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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第54話 切断

 ガラス扉が、静かに開いた。

 だが、その音だけがやけに大きく響いた。


 フロアの全員が、動きを止める。

 上層部の人間が、ゆっくりと歩いてくる。

 その足取りには、焦りがない。

 まるで——

 もう結論が決まっているかのように。


「……恒一君」

 先頭の部長が口を開いた。

 穏やかな声。

 だが、その目は冷たい。

「少し、いいかな」

 “少し”。

 その言葉に、誰も騙されない。


「ここで結構です」

 恒一は動かなかった。

 逃げる気も、従う気もない。

 この場でやるつもりだった。


 一瞬の沈黙。

 部長の眉が、わずかに動く。

「……そうか」

 短く答える。

 そして、そのまま言葉を続けた。


「今回の件だが——」

 周囲の空気が、一段冷える。

「誰が主導した案件か、整理する必要がある」

 来た。

 ざわめきが広がる。

「ちょっと待ってくださいよ」

 誰かが口を挟む。

「今それやってる場合ですか!?」

「やるべきだ」

 部長は即答した。

「だからこそ、だ」

 言い切った。


 その瞬間、フロアの温度が変わる。

 助け合う空気が、消える。

「……つまり、責任の切り分けですか」

 神谷が口を開く。

 低い声。

 感情を押し殺している。

「そうだ」

 迷いはない。


「このままでは会社が持たない」

 正論だった。

 だからこそ、残酷だった。

「じゃあ聞きますけど」

 神谷が一歩前に出る。

「この案件、承認したのは誰ですか」

 一瞬、空気が止まる。


「最終決裁は、役員会だろ」

「そうだな」

 部長は認めた。

「だが、現場の判断も大きかったはずだ」

 押し付けてきた。


「ふざけんなよ」

 誰かが吐き捨てる。

「リスク取れって言ったのは上だろうが!」

「声を荒げるな」

 別の上層部が制する。

「今は冷静に——」

「冷静でいられるかよ!」

 爆発した。

「全部現場に押し付ける気か!?」

 怒号が飛ぶ。

 今まで押さえていたものが、一気に溢れる。


「黙れ」

 低い一言。

 場が、凍る。

「感情論で話しても意味はない」

 その言葉で、完全に線が引かれた。


 上と下。

 守る側と、切られる側。

「……恒一」

 部長が視線を向ける。

「君が中心になって進めていたな、この案件は」

 フロアの視線が、一斉に集まる。

 逃げ場はない。

「……そうです」

 否定はしない。

「現場の責任者として、どう認識している」

 問いではない。

 誘導だ。

 “認めろ”という。


 恒一は、ゆっくりと口を開いた。

「失敗です」

 ざわめき。

「完全に」

 さらに広がる。

「だが——」

 一歩、踏み出す。

「判断は、現場だけでやってません」

 空気が張り詰める。

「条件も、資金も、リスクも——全部、上で了承されてます」

 真正面から言った。

「それを今になって切り分けるなら——」

 言葉を切る。

「最初からそう言ってください」


 静まり返る。

 誰も動かない。

 そのとき。

「……いい度胸だな」

 別の役員が口を開いた。

「状況がわかっているのか?」

「わかってます」

 即答だった。

「このままじゃ全部沈む」

 フロアの誰もが息を呑む。

「だからさっき言いましたよね」

 一瞬、間を置く。

「切るしかないって」


 上層部の表情が変わる。

「海外ライン、止めます」

「何だと?」

「今なら、まだ“損失”で済む」

 言い切る。

「このまま続けたら、“破綻”になります」

 完全に、対立した。


 その瞬間——

「待ってください!」

 声が上がる。

 別の部署の社員だった。

「それやったら、うちの取引先——」

「もう守れない」

 恒一が遮る。

「全部は」

 沈黙。


 誰もが理解する。

 “切る”という意味を。

「……誰を切る気だ」

 部長。

 その問いに、フロアの空気が凍りつく。

 恒一は、ゆっくりと周囲を見た。


 仲間。

 取引先。

 積み上げてきたもの。

 全部が、そこにある。

 そして——

「……選びます」

 そう言った。

 その瞬間。

 完全に、何かが壊れた。


 誰かが目を逸らす。

 誰かが歯を食いしばる。

 誰かが、もう諦めた顔をする。

 もう、この場所に“同じ方向を向く人間”はいなかった。


 それぞれが、それぞれを守るために動き始める。

 社内が、分裂する。

 音もなく。

 だが、確実に。

 それはもう、崩壊ではなかった。

 “切断”だった。

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