04
「わあっ、すっごい雨だ!」
「走るぞ!」
上地の家は知っている、走っていればすぐに着く。
しっかしなんだ、なんで俺といるときに限ってこうなのか。
龍生といるときなら突然の雨イベントだって活かせるのにこれじゃなんにも意味がない。
濡れるだけ、最悪は風邪を引くだけで微妙なイベントだった。
「じゃあまたな!」
まあ、上地の濡れる時間が少ないのはよかったか。
俺が一人でただひっくり返ることになる分にはどうでもいいんだ。
一年生のときに風邪を引いた時点で三年連続皆勤賞は狙えなくなってしまっているし、学校が特別好きというわけじゃないからな。
「って、なんで付いてくるんだ!?」
「いいから早くいこうよ!」
無駄なことを楽しんでこそ青春だと言いたいんだろうか。
「「はぁ……はぁ……」」
びしょ濡れだ、こんなのはかなり久しぶりのことだ。
小学生のときにわざと忘れた日からは大人しくしていたというのに。
「タオルを持ってくるからそこで待っていてくれ」
「うん」
家に大人しく帰っていたらそのまま風呂に入れてゆっくり休めたというのに。
「先輩はシャワーを浴びてきなよ」
「だったら上地だな、夏でも油断していたら駄目なんだ」
「……着替えがないし……」
「母さんのやつを持ってくるよ」
どれも一種類ずつしかないからなにを使っていいのか分からなくておろおろしてしまうなんてこともないはずだ。
母が夏だろうが長ズボンを好む人でよかったと思う、冷えているときにはいい方に働くだろう。
「ほら」
「……分かった」
大丈夫、最近なら両親も早く帰ってきてくれるから恥ずかしいのは少しだけだ。
入って、なんならご飯まで食べてから家に帰ればいい、その際は車で送ってもらえばいい。
「とりあえず俺も上だけは脱いでっと」
拭けるところは拭いてこれ以上被害が出ないように玄関で大人しくしていることにした。
さあ、早く帰ってこい。
「ただ――」
「おか――閉めるな閉めるな」
なんか引っ付いていて気持ちが悪かったから仕方がないんだ。
上地が来ていなければ下まで脱いで全裸で歩いているところだったが……まあ母的にもそうじゃなくてよかったと思う。
「い、いやーだって帰ってすぐに半裸の息子がいたら怖いでしょ?」
「いまは――」
「まさか女の子!? いつの間にかお家に連れ込んじゃえるぐらい仲良くなれていたの!?」
「た、たまたまだよ」
あーこれも上地には悪いことをしてしまったな。
母の服を貸したことと、出てきても過度に話しかけないでくれという話をしている間に上地は洗面所から出てきた。
「あっ、は、初めましてっ」
「初めまして、大賀夏音と言います」
「えっと……私は上地雛です……」
母らしくない上品な笑みを浮かべてから彼女の髪を撫で、それから二階へ上がっていった。
彼女のことを考えればこの方がいいのかどうなのか――ん? なんかちらちら見られているような?
「……な、なんで脱いでいるの?」
「おっと、これは悪かったな」
「あ、いや……ありがとね」
「気にするな、リビングが気になるなら客間で待っていてくれ」
あ、そういえば着替えを入れるための袋を渡していなかったな。
ここにはないし、無理やり鞄の中に突っ込んだのか。
この少し足りないところも龍生に勝てない理由の一つかもしれない。
「ふんふふーん」
ガシガシ、は髪や体によくないから優しく洗ってすぐに済ませた。
それから放置されている上地のところにいくとすーすーと寝息を立てながら寝てしまっていた。
「風邪を引いてしまうぞ」
「お布団を掛けてあげて」
「だな。後で車で送りたいから頼む」
「うん、大丈夫だよ」
母がご飯を作ってくれるらしいので上地に布団を掛けてからリビングへ。
父の方はまだ帰宅していないらしい、母だけの方がやりやすいから今日は遅くていい。
「龍生のことが気になっているんだよあの子は」
「え、それならなんでここに?」
「分からない、途中に家があったのに素直に帰らなかったんだ」
例えば家が休まらない場所だったとしたら? もしそうならいくらでも利用してくれればいいがそんなこともないだろう。
俺の家の近くには当然龍生の家もあって寄ろうと思えば寄れたんだ、だというのにこの家にいく選択をした理由はなんだ?
