あの日...
案内されるがまま、奥の方へと進んでいくと”入る時はノックしろ!”と書かれた札が張ってある部屋の前に着いた。
「あっ、悪ぃ。
あんま気にしないでくれ。」
「おう、じゃぁお邪魔するぞ。」
「そこら辺に掛けてくれ。」
部屋の中には大量の書類が積まれた大きな机と小さな観葉植物、傷だらけの槍が立てかけられていた。
「あんまジロジロ見ないでくれ。
チョーリ、コーヒーを人数分用紙してくれ。」
「かしこまりました。」
部屋の中で待機していた人が用意していたポッドからコーヒーを淹れてくれた。
「では、積もる話をしようと思うんだが...いいか?」
「あぁ、構わん。」
「久しぶりだな、グレイス。
お前とまたこうして会えて嬉しく思うぞ。」
「まぁ旧友ということにしといてやるか。
さっき通りを歩いていたのだがアレは何なんだ?」
「かなり昔だが、以前この国を軽く手助けしたんだ。
そしたら。なんか英雄視されてしまってな...。」
「他のハーロット、ハーヴァー、それにライムは息災か?」
「それについてなんだが、ハーロットは現在行方不明でハーヴァーは酒場でくたばっている。
ライム様はお聞きしたと思うが現在王族となられこの国の統治をしておられる。」
「行方不明...?どういうことだ?」
「数年前にこの魔国を覆いかぶさるような魔物の群れが襲ってきた”大厄災”と呼ばれる事件があってな。
無論、この国だけでなく他の大陸でも起きた現象なんだが、被害がとてつもなくてな。
当時まだ冒険者を続けていた俺達はこの事件に対処すべくライム様の下、魔物を討伐していたんだ。
だが、俺達の実力不足というか、まぁなんだ、ちょっと方針やら目標のズレが生じた際に起きてしまったんだ。」
マルガスは、コーヒーに視線を落とし言葉を続けた。
「端的に言ってしまえば、俺達が揉めている際に強敵が現れ、ハーロットがハーヴァーを庇う様に傷を負ってしまったんだ。
その傷は回復を拒む呪いがかけられていて、苦しかっただろうが、俺達を戦場から逃がしてくれたんだ。
苦しかっただろうでは無いな、どうすることもできない恐怖に支配されながらも仲間を思いやるハーロットに助けられた俺らはそのままライム様の下へと逃げ帰った。
状況報告してもライム様は”構わん”の一点張り。
ハーロットは気づいていなかったと思うが、当時ハーヴァーは恋をしていたんだ。
あの時の我慢していたハーロットの表情を思い返すたびに、あの時恐怖で足がすくんで動けなかった俺を恨んでいる。
その怒りは俺よりハーヴァーの方が辛かっただろうな。
その後、魔物の勢いが弱まり再びさっきの場所に戻ったが、そこには血だまりと倒れた強敵の姿しかなかった。
それで、現在は行方が分からないハーロット、その絶望で酒に取りつかれたハーヴァー、そしてその戦績、国を護ったという観点からライム様は王族になられた。
それが今俺から伝えられることだ。」
「ふむ、お前たちの状況は分かった。
俺達は野暮用でこの国に来たのだが、少し寄り道をしなくてはならなくなったみたいだな。」
「グレイス...、この問題は俺達の問題だ。
ライム様と仲が良かったグレイスだけではそう易々と解決はしない。」
「別に手伝うとは言っていないぞ?
俺の目的のため障害となる問題を排除するだけに過ぎない。」
「目的...?」
「お前たちが抱えているその問題、いやこの国の問題が解決した時それを話そうかな。」
「そうですか。」
「まぁ、行き詰っているであろう、お前に俺達から一個朗報を聞かせてやろう。」
どんよりとした暗いマルガスの視線がこちらへ向く。
「申し遅れました、私ハデスと申します。
訳ありまして現在グレイス様に同行しております。
我が主より許可が出ておりませんので詳しく言えませんが、ハーロット殿は生きておられますな。」
「なっ!?」
机を思い切り叩き、凄まじい勢いで立ち上がるマルガスにチョーリと呼ばれる人物は驚きを隠せていなかった。
「グレイス、この方が言っていることは信じても良いのか?」
「あぁ、ハデスさんがまだ生きているというのであれば、ハーロットはまだこの世にいるということだ。」
「生きているのか...、ハーロット...。」
「はい、しかしながら現在どこで何をしているのかは分かりません。
”生きている”ということは確実です。」
「それだけでも、充分にありがたい......。」
気づけば部屋には俺達とマルガスしかいなった。
空気を読んでチョーリは部屋を出て行ったのだろう。
「マルガス、今は俺達しかいないんだ。
その事実に感謝を思い、ありったけ泣けよ。」
「あぁ...、あ”ぁ!」
白龍族は龍族の中でも極めて特殊な種族である。
龍の神、神龍の第一血統であり、誇りと戦意の英雄王【アルガス】に認められた珍しい種族だ。
龍の涙は神の雫、一滴でさえ凄まじい価値を生む。
万病に効き、心を癒し、生命を育むと言い伝えられてきたその雫。
マルガスから流れる雫はその神秘さの欠片もない、純粋な涙であった。




