05
「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは……?」
あれぇ……あ、もしかしてとてつもない方向音痴とかなにか?
「もしかして今日はあの子、いないの?」
「あの子……」
龍生? 上地? 岩佐?
いやいや、そもそもここは学校じゃなくて俺の家だ。
ここに突撃してきたということは誰かが教えたはずで、それなら龍生の可能性が高いから女子組のどちらかか。
「ほら、これぐらいの髪の長さの」
「ああ、上地のことですか。呼びましょうか?」
「いえ、そこまではしなくていいわ。でも、暑いから上がらせてもらうわね」
「あ、それはどうぞ」
麦茶しかないが我慢してもらうしかない。
「いいお家ね」
「ありがとうございます」
「ん? あなたは座らないの?」
「はいまあ、俺が座ったら狭くなってしまいますからね」
ソファは一つしかないし、変に距離が近くても気になるから床でいい。
大丈夫だ、こういうときのためじゃないが掃除をしているから奇麗だ。
「多分もう聞いているだろうけど私は龍生君からの告白を断ったわ」
「はい、それと半年間ぐらい顔を見せていなかったと聞きました」
「そうね。でも、また会いたくなったの」
俺だったらまず無理なことだな。
顔を見たくなったらすぐに動きたくなる、明日にしておけばいいのにその日に動こうとするだろう。
「別に内のなにかが変わった……というわけじゃないんですよね?」
「どうかしらね」
「もしかして龍生があの二人、特に上地と過ごすようになったからですか?」
「それは否定できないわ」
なんてことだ……。
上地は自分の気持ちのために仲良くしたくて近づいていただけなのにそれで最強のライバルのなにかを刺激してしまったんだ。
どちらも悪いわけじゃないから困ってしまう。
「あ、振った理由まで聞くのは不味いですかね?」
「あの子って一人だけに集中することができないのよ」
「それは分かりますね、昔からそうでした」
特に俺なんかはそういうところに何度も助けられてきたからなあ。
自分のやりたいように動いてくれと言っても「俺と蓮介の仲だろ、気にするなよ」とな。
「それでね? あのときもあなたのことを何回も出してきたから断ったの」
「えっ」
「ふふ、まさか自分が振られた理由とは思わないわよね、だから龍生君も告白をして振られたことを最近まで話していなかったのよ」
いや、笑っている場合じゃないが。
いやそれでもっ、いまこのタイミングで教えてくれた理由はなにかが変わりつつあるからじゃないか!?
「今度は違いますっ、だからまた告白をしてきたら受け入れてあげてください!」
「でも、龍生君はあの女の子といられて楽しそうだったわ」
「確かにそうかもしれませんが龍生のことを考えるならあなたが受け入れてくれるのが一番なんです!」
テンションを上げすぎたか、少し落ち着こう。
「いいの? あなた、あの子のことを気に入っているように見えたけど」
「それとこれとは別です、それに昔から一緒にいるのは龍生の方ですから」
「ふふ、思ったよりも酷い子なのね」
これは仕方がない、みんながみんな幸せになれるわけじゃない。
どちらかを選ばなければいけないときは絶対にやってくる、そのときに俺は悩まないようにしたいんだ。
上地よりも龍生だ、それだけのことをしてくれたんだ。
「分かったわ。まあ、龍生君がまた求めてくれるかどうかは分からないけどね」
「求められた場合はお願いしたい、ただそれだけですから」
「もしあの子の方にもう傾いていたとしたら振られた後にあなたが相手をしてちょうだい」
いやいや、不安だからってなんでも口にすればいいわけじゃない。
だからそのことについては聞かなかったことにして答えないでおいた。
あとはそのまま帰るみたいだったから玄関先までは一応見送っておいた。
「うーん」
このことは上地に教えた方がいいのか?
教えてほしいと頼んできたのは岩佐関連のことだけ、余計な情報……にしかならない可能性が高い。
だが、なにも知らないまま終わるのだけは嫌か。
「――あ、いま大丈夫か?」
「んー」
なんかガサガサ音が聞こえる、菓子の袋の音だろうか……?
