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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第56話 違和感(希望の芽) 

 フロアは、静かだった。

 昨日までの怒号は消え、代わりに残ったのは——

 疲労と、諦めだった。


 電話は鳴る。

 だが、誰もすぐには取らない。

 鳴り続け、やがて止む。

 それが、繰り返されていた。


 恒一は、席に座ったまま画面を見ていた。

 取引先リストは閉じている。

 もう、見る必要はない。

 切るものは、切った。


 次だ。

 別のウィンドウを開く。

 為替。

 市況。

 輸入価格。

 船積みスケジュール。

 数字が並ぶ。

 だが、そこに“流れ”が見えない。


「……おかしいな」

 小さく呟く。

「何がですか」

 後ろから、麻美の声。

「全部だ」

 振り返らないまま答える。

「全部……?」

「止まりすぎてる」

 画面を指で示す。

「供給も、物流も、資金も」

「それは……今の状況じゃ」

「止まりすぎだ」

 被せる。

 麻美が言葉を飲み込む。

「崩れる時でも、全部は止まらない」


 カーソルが動く。

「どこかは動く」

 別のデータを開く。

「……ここだ」

 麻美が身を乗り出す。

「これ……海外在庫?」

「ああ」

 輸入予定の原料。

 契約は残っている。

 だが——

「入ってきてないですよね」

「来てる」

「え?」

「港で止まってるだけだ」

 一瞬、空気が変わる。

「……でも、通関が——」

「止められてるだけだ」

 言い直す。

「物はある」

 その一言が、妙に重く響いた。


 物はある。

 だが、動かない。

「……じゃあ、なんで」

「金だ」

 即答だった。

「払えるかどうか、わからないから止めてる」

 単純な構造。

「じゃあ、払えれば——」

「動く」

 沈黙。


 麻美の目が、わずかに見開かれる。

「でも、それって……」

「誰もやらない」

 恒一は、画面から目を離さない。

「今、現金を出すやつはいない」

 それが現実だった。

 だから止まっている。

 だから——

「安い」

 ぽつりと言う。

「……え?」

「今、全部安い」


 別の資料を開く。

 海外サプライヤーの在庫リスト。

 価格が、崩れている。

「叩き売りに近い」

「そんな……」

「金が回らないからな」

 当然だった。

 売れなければ、死ぬ。

 なら——売る。

 いくらでも。


 そのときだった。

「恒一」

 神谷の声。

 振り向くと、腕を組んで立っている。

「何見てる」

「市場です」

「そんなもん見ても、今は——」

「ありますよ」

 言葉を遮る。

「動いてる場所」

 神谷の目が細くなる。

「どこだ」


 恒一は、画面を回した。

「ここです」

 海外在庫。

 止まった物流。

 崩れた価格。

「……だから何だ」

「拾えます」

 静かに言う。

「今なら」


 一瞬の沈黙。

「……は?」

 神谷の眉が動く。

「何言ってる」

「現金で押さえる」

 言葉は短い。

「そのまま、流す」

「どこに」

「払えるところに」

 神谷の視線が変わる。

「……選別した先か」

「ああ」


 繋がった。


 切った意味。

 残した意味。

 全部が、一本になる。

「お前……」

 神谷が小さく笑う。

「最初からこれ考えてたのか?」

「いや」

 恒一は首を振る。

「さっき、気づいた」

 本当だった。


 だが——

 今は、見えている。

「……リスクは」

「高いです」

 即答。

「在庫抱えます。売れなきゃ終わりです」

「だろうな」

「でも」

 画面を指す。

「今なら、全部買える」

「……いくらで」

「半値近いです」


 神谷の表情が、止まる。

「マジかよ」

「現金なら、通る」

 確信があった。

 知っている。

 この後、何が起きるか。

 崩壊は、続く。


 だが——

 止まったままではない。

 必ず、動き出す。

 その“最初”を、取れるかどうか。


「……乗るか?」

 恒一が言う。

 神谷は、しばらく黙っていた。

 そして——

「……正気じゃねえな」

 小さく吐き捨てる。

 だが、その口元は——

 わずかに、上がっていた。

「だからいい」

 一歩、前に出る。

「やるぞ」

 その一言で、空気が変わった。

 止まっていたものが、ほんの少しだけ——

 動いた。


 希望なんて言葉じゃない。

 ただの、可能性。

 だが、それで十分だった。


 恒一は、次の画面を開いた。

 戦う場所は、見えた。

 あとは——

 踏み込むだけだ。

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