白い制服と黒い制服
「ルシア、早く早く!」
昼休みを告げる鐘が鳴った途端、ミアが勢いよく立ち上がった。
窓の外では、初夏の陽射しを受けた木々が風に揺れている。白いカーテンがふわりと膨らみ、教室の床に細長い影を落としていた。
「え? どこ行くの?」
「中庭!」
「なんで?」
「いいから!」
机の上に教本を広げたままの私の腕を掴み、ミアはぐいぐいと引っ張る。
「ちょ、ちょっと待って。まだ片づけてない!」
「そんなの後!」
「エリーゼ、助けて!」
向かいの席に座っていたエリーゼへ助けを求める。
紺色の髪を肩から払いながら、彼女は静かに本を閉じた。窓から差し込む光がその横顔を照らし、白い肌と整った顔立ちをいっそう際立たせている。
人間のはずなのに、エリーゼはヴァンパイアのように綺麗だった。
「諦めた方がいいと思う」
「エリーゼまで!」
「今日のミア、朝からずっとこの調子だから」
「だって今日はいるんだもん!」
「誰が?」
私が尋ねると、ミアが振り返った。
満面の笑み。
「クロード先輩!」
「……ああ」
納得してしまった。
「その反応なに!?」
「だってミア、昨日はラビ先輩が格好いいって言ってなかった?」
「ラビ先輩も格好いいよ!」
「その前は?」
「ルイス先輩!」
「その前」
「セドリック先輩!」
「その前」
「ゼノン先輩!」
「全員じゃない」
「だって夜間部って本当に顔がいいんだもん!」
胸を張って言い切られてしまった。
エリーゼが小さくため息をつく。
「顔を見に学校へ来ているの?」
「勉強のついでに見てるの」
「逆じゃない?」
「細かいことは気にしない!」
ミアに引きずられるようにして、私たちは教室を出た。
廊下の窓から見える中庭には、白い石畳と噴水がある。噴水の水面が陽射しを弾き、きらきらと光っていた。花壇には赤や紫の花が咲き、甘い香りが風に乗って校舎の中まで流れ込んでくる。
アストリア共生学園。
人間とヴァンパイア。
二つの種族が共に学ぶためにつくられた、国内でも珍しい学園だ。
といっても、一日中同じ教室で勉強しているわけではない。
人間が所属する昼間部。
ヴァンパイアが所属する夜間部。
私たち昼間部の制服は白を基調としていて、夜間部は正反対の黒。
授業時間も違えば、寮だって学園の東端と西端に離れている。
人間とヴァンパイアは共存している。
でも、それは何もかもを一緒にしていいという意味ではないらしい。
昔、人間の王とヴァンパイアの王が盟約を結び、二つの種族は同じ社会で生きる道を選んだ。
ヴァンパイアは許可なく人間を襲ってはいけない。
人間も、ヴァンパイアというだけの理由で彼らを傷つけてはいけない。
今では学校でも街でも、基本的には普通に一緒に過ごせる。
ヴァンパイアの俳優や歌手だっているし、人間の間で人気のモデルだっている。
だから私たちくらいの世代だと、昔ほどヴァンパイアを怖がらない人も多い。
――ミアなんて、その代表だ。
「ほら! ルシア、急いで!」
「そんなに急がなくても逃げないよ」
「逃げるよ! 夜間部の授業始まっちゃうじゃん!」
「人を珍しい動物みたいに……」
エリーゼが呆れている。
中庭へ続く扉を開ける。
その瞬間。
「きゃあああ!」
女の子たちの歓声が聞こえた。
「……すご」
思わず足を止める。
中庭には昼間部の女子生徒が集まっていた。
陽射しの下にいるのに、彼女たちの視線の先だけ、夜の気配が漂っているように感じる。
その視線の先を、黒い制服を纏った生徒たちが歩いていく。
夜間部。
同じ学園の生徒なのに、彼らが集まると空気が違って見える。
背が高くて、肌が白くて、顔立ちが整っている。
黒い制服は彼らの白い肌をいっそう際立たせ、赤や金の瞳を宝石のように見せていた。
