第47話 余波
夜の銀行は、閉まっているはずだった。
シャッターは半分降りたまま。
それでも中には人が残っている。
山本は、入口の前で足を止めた。
ガラス越しに見えるのは、電話を持ったまま動かない行員。
別の誰かが、奥から何かを運んでいる。
慌ただしいのに、声が聞こえない。
音だけが、外に漏れている。
「すみません、今日は——」
警備員が出てきて、言いかけてやめた。
何を言えばいいのか、自分でもわかっていない顔だった。
「何かあったんですか」
山本が聞く。
「いえ……」
すぐに否定する。
だが、そのあとが続かない。
「明日、また来てください」
ようやくそれだけ言った。
明日。
その言葉が、妙に軽く聞こえた。
銀行を離れると、通りの空気が少し違っていた。
いつもなら開いている店のシャッターが、いくつか閉まっている。
電話ボックスの前に、人が並んでいた。
誰も大きな声は出さない。
ただ、順番を待っている。
ポケットの中で、ポケベルが震えた。
短く、一度だけ。
表示を見る。
——至急連絡
送り主は、取引先の担当だった。
近くの公衆電話に向かう。
受話器を取る手が、少しだけ汗ばんでいる。
「……山本です」
相手の声は、ひどく小さかった。
周りに誰かいるのか、押し殺している。
『あの……例の件なんですが』
「はい」
少しの沈黙。
それから——
『一旦、白紙にさせてください』
頭の中で、何かが止まる。
「理由は」
『……すみません、それどころじゃなくて』
そこで、電話は切れた。
ツー、という音だけが残る。
受話器を戻す。
周りを見ると、同じように電話をかけている人たちがいる。
誰も、楽しそうな顔はしていない。
山本は、その場にしばらく立っていた。
何が起きているのか、はっきりとはわからない。
でも——
何かが、確実に変わり始めていた。
その頃。
古い事務所の中で、宗一郎は一枚の紙を見ていた。
机は古い。
壁も、少し黄ばんでいる。
だが、置かれている情報だけが新しい。
数字の並んだ紙。
赤で引かれた線。
短いメモ。
電話が鳴る。
一度。
二度。
三度。
宗一郎は、四度目で受話器を取った。
「……ああ」
短く応じる。
相手は何かをまくしたてている。
焦りが、受話器越しにも伝わってくる。
宗一郎は、しばらく黙って聞いていた。
「そうか」
それだけ言う。
受話器を置く。
再び、紙に目を落とす。
さっきと同じ数字。
同じ線。
何も変わっていない。
「……遅いな」
小さく呟く。
窓の外では、風が強くなっていた。
看板が、きしむ音を立てる。
宗一郎は、ペンを取り、メモを一つ書き足した。
短い言葉。
——収束開始
それを見て、わずかに目を細める。
もう、流れは決まっている。
止めることはできない。
静かに、確実に。
崩壊は、広がっていた。




