表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
PR
82/195

風上の診療所 4

 夕方、ミラは村長の家で簡単な説明をした。

 患者たちは全員、坑道付近の作業歴があること。

 作業着と靴に黒い粉が付着している者が多いこと。

 坑道の入口には誰も近づけないこと。

 風向きが変わる日は、窓を閉め、布で口元を覆うこと。

 そして、明日以降も治療を続けるが、原因地へ無理に入るつもりはないこと。

「坑道の中を調べないのですか」

 村長が不安そうに尋ねた。

 ミラは首を横に振った。

「今の私たちだけでは危険です。入口周辺の確認は必要ですが、中へ入るのは準備が足りません」

「でも、原因が中にあるなら」

「だからこそ、無理に入ってはいけません。私たちが倒れたら、治療できる人がいなくなります」

 エリオットが静かに頷いた。

「その通りです」

 元騎士の声には、村長を落ち着かせる力があった。

 村長はしばらく黙り、やがて頷いた。

「分かりました。坑道へは誰も近づけません」

「お願いします」

    

 その夜、ミラとエリオットは村長が用意してくれた空き家に入った。

 前の村やリンドルの宿と同じように、部屋は分けられている。

 ただし、今回は診療道具と封印箱を置く部屋を中央にし、ミラは奥、エリオットは入口側の部屋を使うことになった。

 エリオットが自分からそう申し出た。

「何かあれば、先に気づける位置にいた方がいい」

「エリオットさんも患者です」

「分かっている。だが、入口側に寝るだけなら右腕は使わない」

 ミラは少し考え、頷いた。

「では、痛みが強くなったら必ず呼んでください」

「ああ」

 その前に、もちろん診察だった。

「痛みは?」

「三。動かすと四に近い」

「熱は肘まで。今日はかなり負担がかかっています」

「見るだけでも負担になるんだな」

「はい。おそらく、瘴気を感じ取る時に右腕の魔力路も反応しています」

「断たなくても?」

「断とうとする準備をしてしまうのかもしれません」

 エリオットは右腕を見下ろした。

「厄介だな」

「でも、位置を教えてくれたおかげで患者さんたちは楽になりました」

「俺は、見ていただけだ」

「見つけることが必要でした」

 ミラは迷わず言った。

 エリオットは目を伏せた。

「……そうか」

「はい」

 ミラは湿布を当て、改良帯を少し緩めた。

「今日はこれ以上、黒い気配を見ないでください」

「見ないで済むならな」

「努力してください」

「努力する」

 短く答えたあと、エリオットはふと思い出したように言った。

「村の端にいた男」

 ミラの手が止まる。

「リンドルで感じた視線と同じ、と言っていましたね」

「ああ。あの男は、俺たちを見ていた」

「追ってきたのでしょうか」

「おそらく」

「目的は?」

「分からない。だが、襲うつもりなら今日の混乱で動けた。そうしなかった」

「見ていた?」

「たぶん」

 ミラは封印箱へ視線を向けた。

「私たちが何をするかを」

「そう思う」

 部屋の空気が重くなる。

 治療している姿を見られていた。

 エリオットが瘴気の位置を言い当てるところも。

 ミラが黒い棘を押し出すところも。

 右腕が反応しかけたところも。

 ミラは唇を引き結んだ。

「明日から、外で治療する時は人の配置を考えます」

「俺は入口が見える位置にいる」

「右腕に負担がかからない範囲で」

「ああ」

「村長にも、見慣れない旅人に注意するよう伝えます」

「そうしてくれ」

 ミラは帳面を開いた。

 今日の記録は長くなる。

 グレイル村到着。

 咳症状多数。

 坑道付近作業歴。

 黒い粉。

 患者体内の黒い棘。

 集会所床下の反応。

 村の端にいた不審な男。

 エリオットの右腕反応。

 治療は一部成功、ただし原因残存。

 筆を走らせながら、ミラは思った。

 これはもう、ただの治療旅ではない。

 けれど、目の前に患者がいる限り、治療師であることは変わらない。

   

 その頃、村の外れにある古い炭焼き小屋の影で、リンドルから来た男は小さな紙片に報告を書いていた。

 字は粗い。

 だが、内容は十分だった。

 ――若い治療師、黒熱患者の症状を見抜く。

 ――白い光で体内の黒い棘を排出。

 ――右腕負傷の大男、瘴気位置を感知。

 ――護符反応あり。右腕、未回復だが反応あり。

 ――黒い核を携行している可能性高。

 ――坑道の仕掛け、治療時に反応。治療師を狙うような動きあり。

 男は紙を折り、小さな筒へ入れた。

 それを、闇に慣れた伝書鳥の脚へ結ぶ。

「面白いもんを見つけたぜ」

 男は低く笑った。

 鳥が夜空へ飛び立つ。

 向かう先は王都ではない。

 まずは西の中継地。

 そこから、黒い水晶盤の持ち主へ。

 男は遠くの村の灯りを見た。

「さて、もう少し見せてもらうか」

 灰色の風が、坑道の方から吹いてくる。

 村の奥で、黒い口を開けた坑道は沈黙していた。

 だが、その奥深くで。

 ミラの白い治癒に触れた何かが、ゆっくりと目を覚まし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