「ふふ、それってさあ?」
「もしかしたら龍生関連のことで相談に乗ってもらいたかったのかもな」
「えぇ、なんでそうなるの」
当たり前だ、これだけで「俺に好意があるんだ!」なんて考えられるわけがないだろ。
というか、あれだけ露骨なところを見せられているのに期待できるわけがない。
「あ、起きてきたみたいだよ」
扉を開けると少し気まずそうな感じの上地が。
「帰るのがもう少しぐらい遅くなっても大丈夫か?」
「は、はい」
「敬語じゃなくていい、それならご飯を食べていってくれ」
「わ、分かり――わ、分かった」
母なんてなにも怖くないぞ。
それと俺の方だって家だからと普段と態度が違うなんてこともないし、ゆっくりしていってほしかった。
「聞いてください辰巳先輩っ」
「ん?」
「あ、ちょっとここじゃ気になるので廊下に……先輩も逃げないで付いてきて」
「おう?」
逃げたい気持ちなんか最初からないので付いていくと「半裸で誘ってきたんです!」と結構大きな声で彼女は言った。
「ん? 蓮介がってことか?」
「そうです、あの日はそれはもう……プルプルと体を震わしておくことしかできなくて……」
「ほう、積極的だな?」
「あの日は――」
なにも恥ずかしいことはしていないから普通に教えておいた。
そうしたら背中に攻撃を仕掛けられ、そのうえで「馬鹿先輩」と冷たかった。
「確かに蓮介は馬鹿だな」
「おいおい……」
「だってそれだと蓮介が風邪を引いていた可能性が高いだろ? 一回弱ると結構長く続くんだから気を付けろよ」
色々な面でショボすぎるだろ俺は……。
なんでこうなった、なんで両親からいいところをほとんど引き継げなかったのか。
「そのときは龍生を頼るから大丈夫だ」
「ま、できる範囲で動くけどさ」
「ちょ、なんか二人って怪しいですね」
「そうか? 俺らはこうして支え合いながら生きてきたからな」
あ、彼に対しても「うわあ」みたいな顔をしている。
遠慮がなくなってきたのはいいことかもしれない。
「そもそも、先輩の方が大きいんだから辰巳先輩が弱ったときに運んであげなきゃ駄目でしょ。つまり、先輩は弱ったら駄目ってこと」
「ついでに雛も運んでもらえばいい」
「私はそう簡単に弱ったりしませんから」
「元気なのはいいことだ」
そうだな、やっぱりそこが大事か。
ショボくたって元気でいられるならそれで十分だろう。
「龍生君」
「あ、井本先輩」
うわあ……。
せめて人違いであってほしかった、あとは……そう、髪が長い人じゃなければよかった。
上地だって髪を伸ばしているのが俺の中じゃ問題だった。
「邪魔をしてしまったかしら」
「いえ、大丈夫ですよ」
彼女はここに残りたいかもしれないから挨拶をして一人だけ離れようとしたら割とすぐのところで袖を掴まれて足を止める。
「あれがこの前に話しかけてきたって先輩?」
「そうだ」
「でも、なんで先輩――大賀先輩がそんな顔をするの?」
気になっていないのか? これはあくまでただ聞きたくて聞いているように見える。
「年上の異性は苦手なんだ、こっちは大慌てなのに向こうは冷静っていうのが微妙でな」
「初対面のときもそうだったの?」
「いや、そのときは普通だったよ」
あ、大事なのは自分と好きな対象だけという考えからかもしれない。
まあ、それはそうだよなと落ち着けた。
「上地が問題ないなら付き合ってほしい」
「え、ごめん、先輩のことはもう嫌じゃないけど告白は受け入れられないよ」
「ベタなアレをありがとう、ただ俺としてはいま付き合ってくれればいいんだ」
「だから、なんてね。いいよ、どうせ辰巳先輩ともいられないからね」
岩佐にだけ奢るというのも偏っている気がしたから彼女にも同じことをしておいた。
彼女は躊躇なくボトルのキャップを開けてからごくごくごくと半分ぐらい飲んでから「美味しい!」と。
