07
「にゃ~」
「お、元気だな」
このもふもふが暑い夏にどう影響してくるのか。
そもそも、敢えて車が走ってきているタイミングで飛び出そうとする鈍臭いとも言えてしまえるような彼女がご飯なんかはどうやって確保しているのか。
異様に痩せ細っているとかもないし、謎だ。
「寧ろちょっと太ったか?」
「にゃ」
「あ、それは納得できないってやつか」
なんとなくでも分かってしまうらしい。
「よいしょっと、ここでじっとしていろ」
「にゃ~」
「ん? ああ、上地か」
ただ、何故か電柱の後ろに隠れて「うわあ」みたいな顔をしている。
もしかしたら猫が苦手なのかもしれない、まあそういう子もいるだろう。
「猫に話しかけるやばい人を見つけちゃったよ」
「ああ、俺の言葉が分かるみたいなんだ」
「嘘つき。猫ちゃんも困っちゃうよねー」
「にゃ」
「ははは、ほら、私のところまで逃げてきたよ?」
女子が好きな女子がいてもいいんだ。
早めに出ていたのもあってまだ時間はある、もう少しぐらいあのもふもふをもふってからでも悪くない。
「んー私の家が大丈夫だったら連れ帰ったんだけどなー」
「まあ、そこは難しいよな」
「うん、ちゃんとしないといけないからね」
俺の方も連れ帰ることができたなら速攻でそうしていた。
「あれ、もういっちゃうの? またねー」
「にゃ~」
上地は隣まで歩いてくると「大賀先輩よりもあの子の方が偉いかも」と。
そうだな、俺と違って安定しない外でもこうして元気にいられているわけだから事実その通りだ。
「って、すぐに止めてよ――いや、こんなことを言う私が悪いのはそうだけど……」
「実際、あの子の方が頑張っているからな」
「も、もう私の家にいこ」
「それならやっぱり俺が直接上地の家にいけばよかったな」
「いいの、外に出たおかげで可愛い猫ちゃんを見られたんだからね」
祭りが本格的に始まる夕方ぐらいまでは彼女の家でゆっくりする予定だった。
財布以外はなにも持ってこなくていいとのことだったのでスマホを置いてきたのは……やりすぎだっただろうか。
まあ? どうせ鳴らないだろうからと片付けておこう。
「誰もいないからリビングでいいよね」
「邪魔にならない限りはどこでもいいぞ」
「はい、ここに座って」
おお、ソファはあんまり変わらないかな。
「今朝ね、桃音から『石上さんとデートしてきます』ってメッセージがきていてね」
「あの岩佐が『デート』と言い切るとは……」
やっぱり経験豊富な女子だったのか。
彼女がそういうことに興味があるなら岩佐先生に聞くのもありだと思う。
「これ、私を煽るためにしているんだよ。そんなことしなくても私は大賀先輩と集まる約束をしているのにね」
「見ていてもどかしいんじゃないか?」
「って、それだと私が大賀先輩のことを気にしているみたいじゃん」
いや別に男女の友達同士で祭りにいくことぐらい普通だからな。
みんながみんな相手のことを意識しているわけじゃないだろう。
ただ楽しみたいだけ、どちらもそう考えていれば楽しめていい時間となる。
「あーあ、お祭りだからって抑えられなくなった大賀先輩ががばっと抱きしめてきたらどうしよう」
「ちゃんと許可を貰えなければしないよ」
「えっ、じゃあその内には私を抱きしめたいって気持ちがあるんだ」
こ、これズルくないか?
