表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
99/187

記録室を名乗る男 3

 男の馬車が村を出るまで、誰も声を出さなかった。

 車輪の音が遠ざかり、灰色の道に消えていく。

 その後で、ミラはすぐにエリオットを見た。

「痛みは?」

「三。今ので少し四に近い」

「熱は?」

「上がった」

「座ってください」

「ああ」

 エリオットは素直に従った。

 村長が青ざめた顔で近づいてくる。

「すみません。守りきれず」

「いいえ。十分です」

 ミラは言った。

「倉庫には近づかせませんでした」

「でも、あの男は何か気づいていましたね」

「はい」

 エリオットは椅子に座りながら、低く言った。

「戻ってくるかもしれない」

「あるいは、報告を送る」

 ミラの声も硬かった。

 グレイル村は、もう隠れた場所ではない。

 ガレス側の手も、ここまで届いた。

    

 その夕方、ミラはネロの様子を確認しに行った。

 ネロは倉庫の隅で膝を抱えていた。

 顔色は悪い。右手首の黒い輪は、昼より濃く見える。

 ミラが反応針を近づけると、針先は黒変した。

「また反応しています」

 ネロは掠れた声で言った。

「外部の奴が来たんだろ」

 ミラは目を上げた。

「見たんですか?」

「見てねえ。でも、分かる。空気が変わった」

 エリオットが入口で黙って聞いている。

 ネロは震える息を吐いた。

「あの雰囲気は先生の手のものじゃねぇ。まずいぞ。あんたら、先生だけじゃなく別の連中にも見つかった」

「別の連中?」

 ミラが尋ねると、ネロはうつむいた。

 黒い輪が脈打つ。

「俺らは、王都の偉い連中の名前なんか知らねぇけど、たまにいたんだ。黒い荷を運ぶ時、騎士団の印がついた書類を持ってくる奴らが。今日来たのは騎士団の仲間のほうなんじゃないのか?」

 エリオットの顔が険しくなる。

「騎士団が関わっているのか」

「俺は知らねえ。俺は、運ぶだけだ。ただ……」

 ネロは顔を歪めた。

「先生の連中と、騎士団の連中は、同じものを欲しがってるわけじゃねえ。なのに、同じ荷を使ってる」

 ミラは息を詰めた。

 敵は一枚岩ではない。

 でも、同じ黒いものを共有している。

 騎士団側と、ネロを動かす黒い系統。

 別々の目的で、同じ禁術に手を伸ばしている。

 ネロは震える声で続けた。

「さっき来たやつが騎士団の奴なら、早く逃げた方がいい。先生は見て楽しむ。でも、騎士団の連中は違う」

「何をするんですか」

「邪魔なら、消す」

 倉庫の中が冷えた。

 エリオットは拳を握った。

 左手だけで。

「ミラ」

「はい」

「救援が来るまで、村の守り方を変える」

 ミラは頷いた。

「診療区域、倉庫、封印箱。この三つを分けて守ります」

「俺は入口側にいる。だが、もしあの男が戻ってきたら、俺一人では止めきれない」

「村長さんにも協力してもらいます。村人を巻き込まない形で」

「それと」

 エリオットは少しだけためらった。

「俺が出る場面を減らす。相手は俺の状態を測りに来ている。姿を見せるほど情報を与える」

「はい」

 それは、彼にとって苦い判断だっただろう。

 それでも、正しい。

 ミラは静かに言った。

「私も前に出すぎないようにします」

 エリオットは彼女を見た。

「頼む」

「……はい」

   

 夜、グレイル村の家々はいつもより厳重に戸を閉めた。

 村長は見張りを増やした。

 ただし武装ではない。手に持つのは灯りと鐘。何かあれば村全体へ知らせるためだ。

 ミラは診療道具を一箇所にまとめ、封印箱を白石粉の輪の内側へ置いた。

 父の反応針は二本。

 一つは封印箱のそば。

 一つは窓辺。

 エリオットは入口側の椅子に座っていた。

 右腕には湿布。

 左手には杖。

 疲れているはずなのに、眠る気配はない。

「少し休んでください」

 ミラが言うと、エリオットは静かに首を振った。

「今夜は無理だ」

「それでは腕が」

「分かっている。だから、座っているだけにする」

 ミラは言い返そうとしたが、やめた。

 自分も眠れる気がしなかった。

 机の上の帳面を開き、今日の記録を書く。

 ――騎士団記録室を名乗る男が来訪。エリオットさんの状態、治療師の治療内容を探る。正式文書なし。倉庫へ接近しようとするも阻止。

 ――エリオットさん、短時間対応。右腕痛み三から四未満。熱上昇。

 ――ネロ証言。禁術派と思われる「先生」の連中と、騎士団側は目的が異なるが、黒い荷を共有している可能性。

 ――騎士団側、禁術派、二方向の追跡を想定。救援到着まで警戒強化。

 書き終えた時、外で風が鳴った。

 坑道の方からではない。

 村の入口の方から。

 エリオットが顔を上げた。

「馬車ではない」

「人ですか」

「分からない。だが、何かが動いている」

 窓辺の反応針は、まだ澄んでいる。

 黒い気配ではない。

 だが、安心できるものでもなかった。

 遠くで、見張りの鐘が一度だけ鳴った。

 カン、と乾いた音が夜に響く。

 ミラとエリオットは、同時に立ち上がった。

 救援はまだ来ない。

 追っ手はもう、村を知っている。

 グレイル村の夜は、また新しい緊張を孕んで始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