「あのさ、いま俺の家に先輩が来てさ」
「教えていたんだ」
「いや俺は教えていない。で、なんだが……なんかやる気が出ちゃったみたいでさ」
「やる気が……? ああ、そういうことか」
少し怖くなって黙っていると「大賀先輩さ、辰巳先輩のことを考えて応援しようとしているでしょ?」と言葉で刺されて固まる羽目になった。
「まあそりゃ、幼馴染かってぐらい昔から一緒にいる方が上手くいくように願うのは普通だよね。分かる分かる、寧ろそうじゃないと困るよ」
「上地……」
「あと、そういうのがなかったとしても私じゃ勝てないとか思っていなかった?」
「いやそれは――」
全てを答える前に「いいよ、そもそも辰巳先輩から告白するぐらいなんだから、容姿も内側も負けているんだから」と重ねられて電話を切られてしまったのだった。
「もう夏休みか」
この夏で一気に進展しそうだ。
俺の方は暇だから運動でもしようと決めている。
「蓮介、まだ帰らないのか?」
「ああ、俺はここが好きすぎるんだ」
「分かった、じゃあまたいきたくなったときにいくからそのときは頼む」
「おう、じゃあな」
このまま張り付いていられる方がいいかな。
昔なら夏休みなんてきたら分かりやすく喜んでいたのに変わってしまった。
「大賀先輩」
「おお、岩佐か」
「雛さんはもう帰ってしまいました」
「そうか。まあ、せっかく早く終わったんだし、さっさと帰った方がいいから上地は正しいことをしているな」
名前で呼び始めるまでになっていたのか。
ただあの男子君が少し放置されていそうで自分のことじゃないのに苦い感じが胸中に広がった。
「喧嘩でもしてしまったんですか?」
「いや、普通の距離感というやつに戻っただけだよ」
「そうですか――大賀先輩がいいならなにか食べにいきませんか? たまにはそういうのもいいと思うんです」
「お、それならファミレスにでもいくか、こういうときじゃないといかないからさ」
そこまでガッツリ食べたいわけじゃないから今日はそれぐらいでいいだろう。
安価で腹も満たされるなんていい場所だ、世話になろう。
「はい、いきましょう」
「もちろん、あの男子君も誘ってな」
「え、は、はい」
そうと決まればあの男子君が帰ってしまう前に――はは、探す必要はないみたいだった。
男子君――石上は普通に近づいてきてこちらの腕に攻撃を仕掛けてきた。
こそこそ行動するなよとそう言いたいのかもしれない。
「遠慮してんじゃねえよ」
「遠慮?」
前も龍生にそんなことを言われたな。
「上地だよ、なにがあったのかは知らないけどここで動いておけよ、そうしないと本格的に終わるぞ」
「んー岩佐とかといるときは普通なんだろ?」
「普通だけど……上地が先輩のところにいかないなんておかしいだろ」
や、それなら井本先輩のことを気にして龍生のところにいっていないことの方が気になるが。
「私も、絶対にここで動いておいた方がいいと思います」
「はは、そうか二人きりでいきたいからか」
「そ、そういうわけではありませんっ、そもそも私の方からお誘いしたではないですか!」
「じゃあ、今回のこれは参加させてくれ」
「当たり前ですよっ、いきましょう!」
とはいえ、石上的には面白くないだろうからなるべく二人をくっつけておくことにする。
ファミレス店内でもそうだった、二人に並ばせて俺だけ広いのはあれだが……そこは我慢してもらいたい。
「おいおい、そんなに野郎を見つめたってなにも得られないぞ」
「素直になれよ」
「分かった分かった、食べたらいくからほら」
門前払いされて終わり――ん? 電話だ。
電話がかかってきたことを話して店内から出て応答ボタンを押すと「いまどこ?」と。
「いまは学校近くのファミレスだな」
「もう食べ終わったところ? それともこれから?」
「いまからだな。そうだ、上地がいいなら来てくれれば――」
「いくから待ってて」
終わってしまったわけじゃないのか……?