俺がどう答えてもマイナス方向にしか偏っていかない。
黙っても駄目、言葉を重ねても駄目じゃ厳しすぎる。
「はは、やっぱり私と〇〇したいって気持ちがあるんじゃん」
「上地は魅力的だからな」
だからこそなにも発生しなくても自然すぎて欲張ろうとする自分が出てこないんだ。
これはなにもあってほしくない彼女にとってはいいことじゃないだろうか。
俺が彼女側だったらがっついている男とか怖く感じるだろうからな。
「どうせ本命とは上手くいかない敗北者だけどねー」
「上地が大人なんだ」
「え、じゃあ先輩のことを子ども扱いしているということ?」
「そ、そういうのはやめてくれ」
「はは、分かった」
あの人の冷たい顔は彼女が冷たい顔をしたときよりも怖いからなるべくそういうことになってほしくない。
実際に睨まれることになったら大男なのに走り逃げるだろうな、そして残念な走力のせいですぐに追いつかれてやられるんだ。
「大賀先輩みたいな人がいてくれてよかったよ」
「おっ、そうか!」
「私のサンドバッグになってくれるからね!」
「お……そうか……」
ま、まあ、他にもやっているとかじゃなければそれでいい。
上手くストレスコントロールができているということだし、吐かれる言葉もそう毒がないから付き合おう。
「はぁ……冗談だよ、そういうつもりで見ているなら自分でも引くよ」
「いやいいんだ」
「違うから……もういいからあっちを向いて」
「おう?」
あれ、なんか背中にくっつかれた。
少し寒いぐらいに冷房が効いているので下げてみたらどうかと提案してみたらつねられた。
俺としては前みたいにトイレにこもられるよりも遥かにマシな結果だと言えた。
「あ、辰巳先輩と先輩だ」
「まさかこんなに早いタイミングで見つけられるとはなあ」
少し距離があるから向こうは気づいていないみたいだ。
ここは気づかなかったふりをして離れ、あれ?
「辰巳先輩!」
よく近づくな、この二人こそ『デート』をしているというのに。
「お、上地か――よし、蓮介もいるな」
「この人は私が誘ってあげないと一人でいく羽目になってしまいますからね」
「助かるよ、俺が変えたことでいけなくなったら可哀想だからな」
いやあ、別に一人でもなんだかんだで楽しんでいたさ。
上地じゃないがこういうときに喜々として邪魔をするような人間だったら自分に引くというやつだ。
もっとも、そんな空気が読めない奴が冷静になれるかどうかは知らないが。
「大賀君、よくあの難しい上地さんを誘ったわね」
「これも全部上地が動いてくれた結果なんです」
「それでもよ、普段の積み重ねがあるから上地さんが変えてくれたのよ」
「それならいいんですが」
「もっと自信を持って行動しなさい」
おいおい、年上の異性に頭を撫でられるというのも悪くないな!
「じゃ、二人で楽しめよー」
「そっちもな」
目が笑っていないなんてこともなくて龍生の笑顔は凄く自然なものだった。
龍生も余裕を持って行動できているようで恰好いい。
「よし上地っ、食べ物を買いにいくぞ!」
「……知らない、かみちって誰?」
「え、上地は……そうだな、一年生の上地雛って女の子だな」
今日は髪を結っていないから少し暑そうな彼女だった。
夜でももわっとしているし、こういうときこそまとめていくべきだと思う。
別に見たいとかじゃなくてっ、こう熱管理のためにも必要だと考えているだけだ!
「どういう子なの?」
「なんだかんだ言いつつもちゃんと付き合ってくれる優しい子だ。あと髪が長い、首辺りが暑そうで気になるな」
「ふーん」
いまのは余計な情報を足さずに「雛」と名前で呼ぶのが正解だっただろうか。
「って、変なことしていないで早く食べ物を確保しないと。大賀先輩、私はメイン級の物を買い集めてくるから大賀先輩は二軍系の物を買い集めてきて」
「お、おう」
「じゃ、買い終わったらここで集合ね」
二軍……ポテトなんかは一軍か?
