06
「はいはい? お」
「よう」
「一人か? 井本先輩も呼べばよかったのに」
「いや、たまには蓮介と二人きりがよかったんだ」
それはまた物珍しい考えだな。
上がってもらっていつものことをして、彼なら気にならないが今日も床に座ることにした。
「この半年間がなんだったのかとツッコミを入れたくなるぐらいには井本先輩が積極的でな」
「よかったじゃないか」
大事なところではあるが先輩なら勉強も恋も同時に上手くやれるだろう。
もう少しぐらい早く動いてくれた方がいいとかなんとか考えた俺だったが、このタイミングが最高だったんだ。
まずなにより二人きりの時間が大量に確保できることが大きいよな。
勉強だって一緒にやればそれだけ時間が稼げるというもんだ。
「ああ、ありがたいことではある。でも、雛――上地には……」
「ああ、それは気にするなよ、無理やり合わせようとされるよりもよっぽどいいだろ」
「そうならいいな」
嫌だろうと上手く片付けるしかない。
だからこういうときに趣味なんかがあるとそれに助けてもらえる可能性が高い。
上地はなにか毎日やりたいこととかあるんだろうか?
「蓮介は上地とどんな感じなんだ?」
「ああ、あともう少ししたら――来たみたいだな」
「約束をしていたのか」
「なんかやる気が出ないみたいで見ていてほしいんだってさ」
「そうか」
玄関までいって扉を開けると「遅いよ」と。
今日はそれなりに長い髪を上の方でまとめているみたいだ。
こういうのもいいな。
「悪いな、いま龍生が家に来ていてさ」
「うわ、私と約束をしておきながらそれって最低じゃん」
「まあまあ、上がってくれ」
別に俺が連れてきたとかじゃないから堂々としておけばいいだろう。
「そうだ、上地が来たときのために菓子を買っておいたんだ、後で食べてくれ」
「なんのお菓子?」
「この前のチョコ菓子だな」
個包装で実は一つ食べてしまったのは内緒にしておきたい。
普段あまり買わないからこそなのか、そのチョコ菓子が最強なのか、どちらかは分からないが魅力的すぎて我慢できなかったんだ。
「おおっ。はは、やるじゃん」
「だろ? 女子はこういうの好きだろうからさ、それに来ると分かっているのになにも用意しないのは微妙だったからさ」
「や、これは私のわがままなんだから別によかったけどね」
「そういうわけにもいかないだろ」
っと、俺らばかり話していても駄目か。
どうせならと俺の方も課題を持ってきた。
ローテーブルは一人分広げただけでも余裕がないから食べる用の方で頑張ることにする。
「辰巳先輩も上手く隠してくださいよ」
「『付き合いたいなら私を優先しなさい』と言われてな、流石にそこまで極端にはいられなかったから蓮介のこととかを出したら断られたんだ」
んーそこでまず野郎の俺のことを出していなかったらもう少しマシ――いや、女子のことを出していたら「それならその子とお付き合いすればいいじゃない」と冷たい顔で一蹴だったか。
少ししか関わったことがなくても先輩みたいなタイプは分かりやすい。
「普通じゃないですか? 付き合うならそれぐらいのつもりでいてもらいたいですけど」
「あっちもそっちもと求めてしまうんだ」
「辰巳先輩がそんな感じなら大賀先輩は余計に駄目でしょうね……」
「んーどうだろうな、蓮介みたいなタイプはその相手のことだけを考えて行動してしまいそうな感じがするけど」
どうなのか、俺も気になる。
「井本先輩のことが好きなんですね」
「ああ、好きだよ」
なんで敢えて彼女は重ねていってしまうのか。
片付けたいからだとしてもなにも苦しいやり方を選ばなくていいのに。
「上地、悪かったな」
「いえ、そんな状態で無理やり付き合われるよりも遥かにマシでしたよ」
「はは、蓮介の発言通りだったな」
いや、そうとしか言えないだけじゃないだろうか。
まあ、ここで「それでも!」と動くのは頑張っていると言うよりも……という感じではあるが。
「あ、井本先輩からだ」
「合わせておけよ」
「これがどういう類の内容かは分からないけどもう帰るよ」
助かったようなそうじゃないような。
「よいしょっと」
「こっちでやるのか?」
「うん、離れていたら一緒のところにいる意味がないからね」
