救援を呼ぶ手紙 3
村長に事情を説明すると、彼はすぐに使いを出すと言った。
「リンドルまでなら、山道に慣れた者がいます。咳もなく、足の速い若い者を出しましょう」
「一人では危険です」
エリオットが言う。
村長は頷いた。
「二人組で行かせます。片方は途中まで。もう片方がリンドルへ」
「荷を持っていると分からないようにしてください」
ミラは手紙を布袋に入れた。
外から見れば、ただの薬草注文書に見えるよう、上に薬草の一覧を書いた紙を入れる。
さらに、リンドルの薬種屋と魔道具屋へ向けた簡単な依頼書も用意した。
――咳症状多数。薬草、白石粉、布、封印札、追加希望。
――詳細は魔道具店主へ。
表向きには、鉱山粉塵による症状への支援依頼。
黒い核やネロのことは、封の内側だけ。
村長は受け取ると、真剣な顔で言った。
「必ず届けさせます」
「お願いします」
ミラが頭を下げると、村長は慌てた。
「頭を下げるのはこちらです。村のためにここまでしていただいて」
ミラは首を横に振った。
「私たちだけでは足りません。だから、村にも協力してもらっています」
「それでも、あなたが来てくれなければ、私たちは何が起きているのかも分からなかった」
その言葉に、ミラは少しだけ胸が熱くなった。
全部はできない。
それでも、来た意味はあったのだと思えた。
昼過ぎ、二人の若者がリンドルへ向けて村を出た。
一人は炭焼きの青年。
もう一人は石切り職人の息子で、鉱山道に詳しい。
口元に布を巻き、荷物は少なく、手紙は炭袋の底に隠した。
エリオットは村の入口で二人を見送った。
「道中、黒い粉のある場所には近づかないでください。泉の岩陰には残っている可能性があります」
「分かりました」
「誰かに中身を聞かれても、薬草の注文だと言ってください」
「はい」
「怪しい者に後をつけられたら、リンドルの町へ入る前に人通りの多い道へ出ること」
エリオットの指示は元騎士らしい具体的ものだった。
若者たちは緊張しながらも頷いた。
ミラは二人に薬草茶の包みを渡した。
「咳が出た人がいたら、これを飲ませてください。でも、無理に治療しようとしないで。とにかく届けることを優先してください」
「分かりました」
二人は出発した。
灰色の道を、小さな背中が遠ざかっていく。
ミラは胸元のペンダントを握った。
どうか、無事に届くように。
その日の午後、ミラは治療の数をさらに絞った。
重症者二名。
ネロの容体確認。
軽症者の薬草指導。
エリオットの感知は一回だけ。
それでも、右腕の痛みは三から下がらなかった。
彼は不満を言わなかった。
ただ、時折窓の外を見る。
坑道の方ではなく、村を出ていった若者たちの道の方を。
「心配ですか」
ミラが尋ねると、エリオットは頷いた。
「ああ」
「私もです」
「追っ手がいるかもしれない」
「はい」
「だが、出さなければ助けは来ない」
「はい」
二人はそれ以上言わなかった。
何かを選ぶということは、別の危険を受け入れることでもある。
今、できる最善を選んだ。
それでも、不安が消えるわけではない。
夕暮れ近く、ネロの黒い輪がまた反応した。
ミラが倉庫へ向かうと、ネロは青ざめた顔で右手首を押さえていた。
「何かありましたか」
「……鳥が」
「鳥?」
「戻らねえ」
ネロは荒い息をしながら言った。
「昨日、報告を飛ばした。いつもなら、次の指示が戻る。なのに、戻らねえ」
ミラとエリオットは顔を見合わせた。
「それは、良いことでは?」
ミラが尋ねると、ネロは首を振った。
「違う。戻らねえ時は、盤が直接見る」
エリオットの目が鋭くなる。
「前に言っていたな。黒い盤に印が出ると荷を動かす、だったか。その盤を操作している者がいるんだな」
ネロの黒い輪が脈打つ。
ミラはすぐに白花の光を弱く流した。
「答えなくていいです」
ネロは歯を食いしばった。
「……あんたら、急いだ方がいい。先生は、面白がると遅い。けど、飽きると早い」
「何を?」
エリオットが問う。
ネロは震える声で言った。
「片づけるのが」
その瞬間、黒い輪が強く締まった。
ネロは咳き込み、黒い靄を吐いた。
ミラはすぐに浄化布を当てる。
「これ以上は駄目です!」
エリオットは歯を食いしばった。
右腕の護符が熱を持つ。
だが、彼は動かなかった。
今は断てない。
それを、彼は分かっている。
夜。
グレイル村の家々は、いつもより早く戸を閉めた。
坑道へ向かう道には、村人が交代で見張りを立てている。
空き家の窓辺には反応針。
封印箱は補強輪と隔離布、携行袋で包み、白石粉の輪の中へ置いた。
ミラは記録帳を閉じた。
救援要請は出した。
村の対策も進めている。
患者の治療は続いている。
それでも、胸の奥の不安は消えない。
エリオットは入口側に座り、静かに杖を握っていた。
「エリオットさん」
「何だ」
「救援を呼んだこと、間違っていませんよね」
「間違っていない」
即答だった。
「君は村を見捨てていない。むしろ、見捨てないために呼んだ」
ミラはその言葉を、ゆっくり噛みしめた。
「はい」
「それに」
エリオットは少しだけ視線を落とす。
「俺も、助けを待つ側になることを覚えなければならない」
「エリオットさん」
「騎士だった頃は、助けに行く側だと思っていた。負傷してからは、助けられるだけの自分が嫌だった。だが今は……」
彼は右腕を見た。
「助けを呼ぶことも、誰かを守る手段なんだと少し分かった」
ミラは何も言えなかった。
その言葉は、エリオット自身の回復の一部だった。
剣を握る前に。
腕が治る前に。
彼は少しずつ、守るということの形を取り戻している。
ミラは静かに言った。
「記録してもいいですか」
エリオットは小さく息を吐いた。
「好きにしろ」
「はい」
その時、窓辺の反応針が、ほんのわずかに黒く染まった。
二人の表情が同時に引き締まる。
外の風が、急に冷たくなった。
遠く、坑道の方で何かが軋むような音がした。
救援を呼んだ。
けれど、それが届くまで、まだ時間がかかる。
グレイル村の夜は、また始まったばかりだった。




