第48話 卓の、組み方
本番の卓は、フリーセン旧議場に、置くことにした。
円卓で、上座がない。かつての、あの更新交渉の卓と、同じ場所だった。かつて、王国とヴェルダンが、面子と実利を、一行ずつ削り合った円卓。そこに今度は、鉄を要る国々と、鉄を持つ一国が、着く。
レオノーラは、席の図を、一人、描いていた。ニコが、灯りを寄せる。
「難しいのは、ヴェルダンの、席っす」ニコが言った。「だって、ほかの国は、蔵を作る側っすよね。ヴェルダンは、その蔵に、鉄を売る側。……敵を、同じ卓に、どう座らせるんすか」
「敵として、座らせません。売り手として、座らせます」
レオノーラは、円卓の一席に、ヴェルダンの名を書いた。ほかの席と、同じ大きさで。
「考えてみてください、ニコ。蔵は、各国の自前の鉄で、床を作ります。けれど、それは、飢えぬための、最低限。本当に良い鉄――丈夫な剣や、長持ちする農具になる鉄は、やはり、カルデンから、買うのです。蔵は、ヴェルダンの、いちばん大きな、買い手になります」
「あっ……蔵が、お得意さんに、なるんすね」
「そうです。今までは、ヴェルダンが、一国ずつに、ばらばらに売っていた。だから、値を吊り上げ、量を絞って、脅せた。けれど、これからは、蔵という、一つの大きな買い手に、まとめて売る。――大口の、安定した、上客です。上客を、脅す商人は、いません」
*
「面子は、立てます」
レオノーラは、席図の、ヴェルダンの名の隣に、一行、書き添えた。
「協定の初めに、こう記します。『カルデンの鉄を、最も優れたる鉄として、鉄蔵の、首席の供給者に迎える』。――カルデンの鉄が、いちばん良いことは、事実です。誰も、否めません。ヴェルダンは、その誉れを、協定に、刻まれる。首席の、供給者として」
「首席……いちばん上の、売り手ってことっすね」
「ええ。ヴェルダンは、いちばん上の売り手です。それは、変わりません。ただ――いちばん上の『主人』ではなく、いちばん上の『売り手』になる。首に嵌める側から、首の要る品を、いちばん高く売る側へ。面子は、むしろ、上がります。脅して従わせるより、乞われて売るほうが、商人の面子は、高いのですから」
「実利は」
「実利は、各国が、取ります。床があるから、飢えない。飢えないから、脅されない。脅されないから、正しい値で、買える。――ヴェルダンは、鞭を失う代わりに、安定した大口を得る。各国は、頸木を外す代わりに、良い鉄を、正しい値で得る。どちらも、失うものより、得るもののほうが、大きい」
(面子は、立てる。実利は、分ける。……セルカの峠と、同じ型。ただ今度は、その面子を立てる相手が、いちばんの好敵手)
*
「ですが、レオノーラさん」ニコが、眉を寄せた。「ファルク、それで、うんって言うんすか。だって、脅せる力を、手放すんすよ。いくら大口が手に入っても、力を失うのは、変わらないっす」
「言わないかもしれません」
レオノーラは、正直に言った。「あの方は、賢い。この卓が、ヴェルダンから鞭を取り上げる卓だと、とうに見抜いています。大口の上客と引き換えでも、力を手放したくないと、突っぱねるかもしれない。――ですから、これは、押しつける案ではありません。選んでいただく、案です」
彼女は、席図に、最後の一行を書いた。それは、ファルク宛ての、短い問いだった。
『宰相ファルクへ。
鉄蔵は、成ります。あなたが座ろうと、座るまいと。四つの国は、もう、床を積み始めました。頸木は、遠からず、緩みます。
問いは、一つ。緩んだ頸木の、その先で、あなたは、鉄を売る相手を、失った商人になるか。それとも、いちばん大きな買い手を得た、首席の供給者になるか。
卓に、席を、一つ、空けておきます。上座では、ありません。ほかのどの席とも、同じ高さの、一席を。
――お会いできることを、楽しみにしております。
アーレンス』
*
文を、ニコに託して、峠へ発たせたあと、レオノーラは、円卓の図を、しばらく、見ていた。
「賭け、っすよね。これ」ニコが、発つ前に、言った。「ファルクが、座らなかったら」
「座らなくても、蔵は、成ります。ヴェルダンは、鞭を失う。ただ――憎まれたまま、失う。恨みの残った力の失い方は、いつか、別の鞭に、変わります。恨みは、次の頸木の、種ですから」
「座れば」
「座れば、憎しみなしに、力の形が、変わるだけ。ヴェルダンは、主人から、上客へ。恨みは、残りません。次の卓も、対等のまま、続きます。――どちらが、あの方にとって、長く得か。あの方なら、分かるはずです」
(あの人は、目先の力より、長い得を、選べる人。……選べる人だと、私は、賭けている)
三日後、峠から、返書が届いた。装飾のない、痩せた紋。ニコが、それを、そっと卓に置いた。文面は、ファルクらしく、短かった。たった、二行だった。
『席を、空けておけ。上座でなくて、結構だ。
――ただし、手ぶらでは、行かぬ。最後に、一つ、卓へ載せる。それを崩せたら、貴公の勝ちだ。ファルク』
レオノーラは、それを読んで、ごく静かに、内心で応じた。
(来ますね。……最後の、一手を持って。それでこそ、卓を挟む甲斐が、あるというもの)
お読みくださり、ありがとうございます。
本番の卓の設計です。難題は「敵ヴェルダンを、どう同じ卓に座らせるか」。レオノーラの答えは――敵としてではなく、「首席の供給者」として。蔵は、ヴェルダンのいちばん大きな上客になる。首に嵌める側から、首の要る品を最も高く売る側へ。面子は立て(首席供給者の誉れ)、実利は分ける(各国の床)。セルカ峠と同じ型を、今度は最強の好敵手に。
そしてファルクの返書は二行。「席を空けておけ。ただし手ぶらでは行かぬ」。最後に卓へ載せる一手を崩せたら、レオノーラの勝ち。次回、いよいよ本番――好敵手の、最後の一手です。ブックマーク・評価、心の支えです。