これは難しいところだ、だから結局は自分が買いたい物を買ってきた。
途中、何度か同じ屋台に並んで冷たい顔をされてしまったものの、それでも気にせずに頑張った。
「これだ!」
「買いすぎ……」
「余ったら両親にあげるから大丈夫だ」
お互いの金で買っているわけじゃないからこそできることだ。
普段世話になっているから持って帰ることができるぐらいでいい。
「焼きそばなんか四つもあるよ?」
「たまには雛も二つぐらい食べないとな」
「や、そんな大食い選手じゃないんだから」
ふぅ、セーフ。
こう自然とやることが大事なんだ……って、これは勝手な想像でしかないのになにをしているのか。
年上の異性に頭を撫でられて喜んでいたところを気持ち悪がられていただけだとしたらかなりの勘違いで恥ずかしい年上ということになってしまうが……。
「あとなにちゃっかり名前で呼んでいるの」
「しまったっ、バレたかっ」
「当たり前でしょ、バレないと思っている方がおかしいよ」
ああうん、やっぱり彼女はこうじゃないとな。
変に優しすぎると心配になるから少し冷たいぐらいがいい。
「ほらやっぱり、なにも求めていないなんてありえないんだよ。でも、お祭りの特殊な雰囲気も影響しているのかな、だったら大賀先輩だけが悪いわけじゃないかも」
「俺さ、昔からずっと見ていられるだけでいいと思っていたんだ。だからモテる龍生とかを見ても『すごいな!』ぐらいで終わってきたんだが……」
待った、これ以上この話を続けるのは俺の精神的に悪いような……。
「そんなのそうやって言い聞かせているだけだよ」
「やっぱり……そうなのか?」
「だって大賀先輩、まだ可能性があったときも私がいく度に『嬉しい!』って顔をしていたし」
「本当のところがどうであれ、嬉しかったのも本当のことだからそこはな」
いいことなら隠しておく必要はない……はずなんだ。
でも、俺は邪魔にならないように必死に隠そうとした結果がそれだからやばいんだ。
「き、気持ちが悪かったよな……」
「いや別にそんなことはなかったけど……なんか可哀想だなって」
「うぐはあ!?」
なんて……ことだ。
「ち、違う違うっ。だってほらっ、私が私らしく行動しているだけで影響を受けちゃう人もいるかもだからっ」
「あ、ああ……それはいるだろうな」
慌てるな、落ち着こう。
座り直して賑やかな方に一旦意識を向けたらいつもの自分が戻ってきた。
「と、特に蓮介……先輩みたいな人とかさ」
「ふぅ、俺としては一番大好きな龍生と上手くいってくれるのが最高の展開だったぞ」
これもなあ、本当のところを知った後じゃ、
「嘘つき、辰巳先輩優先でいたくせに」
そう、こうなってもおかしくはない。
なんかもう少しぐらい上手い言い方ってやつが分かるといいんだが……悪いな。
「す、少なくとも井本先輩が現れるまではそうだったから!」
そして短時間で重ねて自爆しているアホがいる。
そうじゃなくても軽いそれがもっと酷くなってしまう負の悪循環というやつだ。
「ちょ、こ、声がでかいよっ」
「わ、悪い……」
人が近くにいるとかいないとかは関係なかった、なにも落ち着けていないということだからただただ恥ずかしい。
「まあ、私は自分の気持ち優先で動いていただけだけどそれで勘違いをさせちゃったなら責任を取らないとね」
「いや、そんなのはいいんだ。一緒にいてくれるだけで十分だよ」
無理やり抑えて違う相手とそのつもりでいようとしても上手くはいかないだろう。
苦しんでいる間にも本命は好きな人と仲良くやっているところを見せてくるんだ、その差にやられたくなければ自分のことだけを考えて行動するべきだ。
「わ、私が求めているって言ったらっ?」
「もしそうなら嬉しいな」
「だ、だったら最初から欲望全開できてよ!」
な、なんかすごいことを言っていないか?