ヴァンパイアには美しい人が多いと言われているけれど、この学園を見ていると本当なんだろうなと思う。
「いた!」
ミアが私の腕を叩いた。
「クロード先輩!」
「痛い痛い」
指差した先を見る。
黒い制服を少し着崩した男子生徒が、女子生徒たちへ笑顔で手を振っていた。
茶色い髪には明るい色のメッシュが入っている。
「今日も可愛い子多いねー」
そんな声がここまで聞こえてきた。
「キャー!」
歓声がさらに大きくなる。
「……あの人、誰にでもあんな感じじゃない?」
私が言うと、ミアは真顔になった。
「そこがいいの」
「分かんない」
「ルシアには分からないよ」
「なんで?」
「だってルシアにはゼノン先輩がいるもん」
「……なんでそこでゼノ兄さんが出てくるの?」
「出るでしょ!」
ミアが私の肩を掴む。
「毎日迎えに来てくれる超絶美形ヴァンパイアがいる人に、私の気持ちは分かりません!」
「毎日じゃないよ」
「ほぼ毎日!」
「……そうだっけ?」
「そうだよ!」
横からエリーゼが静かに口を挟んだ。
「昨日も来てた」
「一昨日も!」
「一昨日はたまたま!」
「その前も」
「……エリーゼ、どっちの味方?」
「事実を言ってるだけ」
エリーゼは淡々としているけれど、その口元にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
彼女も私と同じ人間なのに、ヴァンパイアのような美しさを持っている。
紺色の髪、透き通るような肌、静かな瞳。
ミアが私たち二人を好きだと言ってくれるのも、少し分かる気がした。
けれど同時に、羨ましいとも思っているのだろう。
私たちが持っているものを、ミアは持っていない。
それを冗談にして笑っているけれど、ときどきその笑顔の奥に、小さな寂しさが見えることがある。
二人に挟まれていると、向こうからまた歓声が上がった。
「ラビ先輩!」
ミアの興味が一瞬で移る。
「忙しいね、ミア」
「見て! 今日髪結んでる!」
ピンク色の髪の青年が歩いていた。
何人かの女子生徒から名前を呼ばれ、にこにこと手を振っている。
その隣には、同じピンク色の髪をした男の人。
セドリック先輩。
夜間部の副クラス長だ。
「おー、今日もすごいな」
セドリック先輩が昼間部の女子たちを見回す。
「毎日よく飽きないねぇ」
「セドリック先輩ー!」
「はいはい」
軽く手を振るだけで、また歓声が上がる。
「ほら!」
ミアが興奮している。
「やっぱり格好いい!」
「さっきクロード先輩って言ってたじゃん」
「それとこれは別!」
「何が別なの……」
笑っていると。
突然、周囲の空気が変わった。
風が止まったわけではない。
噴水の水音も、花壇の葉擦れも、昼休みのざわめきも、何も変わっていない。
それなのに、空気だけがひやりと冷えた。
さっきまで騒いでいた夜間部の生徒たちが、自然に道を開ける。
誰かに命じられたわけでもないのに、彼らは一斉に身を引いた。
昼間部の女子たちの声まで、少し小さくなった。
「あ」
ミアが私の袖を掴んだ。
「ルシア」
言われなくても分かった。
黒い髪。
黒い制服。
その中でひときわ目を引く、赤い瞳。
ゼノン。
夜間部のクラス長。
そして――私の大切な「お兄様」。
もちろん、本当のお兄様ではない。
私は幼い頃に家族を亡くしたらしい。
「らしい」というのは、その頃の記憶がほとんど残っていないからだ。
どうして両親を亡くしたのか。
どんな家に住んでいたのか。
どんな顔をした人たちだったのか。
何一つ思い出せない。
そんな私のそばに、昔からいてくれたのがゼノンだった。
どうしてそこまで私を気にかけてくれるのか尋ねても、
『昔から知っているから』
と笑われるだけ。
幼い私はいつからか彼を「ゼノ兄さん」と呼ぶようになり、その呼び方だけが今も残っている。
