく」


「うん」


「めちゃくちゃむかつく!」


顔を上げる。


「何なの!?」


いつものミアだった。


「生まれたときからヴァンパイアだったらそんなに偉いの!?」


「偉くないよ」


ルシアが即答する。


「でしょ!?」


「うん」


「私だってヴァンパイアだもん!」


牙を見せる。


「ほら!」


「牙で証明すんな」


クレイドが言った。


「だってあるもん!」


「分かったから」


「目だって赤いし!」


「分かった」


「血だって飲んでる!」


「それは飲みすぎだ」


「今関係ないでしょ!」


ミアが怒る。


みんなが少し笑った。


クレイドも小さく息を吐く。


「気にすんな」


「……クレイド」


「俺は何年も言われてる」


ミアが黙る。


「人間だった。転化した。だから何だって話だ」


「……」


「お前はお前だろ」


珍しく、まっすぐな言葉だった。


ミアが目を丸くする。


「クレイド……」


「何だよ」


「優しい」


「は?」


「今のもう一回言って」


「言わねぇ」


「録音したかった!」


「ふざけんな」


「クレイドが優しい!」


「うるせぇ!」


ミアが笑いながら逃げる。


クレイドが追う。


「待て!」


「やだ!」


廊下を走っていく二人を見て、ルシアも笑った。


「元気だね」


隣に来たゼノンが言う。


「うん」


「心配してた?」


「少し」


「大丈夫そうだね」


「うん」


ルシアは走っていくミアを見る。


三日前。


あの子は死にかけていた。


息もできず、血まみれになって。


自分が血を与えなければ、あの場で死んでいた。


けれど今は。


黒い制服を着て。


牙を見せて笑って。


クレイドと喧嘩しながら走っている。


「……よかった」


ルシアが小さく呟いた。


「何が?」


「ミアを助けられて」


ゼノンは何も言わず、ルシアを見る。


「私、あのとき迷ったけど」


「うん」


「今は、これでよかったって思う」


「……そうだね」


ゼノンの手が、そっとルシアの頭へ触れた。


その少し先では、ミアがラビたちにも捕まっていた。


「ミアちゃん、本当にヴァンパイアになっちゃったんだね!」


ラビが目を輝かせる。


「なったよ!」


「牙見せて!」


「いいよぉ! ほら!」


「おおー!」


「ラビ、煽るな」


セドリックが止める。


クロードまで寄ってくる。


「新人ヴァンパイアじゃん」


「どーも、新人です!」


「どう? なってみて」


聞かれた瞬間。


ミアは満面の笑みになった。


「最高!」


即答だった。


「身体軽いし!」


指を一本立てる。


「夜なのに何でも見えるし!」


二本。


「遠くの音も聞こえるし!」


三本。


「怪我もすぐ治るし!」


四本。


最後に、にっと牙を見せる。


「血も美味しい!」


「最後それかよ」


クレイドが言う。


「大事だよ!」


「お前の場合そればっかだろ」


「だって美味しいんだもん!」


ノエルがミアを見る。


「……元気だな」


「元気だよ!」


ミアはくるりと振り返った。


「私、人間だったときより今の方が好きかも!」


ルシアが笑う。


「まだ三日しか経ってないよ」


「三日で分かった!」


「早いよ」


「だってヴァンパイア最高だもん!」


楽しそうに笑う。


その顔には、何の陰りもない。


エリーゼも。


ラビも。


セドリックも。


クロードも。


ノエルも。


クレイドも。


ルシアも。


その言葉を、ただ転化したばかりの少女が新しい身体にはしゃいでいるだけだと思っていた。


きっと、そうだった。


少なくとも。


このときはまだ。


ミア自身も、本当にそれだけだった。


「ルシア!」


「なに?」


「帰ったらまた血飲んでいい?」


「もう飲む話!?」


「だって美味しいんだもん!」


「さっき授業で習ったばかりでしょ!」


「パックは直接奪ってないからいいの!」


「それは……そうだけど」


「ほら!」


「でも飲みすぎは駄目だよ!」


「えー」


ミアが頬を膨らませる。


「なにが悪いの?」


冗談めいた声だった。


すぐに笑って。


またいつものように、ルシアの腕へ抱きつく。


「いいじゃん! ヴァンパイアなんだから!」


「もう……」


ルシアも笑った。


今はまだ、その言葉を怖いとは思わなかった。


ただ新しい世界にはしゃぐ、ミアらしい言葉。


そう思っていた。

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