特異点
「ハハ、なんだよ生きてるのかよ...。」
吐き捨てる様に言うハーヴァーの顔を掴む。
「な、なにすんだ。」
ハーヴァーの目を視線を強制的に俺と合わせる。
「ハデスさん。」
「周りは私が見ますので、どうぞ。」
「お、おい。
グレイスなにすんだ。」
「じっとしてろ、ハーヴァー。
俺は《俯瞰者》だ、お前のことを知らさせてもらう。」
黒い波で淀んだ泥水を搔きわけるように深く深くハーヴァーの目の奥へと潜り込んでいく。
”大厄災”が起きたのは数年間とマルガスが言っていた。
あの三人が苦戦を強いられた強敵とやらを見に行く。
油断したとか言っていたが、ライムの目下でそのようなことが起こるはずが無い。
俺とハーヴァーの目を通して様々な情報が流れ込んでくるが、欲しい情報だけをフィルタリングして他を排除していく。
余分な情報を取り除いていき、塵の中から一粒の石を見つけるような緻密な作業を感覚だけで行っていく。
強靭な精神と正確な知識が問われるので、並大抵の者では即死してしまう禁術と言っても過言ではない。
記憶の中に第三者として入り込む術と言うのが、一番わかりやすいだろう。
しばらく探して見つけた。
マルガスから聞いた戦場の様子とあの三人がいる記憶を突き止め、入る。
空間に歪が生じるがその中で干渉しなければ何も起こらない。
その点だけ注意して覗き込む。
相手からは存在も姿も確認できない、完全に透明である。
俺が入った時点では三人とも魔物と戦闘中だった。
相手は山で見た魔石獣アゼオスと近似した魔物だ。
アゼオスとは違い角には忌まわしい瘴気が纏わりついていた。
マルガスが槍で牽制しつつ、ハーヴァーが複数の魔法を撃ち、ハーロットが瘴気を取り除く魔法を唱えていた。
瘴気が消えた魔物はパタリと倒れ動かなくなった。
後ろには何十匹もの魔物が倒れており、ここに来るもでも何十体もの魔物と戦闘してきたようだった。
「マルガス、この魔物おかしくねえか?」
「あぁ、先ほどから瘴気を払った途端生命の気配が消える。」
「何だか嫌な予感がするわ。」
「だな!おい、あっちにもいるぞ。」
右の方を指さし、再び魔物と戦闘していた。
まだ強敵とは遭遇していないみたいだな。
そのまま何体か、倒していくと山頂のほうから強い気配が近づいてきた。
「おいおい!なんだこの瘴気の量は。」
「山頂に原因となる何かがあるのだろうか。」
「急がないと瘴気で下の国が滅んでしまうかも!」
ずさ、ずさと何かが近づいてくる足音が聞こえ三人は気を引き締めた。
淀んだ瘴気から現れたのは手負いの傷だらけの魔物、獅王獣レオだった。
「正面に立つな!突進してくるぞ。」
「でもまって、なんだか怪我をしているみたい。」
ハーロットの言う通り、レオの手足からは流血し、高貴なる毛は黒く荒んでいた。
三人の横を通り過ぎ、まるで何かから逃げる様に足を引きずっていた。
異常な状況でさらに気が引き締まったのが分かる。
レオはそのまま力尽きる様にバタンと倒れ、急な斜面を転がっていった。
次に瘴気から現れたのは、あの検問所で見た大きな羽のアテナだった。
現れたというより瘴気の中から吹き飛ばされてきた、というのが正しい。
「貴方!大丈夫?」
ハーロットが慌てて駆け寄りすぐに回復を行う。
「す、済まない。
私は守護天使アテナ、傷を癒してくれたことに感謝を。
それと一刻もこの場から離れることを推奨する!」
アテナは守護天使と名乗った。
俺が聞いたのは守護神だったので、この数年で昇格したのか。
「来るぞ!逃げるか構えろ!!」
怒号に近い声でアテナが剣を構える。
その熱気に三人は戦闘の道を選んだ。
瘴気から手が見え、声が聞こえてきた。
「おいおい、軽く小突いただけだぞ?