一旦は店内に戻って注文だけ済ませてから待っていると「おーい」とあくまで普通の様子の上地が現れた。
「先輩一人じゃないよね?」
「ああ、岩佐と石上がいる」
「もう、カップルみたいな二人の邪魔をするとか最悪じゃん」
「はは、それなら上地が付き合ってくれ」
「あ、そういうのは受け入れられないので、なんてね。いこ?」
食べ終えたらいくつもりだったのにこれはこれで気になるな。
ちらちら見てしまって「見ないで」とも冷たい声音で指摘されてしまったし……。
「結局、なにがあったんですか?」
「ああ、この人が井本先輩と上手くいくように願ってしまったからだよ、その瞬間に敵になったのです」
敵か、なにもないまま無害なままならよかったが敵となれば一緒にいるのは不味い。
「でも、自分から来たよなー」
「んー早く帰ったのはいいけど暇すぎてね、敵でも一緒にいれば時間ぐらいはつぶせるでしょ……って、なにニヤニヤして」
「いや? 上地はもう少し先輩に対して素直になれた方がいいな」
「そうですよ、それにお世話になっておきながらそのような発言はよくないですよ」
うぅ、岩佐は最初からずっと優しいな。
「桃音は私の気持ちなんか分からないでしょ、求めたら相手が応えてくれる状態になっている桃音にはさ」
「そ、そんなのまだ分かりませんよねっ?」
「えー石上君がそんな感じなのにまだ自信を持てないの? 桃音って結構臆病なんだね」
ああ、そんな岩佐の顔がどんどんと赤く染まっていく。
恥ずかしさと怒り、どちらかと言えば恥ずかしさの方が強いかもしれない。
今回も「私は関係ないです」みたいな態度で注文を済ませただけだった。
「学校を卒業するまでに絶対っ、あなたのそういうところを直させますからね!」
「はいはーい、いいから落ち着きなよ」
ただ確かにこれ以上騒ぐのは不味いから止めておいた。
そうしたら何故か睨まれてしまって大きな体を縮ませる羽目になった。
「大賀君」
「あれ、一人ですか?」
「ええ、いまはそうね」
なんとなく一回に一緒にいる時間を十分とかに絞っていそうみたいに考えてしまった。
「あなたも――いえ、あの子といられているのね」
「今日は一緒に店で昼ご飯を食べまして」
なんでかやたらと払いたがっていたから金を渡して出てきている状態だった。
ちなみに、岩佐岩上ペアには早く二人きりで過ごすように上地がしつこく重ねた結果、もうここにはいない。
「いいことじゃない。せっかくこうして会えたことだし、私も参加させてもらってもいい?」
「いまから俺の家にいくところだったんです、それでもいいなら参加してください」
「ええ、参加させてもらうわ」
ああ、合流した彼女にベシベシ攻撃されているぞ……。
でも、こうしてまた近くにいてくれているわけで、これは幸せな攻撃の類かもしれなかった。
……攻撃されて幸せとか考えているあたり、M扱いされてしまってもおかしくないのかもしれない。
「もしかしたら上手くいくかもしれないわ」
「そうですか」
先輩は短期間で沈んだり上がったりしやすいタイプなのかもしれない。
とはいえ、マイナス思考よりもポジティブ思考でいられた方がいいに決まっているから悪いことじゃないか。
「だからあなたに言ったあの最後の言葉は……」
「大丈夫です、聞かなかったことにしますよ」
「ごめんなさい、振り回してしまったわね」
「そんなことないですよ」
ぐわっ、かなり強い力で引っ張られた。
少し距離ができて、それなのに彼女はぐいと距離を詰めてきた。
「最後の言葉って?」
「井本先輩」
離れているわけじゃないし、勝手にペラペラ話すわけにはいかないからこれは必要なことだった。
もちろん、本人が許可してくれたら隠すことはしない。
それで先輩の答えは「ええ、大丈夫よ」というものだった。
「龍生と上手くいかなかったら俺に付き合えって言ってきていてな」