無理をしなくていいのに、それとも、そういう風にやっていかないと困ってしまうからとか――いや、彼女は普通にしているだけでいいんだから……。
「い、いや、欲望全開は不味いだろ? 俺が欲望全開だったら酷いことになるぞ」
これまで縁がなかったからこその酷さだ。
俺自身でもどこまでいくかなんて分からない、危ないことになる前に内のなにかを煽るのはやめた方がいい。
「はぁ……はぁ……ふぅ――た、例えば?」
「頭を撫でたくなる」
「えっ、そ、それだけ?」
「さ、触るってことだぞ? やばいだろ」
「いやそりゃ、大して仲良くない状態でしたらやばいけど……ある程度の仲なら頭を撫でるぐらいいいんじゃない?」
こういうときこそ彼女には冷静になってツッコミを入れてほしいところだった。
二人してボケ担当になってしまうとごちゃごちゃになっていく、その流れで変なことも言いかねない。
「じゃあはい、していいよ」
「い、いいのか?」
「まあ……蓮介先輩は私のために何回も動いてくれたしね」
それならと甘えて撫でさせてもらったら「ふふ、思ったよりも優しい撫で方」とそう悪くない反応を見てしまってばっと後ろを向いた。
「えーなにその反応」
「いや……これ以上はやばいから」
「ふふふ、それならこうだ!」
えぇ……なんで彼女もこんなノリノリなの……?
龍生に勝てているなんていまでも思えないし、こんなことをしてくれていても心のどこかじゃ龍生を求めていると考えてしまっているぐらいなのに。
思えば最初からおかしい。
「……雛が来てくれていたのは俺なら簡単に龍生に近づけるからだよな?」
「んー別にそれだけじゃないでしょ、だったらあんなに二人きりの時間はできないと思う」
やっぱりそこがおかしいだろ。
先輩が現れるまでは龍生も優先してくれていたのに一緒にいられる時間が減ったりはしなかった。
終わりだと不安になっていたときも来てくれた、だから龍生云々のそれも本当だがまた違う心のどこかで彼女のことを求めてしまっていたんだ。
「最初からいままで龍生が一番だよな?」
「もういまとなっては違うよ。正直に言うと先輩が現れる前からもう蓮介先輩ルートに入っていたかも。そうじゃなければニコニコしていられなくない?」
な、なんだこの後輩は。
元々くっつかれながらの会話だから動きようがないものの、もしフリーの状態だったら情けないことを吐いて走り逃げているところだ。
「こんなくっつきながらなにをしているんだろうね」
「す、座るか」
「そうだね、座ってまた食べ物を食べよう」
三十分ぐらいは会場の空気に触れられたから正直に言うともう帰ってもいいぐらいだった。
「蓮介先輩はさっきも言ったけどちょっと隠せていなかったかも」
「そうか……」
「でも、歓迎してくれていることが分かっているからこそいきやすかったのもあるからね――あ。あと辰巳先輩に怒られた後に探してくれたのは嬉しかった」
「ああ、だってあのままじゃ不味かったからさ」
そういえばポンコツなところを見せてもいてくれているのは彼女も同じだったな。
龍生も離れずにいてくれているし、人間関係については分かりやすく恵まれている。
だったら身体能力もと求めるのはわがまますぎか、みんなに感謝だ。
「あそこで攻略しようとするぐらいでよかったけどね」
「そ、それは無理だ」
「はは、確かに蓮介先輩には無理かー」
ね、猫に会いたい、撫でて落ち着きたい。
というか、慣れていない相手にぐいぐいと距離を詰めすぎだ。
キャパオーバーしてやっぱり帰りかねないからここらへんで抑えてもらいたいところだ。
「蓮先輩って呼ぼうかな」
「俺の両親も蓮って呼ぶから違和感はないな」
「それなら……蓮君?」
「べ、別に自由に呼んでくれればいい。『ねえ』とか『おい』とかでもいいぞ」
「それなら蓮君で」
なんだなんだ、対俺に限って言えば先輩よりも手強いぞ彼女は。
こうなってくると冷静になられてしまうのはきつかった。
いまこそ感情的になって――は彼女が疲れてしまうからとにかく、最初の頃を思い出して「なに興奮しているの? 気持ちが悪いよ」ぐらいぶつけてくれればいい。
「あ、蓮君は雛ちゃんとか呼ぶのはなしね、流石にそれはゾワっとするから」
「俺は雛って呼び捨てにできた方がいいな」
「あー辰巳先輩に張り合おうとしているでしょー」
「え?」
「え?」
そうか、そこで被っていると……。
「雛君にするかな」
「や、雛でいいよ」
「そうか」
まあ、気にしても仕方がないか。
本人が求めている通りにしようと決めた。