ゼノンが歩くたび、夜間部の生徒たちの表情が強張る。
彼らはゼノンを尊敬している。
けれど、それだけではない。
恐れているのだ。
ゼノンが何かをしたわけではない。
声を荒らげたわけでも、誰かを睨んだわけでもない。
ただ、そこにいるだけ。
それだけで、同族であるヴァンパイアたちが道を開け、視線を伏せる。
赤い瞳の奥に、長い年月を生きてきた者だけが持つ冷たさがあるからだろうか。
それとも、彼が夜間部の誰よりも強いと、皆が知っているからだろうか。
「ゼノン先輩!」
「今日も素敵……」
「こっち見てくれないかな」
昼間部の女の子たちの声が聞こえる。
彼女たちはゼノンを怖がっていない。
むしろ、その近寄りがたい雰囲気さえも魅力だと思っているようだった。
本当に人気なんだなあ。
なんて考えていたら。
ゼノンの赤い瞳が、こちらを向いた。
目が合う。
「あ」
さっきまでほとんど表情のなかった顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
その変化を見た夜間部の生徒たちが、息を呑む。
ゼノンが誰かにそんな顔を見せることなど、ほとんどないのだろう。
けれど本人は周囲の反応など気にする様子もなく、そのまま真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
「……来た」
ミアが呟く。
「何?」
「絶対こっち来る」
「そりゃ知り合いだもん」
「そういう問題じゃないんだけどなあ」
「?」
ゼノンが私の前で足を止めた。
近くで見ると、彼の存在感はさらに強かった。
黒い髪が風に揺れ、白い肌に赤い瞳が浮かんでいる。
周囲のヴァンパイアたちは、彼のすぐそばに近づこうとしない。
まるで見えない境界線があるみたいだった。
「ルシア」
「なあに?」
「今日はちゃんと昼食を食べた?」
「第一声それ?」
「昨日残しただろう」
「昨日はあんまりお腹空いてなかったの」
「だから今日は?」
「食べました」
「全部?」
「……パンちょっと残した」
ゼノンの眉が僅かに寄った。
その瞬間、近くにいた夜間部の生徒がわずかに身を強張らせた。
「また?」
「だって大きかったんだもん」
「君はもう少し食べた方がいい」
「分かってるよ」
「分かっていて食べないから言ってる」
ゼノンは私の顔を覗き込むようにして、頬や唇の色まで確かめる。
「顔色も少し悪い」
「普通だよ」
「普通ではない」
「本当に?」
「本当だ。朝は何時に起きた?」
「七時」
「眠ったのは?」
「……十二時くらい」
「遅い」
「宿題があったの」
「宿題より睡眠を優先して」
「でも終わらせないと困るし」
「僕が手伝う」
「ゼノ兄さんは夜間部でしょ」
「それでも手伝える」
「そこまでしなくていいよ」
「君はいつもそう言う」
ゼノンはため息をつき、私の制服の襟元へ視線を落とした。
「ボタンが一つ外れている」
「え?」
「じっとして」
「自分でできるよ」
「いいから」
ゼノンの指が、私の襟元に触れる。
周囲から、また小さなどよめきが起こった。
ゼノンは私の制服の乱れを直し、肩に付いていた小さな葉を払い落とした。
それから、私の手首を取る。
「冷たい」
「え?」
「手が冷えている」
「風が少し冷たいだけだよ」
「上着は?」
「教室に置いてきた」
「取りに戻る」
「昼休み終わっちゃうよ」
「構わない」
「私は構うの!」
ゼノンは私の手を離さなかった。
その赤い瞳が、私の指先をじっと見つめている。
まるで、少しでも目を離したら私が消えてしまうとでも思っているようだった。
「ゼノン先輩、こんにちは!」
ミアが満面の笑みで挨拶する。
ゼノンが視線を向けた。
「こんにちは」
「今日も格好いいですね!」
「ミア!」
何言ってるの!?
