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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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父から届いた針 3

 父から届いた道具は、すぐに役立った。

 まず、ミラは反応針を封印箱のそばに置いた。

 針先は、しばらく銀色のままだった。

 しかし、箱を包んでいた白花の布を少し開き、補強輪を取り付けようとした瞬間、針先がうっすら曇った。

「第一段階……薄曇り」

 ミラは父の説明書を確認する。

「観察継続。封印補強を推奨」

「昨日の夜と同じくらいか」

「たぶん。見た目で判断するよりずっと分かりやすいです」

 ミラは補強輪を封印箱の外側へ巻いた。

 鉛銀の輪が箱を締め、内側の白石が淡く光る。

 針先の曇りが、少し薄くなった。

「効いています」

 ミラの声に、安堵が混じった。

 エリオットも息を吐く。

「君の父親はすごいな」

「はい」

「頼りになる」

「はい」

 今度は、胸を張って答えられた。

 ミラはさらに封印箱を隔離布で包み、携行袋へ入れた。これで外から見れば、ただの旅道具にしか見えない。

 封印箱の反応は、完全には消えない。

 だが、明らかに落ち着いた。

「これなら、昨夜よりは安全です」

「万能ではない」

「はい。でも、時間を稼げます」

「それが大きい」

 エリオットは真剣に言った。

 その表情は、父の道具に救われた患者のものでもあり、危険物を抱える旅の同行者のものでもあった。

   

 午前の治療は、昨日より慎重に行われた。

 父の反応針を部屋の隅に置き、窓を開け、作業着を外で払わせ、患者を一人ずつ入れる。

 針先が薄く曇る患者は、黒い棘が浅い。

 針が少し黒ずむ患者は、棘が複数ある。

 ミラはそれを目安に治療の優先順位を決めた。

 エリオットも、昨日より短い言葉で位置を告げるようにした。

「右背中。浅い」

「喉。絡んでいる」

「胸じゃない。肩の後ろ」

 必要なことだけ。

 長く見すぎない。

 右腕の反応を強めすぎない。

 ミラも、一度に抜き切ろうとしない。

 患者たちの呼吸は、少しずつ楽になっていった。

 反応針のおかげで、部屋の空気の悪化も早めに分かるようになった。

 針先が薄く曇れば窓を開け直す。

 白石粉を撒き直す。

 浄化布を交換する。

 父の道具は、まるで遠くからミラの手元を支えてくれているようだった。

「父さんがいたら、ここにもう一つ換気用の小型魔道具を作ると思います」

 休憩中、ミラがぽつりと言うと、エリオットは真面目に答えた。

「いつか作ってもらおう」

「はい」

「俺の腕の固定具も」

「絶対に細かく改良されます」

「それは少し怖いな」

「父は容赦なく使いやすくします」

「使いやすいならいい」

 短い会話の中に、未来の話が混じった。

 王都へ戻るかもしれない未来。

 父に会うかもしれない未来。

 エリオットの腕のために、道具を作ってもらう未来。

 まだ遠い。

 けれど、消えてはいない。

   

 昼前、村長が顔を出した。

「治療師さん。坑道へ行かずに、入口周辺の粉だけでも確認したいという者がいます」

 ミラはすぐに首を横に振った。

「今日は駄目です。昨夜、黒い気配が村まで伸びました。坑道側がこちらに反応しています」

 村長の顔が強張る。

「こちらに、ですか」

「はい。原因を調べる必要はありますが、今は患者さんの治療と、村への流入を防ぐことが先です」

 エリオットも静かに言った。

「坑道へ入るのは危険です。少なくとも、今の人数と装備では」

 元騎士の声に、村長は頷いた。

「分かりました。村の者には近づかないよう、もう一度言います」

「お願いします」

 村長が出ていった後、エリオットは窓の外を見た。

 遠くの坑道跡が見える。

 黒い口を開けたまま、何事もないように沈黙している。

「見られている気がする」

 彼が低く言った。

 ミラは反応針を見た。

 針先は、ほんのわずかに曇っている。

「坑道からですか」

「坑道からも。だが、それだけじゃない」

 ミラの胸が冷える。

「昨日の男ですか」

「たぶん」

 エリオットは窓辺から少し離れた。

「今日は見えない。だが、村の外にいる気配がある」

「村長に伝えます」

「ああ。ただ、騒ぎにしすぎるな。相手が逃げるだけならいいが、村人を盾にされると困る」

「分かりました」

 ミラは帳面に書き込んだ。

 ――不審者の監視継続の可能性。村長へ控えめに警戒依頼。患者優先。坑道調査は延期。

    

 その頃、村の外れの炭焼き小屋では、リンドルから来た男が舌打ちしていた。

 昨夜飛ばした伝書鳥は、すでに中継地へ向かったはずだ。

 だが、今朝から村の様子が変わった。

 治療場所に入る者を絞っている。

 入口で衣服と靴を確認している。

 窓を開け、粉を外へ出している。

 何か細い針のような道具を使っている。

「道具が増えたな」

 男は呟いた。

 誰かが、あの治療師に助けを送った。

 ただの旅治療師ではない。

 右腕の男も、ただの護衛ではない。

 男は薄く笑った。

「こりゃ、ますます報告の価値がある」

 彼は村を見下ろす。

 だが、その足元の地面から、黒い靄がほんの少し滲んでいることに気づかなかった。

 坑道の奥で目を覚ましたものは、ミラたちだけを見ているわけではなかった。

 触れた者。

 近づいた者。

 それを運んだ者。

 すべてを、ゆっくりと探り始めていた。

 男は肩を震わせた。

「……寒いな」

 そう呟き、外套をかき寄せる。

 灰色の風が、坑道の方から吹いていた。

 その風の中に、黒いものが薄く混じっていることを、彼はまだ知らない。

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