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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第39話 決壊

 朝。

 電話が鳴った。

 一本。

 それだけで、空気が変わる。


「坂本です」

 受話器の向こうの声は、早かった。

『すみません、至急確認したいことが――』

 途中で分かる。

 内容まで聞かなくても。

「条件の見直し、ですね」

 一瞬の沈黙。

『……はい』

 その一言で、すべてが動き出した。


 二本目。

 三本目。

 間を置かずに鳴る。

「坂本です」

『例の案件ですが――』

「保留、ですね」

『……申し訳ありません』


 机の上にメモが置かれる。

 一枚。

 二枚。

 三枚。


 そのときだった。

 別の部署から声が上がる。

「ちょっと待て、それは聞いてないぞ!」

 抑えていたはずの声。

 だが、もう抑えきれていない。

「昨日の時点では進んでたはずだろ!」

「今朝、連絡が来たんです!」

「なんで共有してない!」


 一つの綻びが、音になった。

 そこからは、早かった。

 電話が、止まらない。

 同時に鳴る。

 重なる。

 途切れない。


「坂本さん!」

 部下が駆け寄る。

 顔が青い。

「三件、同時に……!」

「分かってる」

 言いながら、もう次の電話を取っている。


『申し訳ありませんが、今回は――』

「撤退ですね」

『……はい』

 また一つ、切れる。

 その横で、別の社員が受話器を置いた。

 ゆっくりと。

 そして、何も言わずに椅子に座る。

「……終わった」

 小さな声。

 だが、それは確実に聞こえた。


 会議室のドアが勢いよく開く。

「神谷さんは!?」

 誰かが叫ぶ。

「今、上に――」

 その言葉の途中で、また別の声。

「銀行からです!」

 空気が、一瞬で張り詰める。


 神谷が戻ってくる。

 歩く速度は変わらない。

 だが、視線だけが鋭い。

「何件だ」

 短く。

「七件……いや、八件目です」

 恒一の声。

 神谷は一瞬だけ目を閉じる。

 ほんの一瞬。

「……そうか」

 それだけ。

「銀行は」

 神谷が聞く。

 社員が答える。

「追加で、全面見直しを……実質、ストップです」

 その言葉が落ちた瞬間、空気が、完全に変わった。


「ふざけるなよ……」

 誰かの声。

「今さら引くってどういうことだ!」

「こっちはもう動いてるんだぞ!」

 怒号が上がる。

 押さえ込んでいたものが、一気に噴き出す。


「誰だ、このスキーム通したのは!」

「最初に無理があったんじゃないのか!」

「責任はどうする!」

 視線が、交差する。

 ぶつかる。

 逸らされる。

 その中心に、神谷が立っている。

 だが神谷は、動かない。


「静かにしろ」

 一言。

 声は大きくない。

 だが、通る。

 一瞬だけ、場が止まる。

「今、必要なのは責任の話じゃない」

 神谷は続ける。

「止血だ」

 その言葉に、何人かが息を呑む。

「まだ動いている案件を優先しろ」

「切るものは切る」

「迷うな」

 その指示は、正確だった。

 冷静だった。


 だが――

 もう遅い。

「無理ですよ……」

 誰かが言う。

 はっきりと。

「もう、連鎖してる」

 沈黙。

 神谷の視線が、その声の主に向く。

「連鎖は、止められる」

 静かに言う。

「止められませんよ!」

 今度は、はっきりとした反発。

「一つ崩れたら、全部来る!」

「昨日で分かってたはずだ!」

 その言葉は、正論だった。

 だからこそ、重い。


 神谷は、少しだけ首を傾ける。

「だから止めるんだ」

 その言葉に、一瞬、誰も返せない。

 だが次の瞬間、また電話が鳴る。

 今度は、誰もすぐに取らない。

 鳴り続ける。

 その音が、“答え”のように響く。


 恒一は、その電話を見つめる。

 動けない。

 ――どちらに立つ。

 頭の中で、声がする。

 止めるのか。

 それとも、まだ進むのか。


 神谷を見る。

 その背中は、変わらない。

 崩れていく中でも、まっすぐ立っている。

 だが同時に、どこか“孤立”していた。


 そのとき、

 また一つ、声が上がる。

「撤退します」

 空気が凍る。

 別の部署の責任者だった。

「これ以上は持ちません」

「自分の判断で、引きます」


 誰も止めない。

 止められない。

 それが、引き金だった。

「……うちもだ」

「こちらも、もう無理だ」

 連鎖が、形を持つ。


 “撤退”。

 その言葉が、あちこちで口にされる。

 崩壊は、もう隠れない。

 神谷は、その光景を見ていた。

 黙って。

 そして、ゆっくりと息を吐く。

「……そうか」

 それは、

 初めての“受け入れ”だった。

 だが次の瞬間、

 その目が変わる。

「なら、次だ」

 その一言に、

 全員が息を止める。

「残っているラインを使う」

「まだ終わっていない」

 狂気だった。

 だが同時に、

 誰よりも現実を見ているようにも見えた。


 恒一は、その言葉を聞きながら、はっきりと理解する。

 これはもう、仕事”じゃない。

 生き方の選択だ。


 電話は、まだ鳴っている。

 誰もが、何かを失いながら、それでも立っている。

 そして、もう元の場所には戻れないことだけが、確かだった。

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