救援を呼ぶ手紙 2
ミラは机に便箋を広げた。
宛先は、リンドル魔道具店経由、オリヴァー・コックス工房。
表向きは、旅先からの症例報告と追加物資の相談。
だが中身は、グレイル村の危機を伝える救援要請だった。
ミラはまず、父とライヘルに向けて書き出した。
――父さんへ。兄さんにも必ず読ませてください。
――グレイル村にて、黒熱症状多数を確認。標本Aおよび標本Bと同系統と思われる反応あり。患者の体内には黒棘状の反応が複数見られます。坑道跡から風または地中を通じて症状原因が流入している可能性が高いです。
筆を止め、少し考える。
どこまで書くか。
敵に読まれた場合、危険になる情報。
味方に伝わらないと、救援が遅れる情報。
その境目を選ばなければならない。
エリオットが低く言った。
「坑道の箱のことは、符号で」
「はい」
ミラは頷き、書き換えた。
――原因地には、箱型の触媒源が残存している可能性あり。現地装備では除去不可。内部調査は危険につき実施していません。
続けて、村の状況を書く。
――現在の対応。
――重症者のみ直接治療。軽症者は薬草、蒸気薬、休息、粉塵遮断で管理。坑道立入禁止。作業着・靴の洗浄手順を村へ指導。坑道入口付近に風除け設置。
――反応針は常時薄曇り。患者治療時、黒変あり。昨夜、床下より黒靄侵入。白花、白石粉、隔離布にて後退させました。
エリオットの右腕についても書く。
――患者Eは瘴気位置感知が可能。ただし感知のたび右腕に強い熱と痛み。現在、感知回数を一日三回以下に制限。白刃状光の発現衝動あり。現状では断つ行為は危険。
ミラはそこで筆を止めた。
エリオットが、自分のことを記録されることに抵抗を示さない。
それどころか、横から言った。
「昨日の痛み四も書け」
「はい」
「黒い輪を見た時、右手が動きかけたことも」
「……はい」
「隠すな。必要な情報だ」
ミラは頷いた。
必要な情報。
それは確かにそうだった。
エリオットの腕を守るためにも、治すためにも、何が起きたかを正確に伝えなければならない。
彼はもう、自分の傷を隠そうとしていない。
ミラはその変化を、胸の奥で静かに受け止めた。
次に、ネロについて書いた。
――リンドルから当方を追跡していたと思われる男を保護。名はネロ。黒幌荷馬車の運搬に関与。右手首に黒輪状の術式痕あり。逃亡防止および発言封じの可能性。
――発言時、喉と胸部に瘴気が侵入し呼吸阻害。黒輪本体は除去不可。応急処置のみ。
――証言断片:「黒幌」「箱を坑道へ」「王都」「黒い盤」「先生」。詳細聴取は危険。
エリオットが低く言った。
「ネロをどうするかも聞いた方がいい」
「そうですね」
ミラは追記する。
――ネロは敵側の下働きと思われますが、同時に黒輪術式の被害者でもあります。現地では隔離保護中。信用不可、ただし情報源として重要。移送・保護方法について助言を求めます。
書き終えると、ミラは大きく息を吐いた。
これだけでも十分に危険な手紙だ。
だから、次は救援内容を明確にする。
――至急必要なもの。
――白石粉、封印札、隔離布、反応針の追加、簡易換気具、坑道入口を封じるための安全な封印具。
――可能であれば、信頼できる封印術者、瘴気治療に詳しい者、工房系の魔道具技術者の支援を求めます。
――ただし、王都の通常機関への通報は慎重に。騎士団、魔術院、治療院に敵側の目がある可能性あり。
最後の一文は、かなり直接的だった。
ミラは迷った。
だが、消さなかった。
これをぼかしすぎれば、父やライヘルが危険な経路を使うかもしれない。
危険は伝えなければならない。
手紙の最後に、ミラは自分の言葉を書いた。
――私たちだけでは完全対処できません。救援が必要です。
――ですが、救援が来るまで、村の悪化を止める努力を続けます。
――父さん、兄さん。どうか、力を貸してください。
筆を置いた時、指が少し震えていた。
助けてください。
そう書くのが、こんなに難しいとは思わなかった。
エリオットが静かに言った。
「よく書いた」
ミラは顔を上げた。
「治療師さんに褒められた気分です」
「君がいつも俺に言うだろう」
「そうですね」
「助けを求めることも、できることの一つだ」
ミラは少し笑った。
「それも記録します」
「書け」
今度は、エリオットも止めなかった。
エリオットは、別紙に短い文を書いた。
右手ではなく、左手で。
文字は少しぎこちない。
だが、丁寧だった。
――ユアン・クロフォード、または信頼できる者へ。
――エリオット・バーンスタンです。
――右腕は完全には戻っていません。しかし、瘴気に対する感知反応があります。黒い触媒と、二年前の負傷に関係がある可能性を強く感じています。
――グレイル村の件は、ただの病ではありません。坑道奥に人為的なものがあります。
――騎士団の正式経路は使わないでください。
――父母への接触があったなら、これ以上近づけないでほしい。あの人たちは何も知りません。
――必要なら、私は証言します。だが今は、ミラと村人を守るため、ここに残ります。
書き終えると、エリオットは一度目を閉じた。
左手で書いた文字は、騎士団時代の報告書とは比べ物にならないほど拙い。
けれど、ミラにはその文字が、とても強く見えた。
「ユアンさんは騎士団の方ですか?」
「そうだ。騎士団の同期だった。口も堅く信頼できる。彼ならこの手紙を悪いようには使わない」
「エリオットさん」
「何だ」
「この手紙、きっと届きます」
「そうだといい」
「届かせます」
ミラは彼の手紙を、自分の報告と一緒に重ねた。
封をする前に、少しだけ考え、父の工房印を模した小さな記号を書き添える。
リンドルの魔道具屋なら、きっと分かる。
この手紙は、普通便で扱ってはいけない。