吹き飛びすぎだろ。」
出てきたのは、黒茶髪の木の棒を持った人間。
人間だが、この世界の人間では無かった。
続いて声が聞こえる。
「ヒロト、まずは会話をしようよ。」
「あっちが喧嘩吹っ掛けてきたんだぞ、売られた喧嘩を買っただけだ。」
ひらひらとした服装の人間が現れた。
異様な光景に呆気を取られ三人は気を抜いてしまった。
「ハーロットと言ったな、恩人よ頼みがある。
天界にて助けを呼んでくる。
それまでここでこの化け物たちを止めててくれないか!」
「何だか分からないけど冒険者として依頼を引き受けるわ!」
「ハーロットに協力するさ!」
「あぁ!」
怪我を負っているにもかかわらず凄まじい勢いで空へと羽ばたいていった。
そして残ったのは三人と異世界人二名。
「神から授かった”この力”とやらを試してみようぜ!ナナミ。」
「あのうさんくさい神の?」
「異世界だぜ!もっと喜べよ!」
と三人を置いて、二人だけで会話をしていた。
完全に蚊帳の外という状況だったがその隙を付いてハーヴァーが仕掛けた。
多重の魔法を扱う彼はこの世界でも希少な魔法使いであった。
その魔法使いから放たれる無数の魔法は一斉に二人へと襲い掛かる。
砂煙が上がると同時に、ハーロットは瘴気を払う魔法を唱えた。
ハーロットは長耳種のなかでも聖魔法に長けた種族、聖耳族だった。
聖魔法は瘴気を含む闇を払いのけることで有名だ。
そしてその二人を護るようにマルガスは人間の姿から龍の姿へと早変わりした。
白い鱗を持つ巨大な龍、白龍のマルガスへと変化を遂げハーヴァーの魔法とほぼほぼ同時に灼熱のブレスを解き放った。
凄まじい爆音と高温の熱風が飛び交う中、ハーロットは正確に聖魔法を二人に当てていた。
三人はマルガスに守られるように後方へ距離を取った。
この攻撃方法はライムが考えた先制攻撃手法だ。
【強敵に遭遇した場合、何かされる前に最高火力を叩き込め!】
と言う、非常にライムらしい手段だ。
ここにいない俺にまでその熱が伝わってくるほどの攻撃だ。
空間までとは行かないがそれに準する物にまで影響を与える攻撃に感心した。
砂煙が落ち着き爆心地を見ると、何気ない顔でこほっと咳をする二人の姿があった。
その様子に三人は驚きを隠せていなかったが、すぐに顔を見合わせた。
「ど、どうする!
アレを受けて傷一つ付いていないぞ!」
「師匠様にお伝えしなければならない!」
「この依頼を引き受けたのは私。
あの天使さんが戻ってくるまでなんとかして見せるわ!
だから二人は一刻も早くお師匠様に伝えに行って。
一人だと性格的に信用しないから、二人で行って!」
「いや、ここにハーロットを残すのは危険だ!」
と、敵に背を向けていた数秒。
「バンッ!」
白い高速の弾がハーロットの足を貫いた。
突然の痛みと何が起きたのか分からない混乱で悲鳴にならない声をあげた。
「「ハーロット!」」
「おー!これ便利だな!」
「わぁ!すごーい!」
「もう一発!」
マルガスの足先に弾が当たり地面が抉られた。
「ありゃ、狙いがぶれるなぁ。」
「おい、マルガス!」
ハーヴァーがハーロットを支えながらマルガスを心配する。
あの弾が当たっていたら龍の身体も貫通していたのだろか。
動揺でマルガスは龍化を解き人間の姿に戻った。
回復を使えるハーヴァーが一生懸命ハーロットの傷を癒すが一向に治らない。
何かを覚悟したのかハーロットは、
「いいから!緊急事態よ!
全力を出すから、二人は今すぐお師匠様に伝えてきて!」
と言い、聖魔法以外で唯一ハーヴァーに勝っていた特大の風魔法を二人に向け放った。
二人は情けない顔をし、ハーロットに向け手を伸ばしたが、凄まじい風によりどんどん距離を離されていった。
ハーロットは血相の悪い顔をしつつ
「ごめんね。」
と二人には聞こえることのない言葉を発した。
その直後背後から巨大な白い弾が迫り、ハーロットを包み込んだ。
その様子を二人は直視では見ていなかったと思うが、直感的に感じ取っていたのか、聞こえるはずのない悲痛な叫び声が山々に響き渡っていた。
それと同時に天を焦がすような巨大な爆発音も響き渡った。