ごめんも違う、ありがとうも違う。
あ、彼女は胸中はともかくとして、一緒にいてくれるのは嬉しいか。
「って、なんか熱いよ? 触っていなくても熱がこもっていることが分かるよ」
「積極的に家から出ていたなんてこともないんだが」
なんなら掃除もしないでベッドの上でごろごろしているばっかだった。
流石に不味いと思って午前なんかは休んだ分、夜寝る前の一時間ぐらいは課題に使っていたが。
「分かった、はは、私が近くに来てドキドキしているんでしょ?」
「俺的には一緒にいてくれて嬉しいんだ。でも、本当は気になっているだろ……?」
「ん? ――あ、いやそりゃまあなにも気にならないわけじゃないけどああしてハッキリしてくれたわけだからね」
これも無理やりそう自分に言い聞かせているようにしか見えない……。
彼女と一緒にいられて不安になってしまうのはあの龍生に敵視されるかもしれない事件のとき以来久しぶりだ。
「あ、大賀先輩のせいでやる気がなくなった」
「か、菓子があるぞ、それを食べて少しだけでもやろう」
「嫌だーもうやらないぞー」
これに関してはタイミングが悪かったというやつだよな。
でも、龍生との時間が減っていたからああして動いてくれなければ一緒にいられないのも確かなことだったし……難しい。
「あ、桃音はどうなんだろう」
「七月中には変わらないだろうが八月まで使えるとなると関係が変わってもおかしくないな」
「でもさあ、石上君って桃音の物を取ったりしていたんだよ? それなのにその子を好きになるって変じゃない?」
「それだけじゃなかったんだろうな、大事なときに動いてくれて大きく働いたんだろうな」
だから結局、あのとき俺が動いていなくてもこうなっていたようなもんだ。
あ、カサカサ君に敗北するような情けない男が現れてそれに比べたら石上が遥かにいいことに気づいてしまったのかもしれない。
「それだけじゃない、か、まるで大賀先輩みたいだね」
「俺は上地に対して石上みたいにはできていないぞ」
龍生といたいからこっちに近づいてきているだけなのに気に入ってしまったりした点も不味かった。
隠せているつもりでも本人にはバレバレだろう、対彼女の場合でも分かりやすく失敗してしまっているんだ。
「そういえばそうだったーなんたって私よりも先輩を応援しちゃうぐらいだし」
「いや、井本先輩が現れるまでは本気で応援していたぞ」
「……嘘でしょ」
「嘘じゃない」
そこは神に誓ってもいいぐらいだ。
「手を貸して」
「ん? おう」
性差、身長差もあって分かりやすく手のサイズは違うのにぎゅっと握られているのもあってかそう変わらない感じがした。
「無駄に大きすぎ、身長だってそうだよ。だからいつも大賀先輩といるときは顔を見るのが大変なんだから」
「一応百八十後半はあるからな」
何回でも言おう、その身長に見合った能力保持者であってほしかった。
「さて、少しやる気も回復したから頑張るよ。だから終わったらちゃんとお菓子をちょうだい」
「おう、ちゃんと守るよ」
俺も頑張ろう。
人のためによりも自分のためならもっと頑張れるというやつだった。
「そういえば大賀先輩って夏祭りとかはどうしていたの?」
やっぱり勘違いじゃなかった、何故か大賀先輩呼びを続けてくれている。
先輩が現れたら結局変えなければいけないわけで、それを面倒くさがった結果なんだろうか。
「いつも龍生といっていたな」
「あ、ちゃんといっていたんだ。腕を組みつつ『俺は興味ないからいいわ』とか言って断っていたのかと思った」
「俺も龍生も祭りが好きだったから『今年もいこうぜ!』と盛り上がるだけだったな」
そうか、岩佐を誘いたいところだろうがその大事なときに「誘うのはちょっと……」となってしまっているのかもしれない。
「岩佐は難しいかもしれないな」
「お祭りなんて大事なイベントに邪魔できるわけがないじゃん」
「だよな、そうすると上地は……」
俺を誘う……なんてしないだろうしなあ。
となると一人? 流石に祭り好きでも一人で楽しむのは難しそうだ。
「なんで、それなら大賀先輩が付き合ってくれれば解決でしょ」
「い、いいのかっ?」
「は? そのつもりもないのにここでお祭りのことを出しても意味がないでしょ」
な、なんていい子なんだ!