「ああ、ただお出かけするとかその程度の話か。だって振られてしまったら一人でいると駄目になっちゃうもんね」
「いえ、龍生君があなたとお付き合いをして可能性がなくなってしまった場合は大賀君に相手をしてもらおうと思ったの」
これもまたすごい話だよな。
たった少しだけ会話した仲だというのにどこからきているのか。
あ、俺のことを何回も出してきたということらしいから? それで「あ、悪くないかも」みたいになったんだろうか。
まあ、どんな感じでもそれは妥協でしかないし、先輩からすれば最悪の展開なんだ。
どうか自信を持って龍生に近づいてほしい。
「だ、誰でもいいんですか!?」
「そういうわけではないわ。でも、大賀君ならいいと思ったの」
「そ、そうですか!」
とりあえず家にいくか。
歩いている最中、ペシペシ攻撃を仕掛けられながらも気にならなかった。
「龍生も呼べばよかったですね」
「んーそれは他の時間に私が動けば問題ないわよ。それよりあなたね、友達を応援できるのはいいことだけど……」
「大賀先輩は他の人のために動くことが大好きな人ですからね」
先輩がいるときは名字までつけてくれるからこれは地味に嬉しいところだ。
紛らわしいからみたいな理由からでも構わない、こういうところが好きだった。
「特にあなたのために動いているらしいわね」
「え、そうですかね」
「当たり前のように動いてくれるからそれが普通みたいな思考になってしまっているのよ」
「私はそこまで大賀先輩に依存していません!」
「ふふ、そうかしら?」
余裕がある、多分少し痛いところを突いてもこの状態は変わらなさそうだ。
そしてそういう人相手に感情的になってしまうのは危険だった、なにに対しても「そうですか?」みたいにすっとぼけておくぐらいがいい。
「龍生君のことが気になっていたのに大賀君のところにばかりいっていたのも気になるのよね」
「ま、まるで見てきたみたいな発言ですね……?」
「そうね、龍生君にあなたが近づくようになってからは色々調べたりもしたわね」
あのときたまたま被ったわけじゃなくて追っていたからこそできたことなのか。
ただ、もしそうでもよく話しかけたなというのが俺の感想だ。
これも俺のできないことだ、気になっていても自分から積極的に話しかけるなんてできない。
上地にだって……なあ。
「変態っ、ストーカー先輩!」
「ふふ、だって龍生君を取られたくなかったんだもの」
「はぁ……断っておいてそれってどうなんですか? だったら受け入れておけばよかったのに。そうすれば私だって……無駄に期待せずに済んだのに……」
「それを言われると痛いわね……」
確かにもう少しぐらい早く動いてもらいたかった。
少し仲良くなれたところでこれはきつい、彼女がそこまで変わらずにいられていることはすごいとしか言いようがない。
「それで振った理由はなんですか?」
「……龍生君が大賀君のことを何回も出してきたからなの」
「えっ、それって辰巳先輩は……」
「心配性すぎたのが悪かったみたいだな」
というか、告白のとき? に俺のことを出すってどういう感じだったのか。
嘘をつこうとしたところで「でも、あなたは大賀君を優先するじゃない」的なことを言われてどうしようもなくなってしまったんだろうか。
「ああ、辰巳先輩って大賀先輩に優しいもんね」
「ああ、それで助かっていたんだが……まさか自分がそういう場面で邪魔になるとは思っていなかったよ」
「でもさ、どうせ大賀先輩は動いてもらうだけ動いてもらってなにもしない人じゃないし、別に大賀先輩が悪いわけじゃないよね」
なんて……ことだ。
可能性が限りなく低くなってヤケになってしまっているのか?
「ど、どうした?」
「え、なにが?」
いや……。
「悪いのは好きな人だけを見ないで余計なことを気にした先輩だよ」
「ふふ、結構言うわね」
「事実ですからね」
結局、場の空気が悪くなることもなく、それでも次の話題にすぐに移していたのだった。