けれどゼノンは特に気にした様子もなく、
「ありがとう」
と返した。
「……強い」
エリーゼが小さく呟く。
「何が?」
「ミアの精神」
「エリーゼも」
ゼノンが彼女を見る。
「ルシアをよろしく」
「はい、ゼノン先輩」
エリーゼが自然に答える。
ゼノンは彼女をしばらく見つめた。
エリーゼの紺色の髪と、ヴァンパイアのように整った顔立ち。
人間であるはずなのに、彼女からはどこか夜の気配が漂っている。
「……君も、無理をさせないで」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
「ルシアは無理をしていても、平気な顔をする」
「それも知っています」
エリーゼが静かに答える。
ゼノンの目が細くなった。
同族に向けるものとは違う、警戒に近い視線だった。
けれどエリーゼは怯えない。
ただ静かにゼノンを見返している。
私は二人の間に流れる妙な空気に気づかないまま、頬を膨らませた。
「なんで私がエリーゼに面倒見てもらう前提なの?」
「心配だから」
「私、もう十六歳なんだけど」
「知ってる」
「一人で何でもできるよ」
「それも知ってる」
「じゃあ――」
「できることと、僕が心配することは別だよ」
さらっと言われて、言葉に詰まる。
昔からこう。
ゼノ兄さんと話していると、いつの間にか私が負けている。
「それに、今日は放課後に街へ行くんだろう?」
「うん」
「誰と?」
「ミアとエリーゼと」
「どこへ?」
「本屋と、それから雑貨屋」
「何時に帰る?」
「夕方には」
「夕方の何時?」
「……五時くらい?」
「五時に校門前で待つ」
「え?」
「迎えに行く」
「一人で帰れるよ?」
「知ってる」
「ミアもエリーゼも一緒だし」
「それでも迎えに行く」
「ゼノ兄さん、過保護すぎるよ」
「君が無防備すぎる」
「普通だよ」
「普通ではない」
ゼノンは真剣な顔で言った。
「君は人間だ。ヴァンパイアの街を一人で歩くのとは違う」
「街には人間もいるよ」
「それでもだ」
「何がそんなに心配なの?」
ゼノンは答えなかった。
ただ、私の手を握る指に少し力を込めた。
その視線が、私の首筋へ落ちる。
一瞬だけ、赤い瞳の奥に鋭い光が宿った。
けれどすぐに消える。
「……何でもない」
「何でもない顔じゃないよ」
「君を守るのは僕の役目だから」
「役目って……」
「僕がそう決めている」
その声は静かだった。
けれど、拒否を許さない強さがあった。
後ろからセドリック先輩が呼んだ。
「ゼノン」
声をかけたセドリック先輩でさえ、ゼノンのすぐそばまでは近づかない。
「そろそろ行かないと間に合わねぇぞ」
「分かった」
ゼノンは答えながら、私の方を見る。
「放課後、迎えに来る」
「え?」
「五時に校門前」
「本当に来るの?」
「必ず」
「来なくても大丈夫だよ?」
「大丈夫かどうかは僕が決める」
「……はいはい」
諦めて答える。
ゼノンは満足そうに私の頭へ手を置いた。
「いい子」
「子供扱いしないで!」
思わずその手を払いのける。
周囲から、
「えっ」
という小さな声が聞こえた。
何?
見ると、夜間部の生徒が何人かこっちを見ている。
妙に驚いた顔。
恐怖さえ浮かべている者もいた。
ゼノンの手を払う。
それだけのことが、彼らにとっては信じられないことらしい。
「……どうしたの?」
誰にともなく聞いてみる。
誰も答えない。
代わりにクロード先輩が吹き出した。
「ははっ、ゼノンさんの手払う人、初めて見た」
「え?」
「いや、ルシアちゃん強いなーと思って」
「普通でしょ?」
「普通じゃないって」
「クロード」
ゼノンが名前を呼んだ。
ただそれだけ。
けれど、クロード先輩の笑顔が一瞬で引きつった。
「はいはい、怖い怖い」
冗談めかして両手を上げているけれど、その声にはわずかな緊張が混じっている。
「ルシアちゃん、またね」
「はい」
「今度二人で――」
「クロード」
今度はさっきより低い。
空気が凍った。
クロード先輩の喉が小さく鳴る。
「……まだ何も言ってないじゃん」
「言おうとしていただろう」
「ゼノンさん、過保護すぎ」
クロード先輩は笑っている。
けれど、ゼノンの赤い瞳をまともに見ようとはしなかった。
セドリック先輩も、呆れたように肩をすくめながら、ゼノンとの間にわずかな距離を保っている。
「ほら、行くぞ。遅れたらまた俺まで巻き込まれるんだから」
「分かった」
ゼノンは私の方へ向き直った。
「昼食は残さない」
「努力する」
