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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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救援を呼ぶ手紙 3

 村長に事情を説明すると、彼はすぐに使いを出すと言った。

「リンドルまでなら、山道に慣れた者がいます。咳もなく、足の速い若い者を出しましょう」

「一人では危険です」

 エリオットが言う。

 村長は頷いた。

「二人組で行かせます。片方は途中まで。もう片方がリンドルへ」

「荷を持っていると分からないようにしてください」

 ミラは手紙を布袋に入れた。

 外から見れば、ただの薬草注文書に見えるよう、上に薬草の一覧を書いた紙を入れる。

 さらに、リンドルの薬種屋と魔道具屋へ向けた簡単な依頼書も用意した。

 ――咳症状多数。薬草、白石粉、布、封印札、追加希望。

 ――詳細は魔道具店主へ。

 表向きには、鉱山粉塵による症状への支援依頼。

 黒い核やネロのことは、封の内側だけ。

 村長は受け取ると、真剣な顔で言った。

「必ず届けさせます」

「お願いします」

 ミラが頭を下げると、村長は慌てた。

「頭を下げるのはこちらです。村のためにここまでしていただいて」

 ミラは首を横に振った。

「私たちだけでは足りません。だから、村にも協力してもらっています」

「それでも、あなたが来てくれなければ、私たちは何が起きているのかも分からなかった」

 その言葉に、ミラは少しだけ胸が熱くなった。

 全部はできない。

 それでも、来た意味はあったのだと思えた。

   

 昼過ぎ、二人の若者がリンドルへ向けて村を出た。

 一人は炭焼きの青年。

 もう一人は石切り職人の息子で、鉱山道に詳しい。

 口元に布を巻き、荷物は少なく、手紙は炭袋の底に隠した。

 エリオットは村の入口で二人を見送った。

「道中、黒い粉のある場所には近づかないでください。泉の岩陰には残っている可能性があります」

「分かりました」

「誰かに中身を聞かれても、薬草の注文だと言ってください」

「はい」

「怪しい者に後をつけられたら、リンドルの町へ入る前に人通りの多い道へ出ること」

 エリオットの指示は元騎士らしい具体的ものだった。

 若者たちは緊張しながらも頷いた。

 ミラは二人に薬草茶の包みを渡した。

「咳が出た人がいたら、これを飲ませてください。でも、無理に治療しようとしないで。とにかく届けることを優先してください」

「分かりました」

 二人は出発した。

 灰色の道を、小さな背中が遠ざかっていく。

 ミラは胸元のペンダントを握った。

 どうか、無事に届くように。

    

 その日の午後、ミラは治療の数をさらに絞った。

 重症者二名。

 ネロの容体確認。

 軽症者の薬草指導。

 エリオットの感知は一回だけ。

 それでも、右腕の痛みは三から下がらなかった。

 彼は不満を言わなかった。

 ただ、時折窓の外を見る。

 坑道の方ではなく、村を出ていった若者たちの道の方を。

「心配ですか」

 ミラが尋ねると、エリオットは頷いた。

「ああ」

「私もです」

「追っ手がいるかもしれない」

「はい」

「だが、出さなければ助けは来ない」

「はい」

 二人はそれ以上言わなかった。

 何かを選ぶということは、別の危険を受け入れることでもある。

 今、できる最善を選んだ。

 それでも、不安が消えるわけではない。

    

 夕暮れ近く、ネロの黒い輪がまた反応した。

 ミラが倉庫へ向かうと、ネロは青ざめた顔で右手首を押さえていた。

「何かありましたか」

「……鳥が」

「鳥?」

「戻らねえ」

 ネロは荒い息をしながら言った。

「昨日、報告を飛ばした。いつもなら、次の指示が戻る。なのに、戻らねえ」

 ミラとエリオットは顔を見合わせた。

「それは、良いことでは?」

 ミラが尋ねると、ネロは首を振った。

「違う。戻らねえ時は、盤が直接見る」

 エリオットの目が鋭くなる。

「前に言っていたな。黒い盤に印が出ると荷を動かす、だったか。その盤を操作している者がいるんだな」

 ネロの黒い輪が脈打つ。

 ミラはすぐに白花の光を弱く流した。

「答えなくていいです」

 ネロは歯を食いしばった。

「……あんたら、急いだ方がいい。先生は、面白がると遅い。けど、飽きると早い」

「何を?」

 エリオットが問う。

 ネロは震える声で言った。

「片づけるのが」

 その瞬間、黒い輪が強く締まった。

 ネロは咳き込み、黒い靄を吐いた。

 ミラはすぐに浄化布を当てる。

「これ以上は駄目です!」

 エリオットは歯を食いしばった。

 右腕の護符が熱を持つ。

 だが、彼は動かなかった。

 今は断てない。

 それを、彼は分かっている。

    

 夜。

 グレイル村の家々は、いつもより早く戸を閉めた。

 坑道へ向かう道には、村人が交代で見張りを立てている。

 空き家の窓辺には反応針。

 封印箱は補強輪と隔離布、携行袋で包み、白石粉の輪の中へ置いた。

 ミラは記録帳を閉じた。

 救援要請は出した。

 村の対策も進めている。

 患者の治療は続いている。

 それでも、胸の奥の不安は消えない。

 エリオットは入口側に座り、静かに杖を握っていた。

「エリオットさん」

「何だ」

「救援を呼んだこと、間違っていませんよね」

「間違っていない」

 即答だった。

「君は村を見捨てていない。むしろ、見捨てないために呼んだ」

 ミラはその言葉を、ゆっくり噛みしめた。

「はい」

「それに」

 エリオットは少しだけ視線を落とす。

「俺も、助けを待つ側になることを覚えなければならない」

「エリオットさん」

「騎士だった頃は、助けに行く側だと思っていた。負傷してからは、助けられるだけの自分が嫌だった。だが今は……」

 彼は右腕を見た。

「助けを呼ぶことも、誰かを守る手段なんだと少し分かった」

 ミラは何も言えなかった。

 その言葉は、エリオット自身の回復の一部だった。

 剣を握る前に。

 腕が治る前に。

 彼は少しずつ、守るということの形を取り戻している。

 ミラは静かに言った。

「記録してもいいですか」

 エリオットは小さく息を吐いた。

「好きにしろ」

「はい」

 その時、窓辺の反応針が、ほんのわずかに黒く染まった。

 二人の表情が同時に引き締まる。

 外の風が、急に冷たくなった。

 遠く、坑道の方で何かが軋むような音がした。

 救援を呼んだ。

 けれど、それが届くまで、まだ時間がかかる。

 グレイル村の夜は、また始まったばかりだった。

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