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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第43話 賭け

 夜が明ける頃には、空気が変わっていた。

 誰もが、限界を知っている。

 それでも――

 止まっていない。

 オフィスには、残った人間だけがいた。

 数は半分以下。

 だが、密度は濃い。


「回線、繋がりました!」

 声が上がる。

 海外ライン。

 神谷が示した、最後の一本。

「坂本さん、こっちに!」

 恒一は席に着く。

 受話器を取る。

 相手は、遠い。

 言葉も、距離も。


「……Yes, this is Sakamoto.」

 英語が、少しだけ硬い。

 だが構っていられない。

 条件を伝える。

 数字を並べる。

 時間を示す。

 無茶な交渉だった。

 普通なら、成立しない。

 だが今は違う。

 “向こうは、まだ崩れていない”

 その一点だけが、頼りだった。


 神谷は、後ろに立っている。

 何も言わない。

 任せている。

 いや――

 試している。


 数分のやり取り。

 沈黙。

 相手が何かを相談している気配。

 時間が、伸びる。

「……」

 喉が乾く。

 そのとき。

『We can consider…』

 来た。

 恒一の背筋が伸びる。

 条件付き。

 だが、否定ではない。


「……Thank you. We can adjust—」

 言葉が自然に出る。

 交渉が、動く。

 止まっていたはずの流れが、もう一度、流れ始める。

 後ろで、誰かが小さく息を呑む。

 神谷は、動かない。

 だがその視線は、はっきりと前を見ている。

 やがて――

『We will proceed.』

 その一言。

 世界が、戻る。

 一瞬だけ。

「……決まりました」

 恒一は、受話器を置く。

 静寂。

 そして――

「よし……!」

 誰かが声を漏らす。

 小さな歓声。


 ほんのわずかだが、確かに“成功”だった。

 崩壊の中で、初めて掴んだ“戻り”。

 恒一は、ゆっくりと息を吐く。

 そのとき、視線を感じた。

 麻美だった。

 少し離れた場所で、こちらを見ている。

 その表情は――

 喜びではなかった。


 恒一は立ち上がった。

「少し、いいですか」

 廊下に出た。

 静かだ。

 さっきまでの熱が、嘘のように引いている。

「……すごいですね」

 麻美が言う。

 声は落ち着いている。

「通したんですね」

「まあ……なんとか」

 恒一は苦笑する。

「でも、まだ始まったばかりです」

 麻美は頷かない。

 ただ、見ている。

「どう思いますか」

 恒一が聞く。

 少し間が空く。

「正直に言っていいですか」

「お願いします」

 麻美は、ゆっくりと言う。

「危ないと思います」

 はっきりと。


 恒一は、目を伏せる。

「分かってます」

「本当に?」

 その問いは、静かだった。

 だが鋭い。

「今のって」

 麻美は続ける。

「“助かった”んじゃなくて」

 一拍。

「“延びた”だけですよね」

 言葉が、刺さる。

 恒一は、何も言えない。

 分かっている。

 さっきの成功は、“解決”じゃない。“先送り”だ。

「それでも」

 やっと言葉が出る。

「やるしかないんです」

 麻美は、少しだけ目を細める。

「どうしてですか」

 その問いに、

 恒一はすぐに答えられなかった。

 理由は、いくつもある。

 仕事。

 責任。

 意地。

 だが――口に出るのは、一つだった。

「逃げたくないんです」

 短い言葉。

 だが、それがすべてだった。


 麻美は、しばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

「……そうですか」

 否定しない。

 肯定もしない。

 ただ、受け止める。

「じゃあ」

 麻美は言う。

「最後まで見てください」

 恒一は顔を上げる。

「何をですか」

「結果です」

 静かな声。

「良い結果でも、悪い結果でも」

 その目は、まっすぐだった。

「途中で目を逸らさないでください」

 恒一は、ゆっくりと頷く。

「分かりました」

 その約束は、

 軽くはなかった。


 会議室に戻る。

 神谷が、こちらを見る。

「どうだ」

「繋がりました」

 神谷は頷く。

「そうか」

 それだけ。

 だがその目には、

 わずかな光があった。

「これで、少しは持つ」

 その言葉に、誰も反論しない。

 だが同時に、誰も安心していない。


 恒一は席に座った。

 胸の奥に、二つの感覚がある。

 掴んだもの。

 そして――失うかもしれないもの。

 その両方を抱えたまま、前に進むしかない。


 外は、少し明るくなっていた。

 嵐は、まだ続いている。

 だがその中で、一瞬だけ見えた光は――確かに、存在していた。

 そしてそれが、次の崩れを、より深くすることを――まだ誰も、言葉にはしていなかった。

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