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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第30話 揺らぐ境界

 夜の東京は、相変わらず騒がしかった。

 だがその喧騒の中に、どこか乾いた音が混じり始めていた。

 年が明け、街はさらに熱を帯びている。

 だがその熱は、どこか急ぎすぎているようにも見えた。


「坂本、来い」

 神谷に呼ばれたのは、夕方のことだった。

 短い一言だったが、有無を言わせない響きがあった。

 向かった先は、会社近くの会議室ではなかった。

 外資系の金融機関が入る、高層ビルの一室だった。

 ガラス張りのラウンジ。

 低く流れる音楽。

 英語が飛び交う空間。

 これまでの商社の空気とは明らかに違う。

 神谷は慣れた様子でソファに腰を下ろした。

「ここはな、新しい金の流れが集まる場所だ」

 恒一は周囲を見回した。

 スーツの男たちが、静かに資料を広げている。

 その中には、日本人だけでなく外国人の姿もあった。

 一人の男が近づいてきた。

「カミヤ、久しぶりだな」

 流暢な日本語だった。

「新しいスキームを持ってきた」

 神谷は軽く頷いた。

「聞こう」


 テーブルに広げられたのは、湾岸の開発計画だった。

 だがこれまで見てきたものとは違う。

 複雑な資金の流れ。

 複数の法人。

 海外の投資ファンド。


 男は説明した。

「土地はすでに押さえている」

「評価額は来年には倍になる」

「資金は海外から入れる。リスクは分散できる」

 淡々とした口調だった。

 だがその内容は、どこか現実から浮いているようにも感じた。

 恒一は資料に目を落とした。

 数字は美しい。

 利益は確かに出る。

 だが――

「担保はどうするんですか」

 思わず口に出た。

 男は微笑んだ。

「将来価値だ」

 神谷が横で言った。

「これが今のやり方だ」


 帰りのエレベーターの中。

 無言の時間が流れる。

 やがて神谷が言った。

「どう思った」

 恒一は少し考えた。

「……利益は出ると思います」

「だろうな」

「でも、少し危うい気がします」

 神谷は笑った。

「危うくない商売なんてあるか?」

 エレベーターの扉が開く。

 夜の街の光が差し込んできた。


 外に出ると、冷たい風が吹いていた。

 神谷はコートのポケットに手を入れたまま歩き出す。

「坂本」

「はい」

「お前は慎重すぎる」

 その言葉は責めるでもなく、ただ事実を言っているようだった。

「この時代はな」

 神谷は足を止めた。

 ネオンの光が横顔を照らす。

「掴みにいったやつが勝つ」

 少し間が空く。

「考えてるうちに終わるぞ」

 その言葉は、静かに刺さった。


 その夜、恒一は一人で会社に残っていた。

 机の上には、さっきの資料が置かれている。

 数字は魅力的だった。

 成功すれば、一気に上に行ける。

 神谷のように。

 会社の中で名前が通り、大きな案件を任される。

 ――それが、悪いことなのか。

 恒一は目を閉じた。

 山本の言葉が浮かぶ。

「人を騙すな」

 宗一郎の言葉も浮かぶ。

「人を残せ」

 だが同時に、神谷の声が重なる。

「勝たなきゃ意味がない」

 三つの声が、頭の中でぶつかる。


 そのとき、ふとノックの音がした。

 振り向くと、麻美が立っていた。

「まだ残ってたんですね」

「ええ」

 麻美は机の上の資料に目をやった。

「難しそうですね」

 恒一は苦笑した。

「少し、大きすぎる話で」

 麻美は少しだけ黙った。

 そして静かに言った。

「坂本さん」

「はい」

「坂本さんは、どうしたいんですか」

 その問いは、まっすぐだった。

 恒一は答えられなかった。

 どうしたいのか。

 勝ちたいのか。

 守りたいのか。

 その境界が、分からなくなっていた。


 麻美は続けた。

「坂本さんが選ぶ道なら、きっと間違いじゃないと思います」

 その言葉は優しかったが、同時に責任を伴うものでもあった。

「でも」

 麻美は少しだけ視線を落とした。

「無理をしてほしくはないです」

 恒一はその言葉に、胸が少しだけ軽くなるのを感じた。


 深夜。

 会社の明かりはほとんど消えている。

 恒一は一人、窓の前に立っていた。

 東京の夜景が広がっている。

 無数の光。

 それぞれが、誰かの欲望であり、夢だった。

 その光の中に、自分もいる。

 手を伸ばせば届きそうな成功。

 だがその足元は、どこか不安定だ。

 恒一は小さく呟いた。

「……どっちだ」

 その問いに、まだ答えはない。

 だが確実に、彼は今――

 境界線の上に立っていた。

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