「タダだからこその美味しさだよ」
「はは、そうか」
「それよりこれはもしかして……私に気に入られようとしていない?」
「いや違う、あの先輩に話しかけられる前に岩佐にもしたからだな」
ポイント稼ぎをしたいわけじゃないんだ。
「は?」
「ん?」
おっと? いままでニコニコしていたのに途端に冷たい顔になってしまった。
流石にいきなり詰め込みすぎて腹が冷えてしまった可能性も、ないか。
「それ、初耳なんだけど」
「あれ、そうだったか? 先輩の話をしたときに話した気がするが」
「気がしているだけだよ」
でも、あの日の彼女は龍生を探し、見事に見つけて独占することができた。
それは本当のところがどうであれ岩佐が遠慮をしたからだ。
探し回ったのに報酬はなにもなしなんて寂しいだろう。
まあ、俺からのそれじゃ一ポイントにも到達していないかもしれないが。
「馬鹿」
「痛い痛い」
「岩佐さんに関係することならちゃんと教えてよ」
「はは、やっぱり上地は岩佐に興味があるんだな」
す、スルー。
あとはさん付けをするところが可愛かった。
「馬鹿蓮介、離れたりするなよ」
「もう戻ったのか?」
「ああ」
気になる異性と話せて嬉しいっ、みたいな顔どころか最悪だ……みたいな顔をしているのはなんでなのか。
半年ぐらい顔を合わせなくなった理由は? これに関しては教えてくれないな。
結構なんでも吐くタイプなのに珍しい。
「龍生、あの人となにかあったんだろ?」
「半年前に告白して断られたんだ」
「「え」」
「それ、初耳なんだけど」と彼女みたいな反応をしたくなるところだった。
しかも彼から動いたとは……珍しいどころの話じゃない。
「だから俺の中では終わった話なんだ、井本先輩も来なくなって井本先輩にとっても終わった話だと思っていた」
「そうだったのか」
なんで本番が近づいたこのタイミングで動くのか。
彼の周りに上地や岩佐みたいな女子が集まるようになったことで気になったとかか?
「でも、これってチャンスじゃないですか? この大事なところでまた来てくれるなんてありがたいことだと思います」
「チャンス、か」
彼女は大人だな。
結局、彼はそのまま黙ったままで答えを出すことはしなかった。
「なあ先輩」
「ん?」
「最近は岩佐のやつ、こっちを優先してくれているんだけどさ」
「よかったな」
岩佐も彼の話をよくしてくるからこれには感謝だ、偉そうだがこのまま頑張ってもらいたいところだ。
「ただ、それと同時に上地のことも大好きすぎるのもな……」
「結構冷たい態度を取ったりもするのにな」
「そうそう、なのに岩佐はニコニコ笑みを浮かべながら話しかけるんだよ」
人としてでも大好きまでいくかもしれないぐらい魅力的な存在なのかもしれない。
「先輩も上地のこと結構好きだよな」
「ああ、可愛げがある後輩だからな」
「冷たくされて喜ぶとか先輩も岩佐もMなんじゃないか……?」
俺に対してすら出していかなかったあの冷たい声音が気になった。
まあ、いまじゃなんだかんだ言いつつも相手をしているわけだし、あのときはやっぱり気になる存在が近くにいたからだと片付けておこう。
「まあいいや、仲良くなれたのは先輩のおかげみたいなところもあるから菓子ぐらい買わせてくれよ」
「いやそれはしっかり切り替えた結果だと思うぞ」
「いいからいいから、いこうぜ」
そうか、そこまでならありがたく買ってもらうことにしよう。
今日は甘い物が食べたくなったから有名なチョコ菓子にしておいた。
岩佐好き好き男子君にちゃんと礼を言って別れて帰路につく。
「別に怒られるというわけじゃないが」
なんとなく公園のベンチで食べることに。
あれからは急な雨なんかもなくなっていて青空ばかりが広がっている。
龍生はあの先輩を優先して一緒に帰ることも少なくなった、まあこれは二年に入ってからはいつもそんな感じだったから違和感もない。
