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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第59話 一回転

 フロアの空気は、変わっていた。

 昨日までの沈黙じゃない。

 ざわめき。

 走る音。

 怒鳴り声。

 だが——

 止まってはいない。


「通関、どうなってる!?」

「まだ止まってます!」

「金は送ったんだろ!」

「確認待ちです!」


 誰もが余裕を失っている。

 それでも、動いている。

 麻美は、その中に立っていた。

(……本当に、やるんだ)

 昨日、あれだけ切った。

 あれだけ捨てた。

 なのに今は——

 また、取りに行っている。


「麻美!」

 声が飛ぶ。

「はい!」

「この書類、すぐ通関に回して!」

「はい!」

 受け取って走る。

 手が、少し震えている。

(間違ってる……?)

 頭の中で、何度も繰り返す。

 切った会社の顔。

 電話の声。

『ふざけるな』

 胸の奥に残っている。

(でも——)


 視線が、自然と一箇所に向く。

 恒一。

 席に座ったまま、電話を握っている。

 顔は変わらない。

 声も、揺れない。

「はい、送金は完了してます。確認ください」

 淡々と。

「ええ、今日中に動かします」

 言い切る。

 迷いがない。

(どうして……)

 昨日、あれだけの決断をして。

 どうして、あんな顔ができるのか。

(怖くないんですか)

 聞きたい。

 でも、聞けない。


「麻美!」

「……はい!」

 呼ばれて、我に返る。

「こっち来てくれ」

 恒一だった。


 近づく。

「このリスト」

 画面を見せられる。

「優先順位、これでいいか確認してほしい」

 並んでいるのは——

 “残した会社”。

「……はい」

 一社一社、目を通す。

 見覚えのある名前。

 昨日、残された会社。

(この人たちは……守る)

 その意味が、少しだけ理解できる。


「ここ、前倒しできます」

 自然と口が動いた。

「昨日、資金余裕あるって言ってました」

「……そうか」

 恒一が頷く。

「じゃあ繰り上げる」

 すぐに反映される。

 迷いがない。

(ちゃんと見てる……)

 ただ切ったんじゃない。

 残したものも、見ている。


 そのとき。

「恒一!」

 神谷の声。

「通関、動いたぞ!」

 一瞬、フロアが止まる。


「マジか!?」

「どこだ!?」

「第一ロットだ!」

 空気が変わる。

 ざわめきが、一気に熱を持つ。

 動いた。

 本当に。

 止まっていたものが。


「……来る」

 恒一が小さく呟く。

「トラック、回せ!」

 神谷が叫ぶ。

「倉庫、受け入れ準備しろ!」

 全員が動く。

 流れが、生まれる。

 麻美は、その中心で立ち尽くしていた。

(……動いた)

 本当に。

(この人……)


 恒一を見る。

 同じ顔。

 同じ声。

 でも、違う。

(怖くないわけじゃない)

 わかる。

(それでも……)

 進んでいる。

 誰もやらなかった方向に。


「麻美」

「……はい」

「次、第二ロット来る」

「はい!」

「さっきの優先順位で流す」

「……はい!」

 返事が、少しだけ強くなる。

 走る。

 足が、軽い。

(やれるかもしれない)

 そんな考えが、頭をよぎる。

 昨日までは、なかった。

 ほんの少しだけ。

 でも、確かに。

 希望がある。

 そのとき。


「入ったぞ!」

 別の声。

「売り先、決まった!」

「入金確認できた!」

 点が、繋がる。


 仕入れ。

 物流。

 販売。

 回る。

 本当に——

「……一回転」

 恒一が呟く。

 その声は、小さかった。

 だが——

 確かだった。


 崩壊の中で、初めて生まれた流れ。

 それはまだ、小さい。

 だが——

 止まってはいなかった。


 麻美は、ふと足を止めた。

 振り返る。

 恒一がいる。

 変わらず、前を見ている。

(……この人は)

 何を見ているんだろう。

 自分たちと、同じ景色なのか。

 それとも——

 もっと先か。

 答えはわからない。

 でも一つだけ、わかる。

 この流れは、

 偶然じゃない。

 作っている。

 あの人が。


 麻美は、もう一度走り出した。

 止まる理由は、なかった。

 回り始めた以上——

 止めるわけにはいかない。

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