表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/70

第55話 選別

 フロアの空気は、まだ揺れていた。

 怒号の残響。

 視線の分断。

 誰もが、誰かを疑っている。

 その中心で——恒一は、座っていた。

 モニターの光だけが、顔を照らしている。


「……やるぞ」

 小さく言った。

 誰に向けたわけでもない。

 ただ、区切りだった。


 画面には、取引先の一覧。

 会社名。

 契約額。

 納期。

 支払条件。

 そして——

 未回収リスク。


 数字が並んでいる。

 人の顔は、どこにもない。


「恒一さん……」

 麻美の声。

 すぐ後ろに立っている。

「これ……本当にやるんですか」

「やる」

 即答だった。

「でも、これ……」

 言葉が続かない。

 わかっているからだ。


「全社は救えない」

 淡々と言う。

「だから、残す」

「残す……?」

「生き残る方を」


 クリック音。

 リストの一行にカーソルが乗る。

 地方の中堅メーカー。

 取引歴、七年。

 担当者の顔が、頭に浮かぶ。

 何度も頭を下げて、ようやく繋いだライン。

 指が、止まる。

 ほんの一瞬だけ。

 そして——

 クリックした。

 “停止”。

 画面の色が変わる。


「……っ」

 麻美が息を呑む。

「理由は三つ」

 恒一は止まらない。

「与信が弱い。回収遅延のリスクが高い」

 次の行へ。

「代替が効かない」

 さらに次。

「こちらの資金が持たない」

 カチ、カチ、カチ。

 リストが、分断されていく。

 “継続”と“停止”。

 それだけだ。


「待ってください!」

 麻美の声が上がる。

「この会社……昨日、ライン止まったって……」

「知ってる」

「じゃあ——」

「だから切る」

 言葉を被せた。

「ここに回しても、持たない」

「でも、それって——」

「全滅する」

 静かに言う。

「全員助けようとしたら、全部沈む」


 クリック。

 また一社、消える。

 フロアの別の場所で、電話の声が上がる。

「ふざけんな!今さら止めるって——!」

 誰かが、責められている。

 その声を、聞かないふりをした。


「……恒一さん」

 麻美の声が、震えている。

「これ、誰が決めるんですか」


 少しだけ、間が空いた。

 そして——

「俺だ」

 はっきり言った。

「……全部?」

「ああ」


 画面を見たまま、答える。

「全部だ」

 責任も、結果も。

 全部。

 背負うしかない。


 カーソルが動く。

 大口の取引先。

 金額が大きい。

 だが——

 回収は遅い。

 信用は、揺らいでいる。


「ここは……」

 麻美が言いかける。

「切らない」

 即答。

「え……?」

「ここは、残す」

「でもリスク——」

「わかってる」

 短く遮る。

「だから残す」


 クリック。

 “継続”。

「ここが死んだら、本当に終わる」

 声は低い。

「だから、ここに集中する」

 もう、迷いはなかった。


 選別は、終わりではない。

 戦略だ。

 生き残るための。


 カチ、カチ、カチ。

 切る。

 残す。

 切る。

 残す。

 リズムのように続く。


 途中で、何かが壊れた気がした。

 だが、それを確認する余裕はない。


「……終わりですか」

 麻美が、小さく聞く。

「いや」

 恒一は、画面を閉じない。

「ここからだ」


 次の資料を開く。

「通知出すぞ」

「通知……?」

「止める会社に」

 フロアの空気が、さらに重くなる。

「……今からですか」

「今だ」


 一秒でも遅れれば、

 信用はさらに削れる。

「文面は簡潔でいい」

 キーボードに手を置く。

「『本日付で供給を停止する』」

 それだけで十分だった。


「理由は?」

「書かない」

 冷たく言う。

「書いても意味がない」

 現実は変わらない。


「……恨まれますよ」

「もう恨まれてる」

 淡々と返す。

 キーボードを打つ。

 カタ、カタ、カタ。

 一社目。

 送信。

 すぐに、電話が鳴る。

 誰も出ない。

 二社目。

 送信。

 三社目。

 フロアの音が、遠くなる。

 ただ、送信音だけが残る。


 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。

 そのたびに、

 どこかで誰かの仕事が止まる。

 誰かの会社が、揺れる。

 それでも——

 止めなかった。

 すべて送り終えたとき、

 恒一は、ようやく手を止めた。


 静かだった。

 さっきまでの喧騒が嘘のように。

 違う。

 音はある。

 ただ——

 もう、元には戻らない音だった。


「……終わったんですか」

 麻美が聞く。

「いや」

 恒一は立ち上がる。

「始まった」


 その一言で、

 空気が完全に変わった。


 選んだ。

 切った。

 捨てた。

 もう、戻れない。

 それでも前に進むしかない。


 恒一は、次の資料を手に取った。

 戦いは、ここからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