「だーれだ」
足音は聞こえていたが……。
「上地だな」
「正解」
岩佐と出かけていたはずなのにもう解散にしてしまったのか。
振り返ると「いいことがありました!」みたいににこにこ楽しそうな上地が立っているだけだ。
「あ、そのお菓子ちょうだいっ」
「いいぞ、一緒に食べよう」
この短期間でどう変わったのかを本人に聞いてみようか。
「なあ上地、岩佐に対して――」
「別になにも変わっていないよ」
「でも、どんどん時間が増えて――」
「そう? 全然だと思うけど」
なんでいちいち遮るんだ、なんでいちいち抵抗しようとするのか。
いかな興味がある岩佐といっても本人が拒絶オーラ全開だったらいけないはずなんだ。
でも、いまも言ったように二人でいる時間は増えている、だったら彼女の方も変わっていると考えて普通だと思う。
「なに? 自分が岩佐さんと過ごせなくて寂しいとかそういうの?」
「違う、俺としては二人が仲良くしてくれて嬉しいんだ」
「ふーん、先輩は人のことよりも自分のことに集中するべきだと思うけどね」
菓子は甘いのに彼女は冷たかった。
ただ夏のいまにはいいかもな、少し涼しく感じてくるぐらいだからな。
「龍生の――」
「あの女の先輩がいるから無理でしょ」
え、あ、いまのこれは甘い菓子で喉が渇いたから厚かましくも龍生の家でジュースを貰いたかっただけなんだが……。
「別にいいよ、そもそも上手くいくとも思っていなかったしね」
「待て待て、そうマイナスに考えない方がいい」
「あの時点で終わっていたんだよ」
あの時点……? あ、俺のことを悪く言って怒られた日のことか。
だが、それなら自分からいく頻度を増やしたことが繋がっていない。
「私には格好いい人とかよりも先輩ぐらいの人がお似合いなんだよ」
うぅ……いやそりゃ「俺格好良くね?」みたいに自惚れていたわけじゃないが……いざこうして他人からそう言われると真実がはっきりとしてしまう。
見た目、能力が微妙、それでいて身長だけ無駄に大きい存在……。
「いやごめん……調子に乗った。先輩だからって言っていいことと悪いことがあるよね」
うぐはあ!?
「うっ、胸の辺りが痛い」
「え、大丈夫?」
変に謝られたせいでよりダメージを受けることになってしまった。
ま、まあ……それで少しだけでもスッキリするならいいか。
「残りは全部やるよ」
「食べたくて買ったんでしょ?」
「一つ食べたらもう十分でな、どうせなら上地が食べてくれ」
「じゃ、じゃあ貰うけど」
今日はもう帰ろう。
離れたいのに付いてこられて無駄に終わった、なんてこともなくてすぐに落ち着けたからよかった。
着いたらすぐにご飯を作って、両親が帰ってくるまではソファでのんびり寝転んでおく。
「ただいまー」
「帰ってきたな」
母が早い日、父が早い日、交互に変わるからまあ集中してゆっくり話せるのはいいかもしれない。
「この前の子がいると思ったのに少し残念かな」
「いないよ、それにここにはなにもないから来ないと思う」
「いやいや、蓮が作ってくれたご飯とか、母さんが作ってくれたご飯とかあるじゃないか」
「や、そこまで食い意地張っていないだろ」
「女の子はね、大体は食べることが好きなんだよ。母さんだって学生時代は……ははは、何回も食べ放題のお店なんかに付き合わされたものさ」
でも、太っているわけじゃないからな。
喜々として見せてきた昔の写真でだってほっそりとしていた。
胸が大きいわけでも、身長が大きいわけでもないからそれらのエネルギーはどこにいっているのか。
はっ、まさかお喋り好きでお喋りしているだけで減っていくとかか?
「ただいま!」
「お、帰ってきたね」
母の胃袋はブラックホールなのかもしれなかった。
体を壊さない程度に楽しんでもらいたかった。




