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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第49話 届かない正しさ

 夜のオフィスは、昼間とは別の顔をしていた。

 人は少ない。

 電話も、ほとんど鳴らない。

 代わりに、キーボードの音だけが淡々と続いている。


 恒一は、画面を見たまま手を止めていた。

 数字は合っている。

 計算も、間違っていない。

 それでも、どこか現実味がない。


「……まだ、残ってたんですね」

 後ろから声がした。

 振り向くと、麻美が立っている。

「はい」

 短く返す。

「そっちこそ」

「ちょっと、整理があって」

 曖昧に答える。

 それ以上は言わない。

 少しだけ沈黙が落ちる。


「……今日」

 麻美が口を開く。

「大変でしたね」

「そっちも、でしょ」

「はい」

 小さく頷く。

 それで会話が終わりそうになる。

 前なら、もう少し続いていたはずなのに。


「……あの」

 麻美が、少しだけためらってから言う。

「何社くらい、切ったんですか」

 質問は静かだった。

 責めるような言い方でもない。

 でも、逃げ場がなかった。

 恒一は、一瞬だけ視線を落とす。

「……全部で、十数社、です」

「そうですか」

 それだけ返す。

 驚きも、責めもない。

「思ったより、多いですね」

 ぽつりと続ける。

「必要な整理でした」

 反射的に言っていた。

 麻美は、少しだけ間を置く。

「そう、なんでしょうね」

 否定はしない。

 でも、同意でもない。

 その曖昧さが、やけに重かった。


「……麻美さんは」

 恒一が口を開く。

「どう思います?」

 聞くつもりはなかった。

 でも、聞いていた。

 麻美は、少しだけ考える。

 すぐには答えない。

「正しいんだと思います」

 やがて、そう言った。

 胸の奥が、少しだけ軽くなる。

「会社としては」

 続ける。

 その一言で、全部が変わる。

「ちゃんと考えた結果なんだと思いますし、あの状況で、他に選択肢があったかって言われたら……」

 言葉を探すように、少し止まる。

「難しいと思います」

 そこまでは、きれいな理屈だった。

「でも」

 小さく付け足す。

「納得は、できてないです」

 はっきりと言った。

 強い言い方じゃない。

 でも、逃げない言葉だった。

 恒一は、何も言えなかった。

「なんでかって言われても、うまく説明できないんですけど」

 少しだけ困ったように笑う。

「今日、電話してる人たち見てて」

 視線が、少し遠くなる。

「みんな、ちゃんとした理由があって動いてるのに、結果だけ見ると、誰かが損してて」

 言葉が止まる。

「それを、“仕方ない”で終わらせるのが」

 少しだけ、息を吸う。

「なんか、嫌なんです」

 静かな声だった。

 でも、揺れていた。


 恒一は、ゆっくりと息を吐く。

「……仕方ないんですよ」

 出てきたのは、その言葉だった。

 自分でも、わかっている。

 それが一番、届かない言い方だと。

 麻美は、少しだけ目を伏せた。

「そうですね」

 否定しない。

「仕方ないこと、なんだと思います」

 同じ言葉を繰り返す。

 でも、意味は違っていた。

 そのあと、少しだけ間が空く。

「……でも」

 麻美が顔を上げる。

「それを選んだのは、恒一さんですよね」

 責める言い方じゃない。

 確認するような声。

「だから」

 少しだけ言葉を探してから続ける。

「仕方ない、だけで終わらせてほしくないです」

 胸の奥に、何かが残る。

 恒一は、答えを探す。

 正しいことなら、いくらでも言える。

 でも。

「……わかってます」

 それだけしか出てこなかった。

 麻美は、それを聞いて、小さく頷いた。

「なら、いいです」

 それ以上、何も言わない。

 距離が、少しだけ空いた気がした。

 物理的には変わっていないのに。

「……私、先に帰りますね」

「はい」


 麻美は、軽く会釈をして、歩き出す。

 その背中を、恒一はしばらく見ていた。

 呼び止めようと思えば、できた。

 何か、言えたかもしれない。

 でも——

 言葉が、見つからなかった。

 足音が遠ざかる。

 やがて、聞こえなくなる。

 オフィスには、また静けさが戻る。

 画面の数字は、変わらない。

 ただ一つだけ。

 さっきまでと同じ場所に、いない気がした。

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