「分かったっ、当日は絶対になにか買ってやるからな!」
「いやいらない、別に大賀先輩がいてくれればいいし」
はいいが……うーん。
許可を貰ってから額に手を当ててみても物凄く熱いとかはなかった。
でも、これはやっぱり龍生とは無理になってしまったからだよな……。
「またベタなアレだね」
「俺は嬉しいが上地的にさ」
「いいから大賀先輩がいいなら相手をしてよ」
「分かった」
くそう、見た目がよくて、能力もよくて、そのうえで頼り甲斐のある奴だったら龍生とまではいかなくてもいい時間にしれやれたのに。
「帰りはおんぶしてもらおうかな」
「いいぞ、上地にも少しぐらいはメリットがないといけないからな」
怖いのを我慢できるなら肩車だって構わなかった。
「なんかまたここまで歩いてくるのも面倒くさいし、このままお祭りの日まで泊まろうかな」
「いいんじゃないか? 父さんも母さんも上地のことを気に入っているからさ」
「まあ、まだ十日以上はあるからやめておくけど一日ぐらいならいいよね」
「おう、上地なら大歓迎だ!」
となると、追加でなにか買ってこないといけなさそうだ。
菓子系はあまりに頼りすぎると贅肉の増加に繋がるから……ちゃんとしたご飯のときに楽しめるようにしたい。
買い物大好きーな母にも連絡しておいて、涼しくなったところでなにか探しにいくことにした。
「なんかさ、チャンス、とか思っていそう」
「俺は上地といられるだけで十分だ」
「……そんなことってあり得るの? どうせ一緒にいられるなら付き合いたいとかないの?」
「んーそこは俺だからな」
それとも、これぐらいが一番だって言い聞かせようとしているだけなのかね。
本当のところはそういうつもりで求めたいのに好きな相手がいるからと無理やり諦めようとしているだけとかだったら……。
「じゃあ、大賀先輩的に私はな――」
「全くそんなことはないが」
「さ、遮るぐらいなの……?」
「当たり前だろ? でも、上地には好きな相手がいたからさ」
しかもそれが友達だというな。
ただ、龍生になら負けて当然だという思考をしながら生きてきたからそこは別に言い聞かせようとしているわけじゃないと思うんだ。
多分、彼女だってそういう存在と出会ってきたと思う。
「だ、だから私が生意気なことを言っても協力してくれていたの?」
「気持ち悪いと言われるかもしれないが……正直に言うと俺は上地を気に入っていたんだ」
「へ、へえー――あ、他の人のときに動いたときはどんな感じだったの?」
「え? それは『困っていそうだから手伝うか』ってぐらいかな」
本当のところがどうであれ、動いた結果「ありがとう」と言ってもらえて俺は嬉しかった、そういう風になるから何回もそうしてきた。
そう言ってもらいたくて動いていたところがあるから真っすぐに褒められるようなことじゃないがまあ、なにも悪いことばかりじゃなかったと思いたい。
前もこんなことを考えたか、つまりこれはずっとしてきたことだからこれからも続けるって話だ。
「ち、近いよ」
「お、悪い」
駄目だな、一緒にいられて嬉しいからって気を付けておかないと危険だ。
分かりやすくぐいぐい近づいていたわけじゃないが相手が嫌がったらそれはもう駄目なことなんだ。
「ちょっとトイレを借りるからっ」
「おーう」
トイレぐらいならすぐに戻ってくると考えていたものの、それから一時間が経過しても戻ってくることはなかった。
がっつかなくても同じような結果になることを知って怖くなったのだった。
「ふふ」
「い、岩佐?」