「努力ではなく、食べる」
「はい」
「水分も取る」
「はい」
「午後、眠くなったら無理をしない」
「はいはい」
「返事は一回でいい」
「ゼノ兄さんが何回も言うからでしょ」
「放課後は校門前」
「分かったってば」
「知らない人についていかない」
「子供じゃないよ!」
「ヴァンパイアにも?」
「……それは、まあ」
「約束して」
ゼノンが真剣な顔で私を見る。
私は少しだけ困って、それから頷いた。
「約束する」
「よし」
ゼノンはようやく満足したように目を細めた。
それから数歩進んで、一度振り返った。
「ルシア」
「なに?」
「放課後、ここで」
「校門前でしょ?」
「……校門前で」
「分かった!」
手を振る。
ゼノンはそれを確認してから、ようやく歩いていった。
黒い背中が遠ざかっていく。
彼が離れるにつれて、周囲の空気が少しずつ元に戻っていく。
夜間部の生徒たちは、ようやく息を吐いたように見えた。
「…………ルシア」
ミアが低い声で私を呼んだ。
「なに?」
「ずるい」
「何が?」
「全部!」
「意味分かんない」
「頭撫でられてた!」
「いつものことだよ?」
「いつものこと!?」
ミアが私の肩を掴んで揺さぶる。
「ゼノン先輩に『いい子』って言われて頭撫でられるのが日常なの!?」
「ちょっと、目回る!」
「羨ましい!」
「じゃあミアも撫でてもらえば?」
ぴたり。
ミアの手が止まった。
「……無理」
「なんで?」
「怖いもん」
「ゼノ兄さん優しいよ?」
「ルシアにだけね!」
ミアは遠ざかっていくゼノンの背中を見つめた。
その瞳には、憧れと羨望が混ざっている。
「私、ルシアもエリーゼも大好きだよ」
「急にどうしたの?」
「二人とも綺麗だし、優しいし、一緒にいると楽しい」
ミアは少しだけ笑った。
「でも、たまに羨ましい」
「私たちが?」
「うん」
ミアは自分の髪を指先で弄びながら、照れたように続ける。
「二人ともヴァンパイアみたいに綺麗だし。ルシアにはゼノン先輩がいるし。エリーゼは何でも知ってそうだし」
「エリーゼはともかく、私は普通だよ」
「普通じゃないよ」
ミアは真剣な顔で私を見る。
「ルシアもエリーゼも、人間なのに夜間部の人たちより綺麗なときがあるもん」
「そんなことないって」
「あるの!」
「ないよ」
「ある!」
ミアが頬を膨らませる。
「だから羨ましい。でも、二人が好きだから一緒にいたい」
その言葉に、胸が温かくなった。
「私もミアが好きだよ」
「本当?」
「本当」
「エリーゼは?」
エリーゼは少しだけ目を伏せた。
「……私も、ミアのことは好き」
「『ことは』って何!?」
「十分でしょう」
「もっと言って!」
「好き」
「よし!」
ミアは満足そうに笑った。
それから、また遠ざかる夜間部を眺める。
「でもさ」
ミアが言った。
「やっぱヴァンパイアって綺麗だよね」
「またそれ?」
「だって本当じゃん」
「まあ……そうだけど」
「ルシアは誰が一番格好いいと思う?」
「え?」
突然聞かれて、考える。
クロード先輩。
ラビ先輩。
セドリック先輩。
ルイス先輩。
いろんな顔が浮かんだけれど。
最後に浮かんだのは――
黒い髪。
赤い瞳。
同族さえ恐れさせるほどの冷たい気配。
それなのに、私を見るときだけ少し柔らかくなる表情。
私の食事や睡眠を気にして、制服の乱れまで直してくれる手。
「……ゼノ兄さん、かな」
口に出した瞬間。
なぜか少しだけ、胸がくすぐったくなった。
ミアがにやっとする。
「へえ〜?」
「何その顔」
「別にー?」
「絶対なんか思ってる!」
「思ってないよ?」
「嘘!」
追いかける私から、ミアが笑いながら逃げる。
エリーゼが呆れたようについてくる。
中庭には、午後の光が降り注いでいた。
噴水の水音。
花の香り。
遠くで鳴る鐘の音。
いつもの昼休み。
いつもの学園。
白い制服を着た私と。
黒い制服を着たゼノ兄さん。
同じ場所にいながら、私たちは違う時間を生きている。
私は人間。
彼はヴァンパイア。
いつか私は大人になって。
歳を取って。
おばあちゃんになって。
そして死ぬ。
その頃にもきっと、ゼノ兄さんは今とほとんど変わらない姿をしているのだろう。
そんな当たり前のことを。
このときの私は、まだ寂しいとは思っていなかった。
それよりもずっと大きな秘密が、自分の身体の中に眠っていることも。
夜になるたび。
自分でも知らない血が、黒い制服の彼を求めていることも。
私はまだ――何ひとつ知らなかった。




