記録室を名乗る男 1
トマとニルがグレイル村へ戻ってきたのは、昼前だった。
炭焼きの荷馬車に紛れ、表向きは薬草と布の補充。だが荷の底には、リンドルの魔道具屋からの封印札、白石粉、隔離布、簡易反応針、そしてミラへの短い警告文が隠されていた。
ミラは、荷を受け取るなり空き家の奥で包みを開いた。
白石粉。
封印札。
薬草。
浄化布。
反応針。
どれも今のグレイル村には必要なものだった。
けれど、ミラの手が止まったのは、包みの底から出てきた一枚の紙だった。
――騎士団記録室を名乗る者が来訪。右腕の男と治療師を探る。グレイル方面は知られている可能性高。
――王都への報告は別経路で送る。リンドル経由の便は今後監視される恐れあり。
――坑道に入るな。救援が来るまで持ちこたえろ。
読み終えた瞬間、部屋の空気が少し重くなった。
エリオットは、黙ってその紙を見ていた。
右腕は改良帯で固定されている。今日の痛みは三。熱も残っている。まだ人前で長く立つには負担が大きい。
それでも、その目は静かだった。
「リンドルに騎士団記録室の男が?俺の右腕を探りに?」
「はい、おそらくは」
「なら、ここへ来るのも時間の問題だな」
ミラは唇を引き結んだ。
「村長さんに伝えます。ネロさんの隔離場所も、知られないようにしないと」
「知られるとまずい」
「はい。ネロさんは騎士団とは関係のない下働きだと思います。でも、騎士団記録室を名乗る男が接触したなら、敵同士がここで繋がる可能性があります。あくまで可能性の話ですが」
「接触させないに越したことはない」
「それに、ネロさん自身も危険です」
エリオットは小さく頷いた。
「黒い輪がある。刺激されれば死ぬかもしれない」
ミラは警告文を畳み、帳面に挟んだ。
「今日は患者さんの治療を縮小します。村の出入りを確認して、診療区域には外部の人を入れません」
「俺は?」
エリオットが尋ねた。
ミラは一瞬迷った。
本当なら、出てほしくない。
右腕は限界に近い。余計な緊張を受ければ、また護符が反応するかもしれない。
だが、相手の目的がエリオットなら、完全に隠し通すのも難しい。
「基本は出ないでください」
ミラは言った。
「でも、村に圧力をかけられた場合は、短時間だけ。回復しているようには見せない。右腕は絶対に動かさない。会話も必要最低限」
「分かった」
「それから、私が前に出すぎたら止めてください」
エリオットが少し目を瞬いた。
「君がそれを言うのか」
「……無茶をしそうな自覚はあります」
「なら止める」
その返事は、ひどく真面目だった。
ミラは小さく頷いた。
「お願いします」
村長に警告を伝えると、彼の顔色は目に見えて悪くなった。
「騎士団が来るかもしれない、と」
「騎士団そのものかどうかは分かりません。ですが、エリオットさんと私のことを探っています」
「ネロのことは」
「絶対に話さないでください。あの人は黒熱症状の隔離患者、という扱いでお願いします」
村長は真剣に頷いた。
「分かりました。倉庫の周りには村の者を置きます。外の人間は近づけません」
「それと、診療区域にも入れないでください」
「はい」
エリオットが静かに付け加えた。
「相手は権威を使うかもしれません。正式な文書がない限り、患者情報を渡す必要はありません」
村長は少し驚いたようにエリオットを見た。
元騎士の言葉には重みがある。
「分かりました」
「もし強引に動こうとしたら、村人を集めてください。一人で対応しないことです」
「はい」
村長は深く息を吸った。
「この村は、あなたたちに助けられています。できる限り守ります」
ミラは胸が熱くなった。
全部を抱えなくていい。
その意味を、少しずつ分かり始めていた。