呼ばれたから出ていったらいきなりこれだった。
石上と上手くいっているからだけじゃなさそうだ。
「大賀先輩は結局のところ雛さんが大好きですよね」
「きゅ、急だな」
「実はこの前、長文のメッセージが送られてきまして」
「でも、上地はトイレにこもっちゃったんだ」
結局は一時間十分ぐらいが経過した頃に出てきて俺作の昼ご飯だけ食べて帰っていった。
「それって十一時過ぎのことでした?」
「ああ、十一時半ぐらいだったな」
「なるほど、つまり雛さんはあの長文をトイレの中で書き上げたんですね」
な、なにを書いたんだ。
こちらとしてはこのまま泊まることすらもなくなって、祭りの日も一人で寂しく過ごすことになりそうなところなのに。
でも、何度も「素直になった方がいいですよ」的なことを言っていそうな彼女がニコニコしているということはそう不安にならなくても大丈夫なんだろうか?
「えっと、大袈裟に言っているだけで三行とかだよな?」
「いえ、二十行ぐらいですね」
「わ、悪い内容じゃなかったか?」
「それはもう――あ、ただ身長差がありすぎることが気になっているみたいです、もう少しだけ大きくなりたかったみたいですね」
女子なら上地ぐらいあれば十分だと思うが。
なにも百四十センチ前半とかじゃないんだ、百五十後半ぐらいある上地は大丈夫だ。
「でもほら、キスをするときに大変ですよね?」
「き……ちなみに、岩佐はもう石上としたのか」
「し、していませんよっ、そもそもまだお付き合いもできていません!」
ふぅ、よかったぜ。
読書が好きそうな岩佐がそういうことで経験豊富すぎても付いていけなくなってしまうから助かった。
「た、多分、私達の関係が変わるよりも大賀先輩と雛さんの関係が変わる方が早いと思います」
「んーある……ないかなあ」
一緒にいるときに一時間以上トイレに逃げられるのは俺ぐらいなものだろう。
不満がなければそんなことはしない、だからあれで物凄く怪しい状態なんだ。
「ありますよ。それこそ雛さん風に言うなら『えー雛さんがそんな感じなのにまだ自信を持てないの? 大賀君って結構臆病なんだね』です」
「岩佐っ、いまのスタイルでやっていかないか!」
「や、やりません、私にはやっぱり敬語が一番です」
まあ、本人がこの様子ならこれ以上はやめておこう。
「うっ、なんかブルっとした。これは……石上だな?」
好きな女子がいまどこでなにをしているのかは好きになればなる程、気になることだろう。
嫌な予感がして家を出たところかもしれない、遭遇すれば今度こそ石上だって俺をぶっ飛ばそうとするかもしれない。
「いえ、雛さんですね。ほらあそこ、こちらをじっと見てきています」
「まさか……?」
「いえ、約束はしていませんでした、だからこれは女の勘、というやつですね」
ズンズン歩いてくる上地は正直に言うと鬼のように見えた。
いつもの何倍もの大きさに見える、それこそいまじゃ俺の方が小さいぐらいかもしれない――じゃない。
別に約束をすっぽかして出てきているわけじゃないんだから堂々としておけばいいだろう。
何故か攻撃されているとしてもだ、おどおどしないでここに存在しておこう。
「またこそこそ桃音と会った」
「私が雛さんに言わずに大賀先輩を呼び出したんです、だから大賀先輩は悪くありませんよ」
「も、桃音も石上君と積極的に過ごすようにしてよ」
「ふふ、そうですね」
彼女は二年生版の先輩みたいな子だ。
なのでそういう点じゃ上地は相性が悪い。
不利な状態にならないように危なくなりそうなところで会話に加わっておいた。




