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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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鉱山道の灰色 5

 集会所の外へ出ると、灰色の風が吹いていた。

 遠くの坑道跡から、細い風が村へ流れてくる。

 エリオットは右腕を押さえ、壁に背を預けていた。

 顔色は悪くない。

 だが、痛みを堪えている。

 ミラはすぐに彼の腕を診た。

「痛みは?」

「三。少し四に近い」

「熱は手首から肘まで。右手が動きかけましたね」

「ああ」

「止められました」

「君の声が聞こえた」

 ミラは手を止めた。

 エリオットは視線を逸らした。

「黒いものが君へ伸びた。反射で右手が動いた。だが、君が止めろと言ったから止めた」

 それは、とても大きなことだった。

 守ろうとして、無理をしそうになった。

 けれど、止まれた。

 ミラは湿布を当てながら言う。

「助かりました」

「俺は何も」

「いいえ。あなたが言ってくれなければ、足元の黒い気配に気づけませんでした」

 エリオットは黙った。

「それに、右腕を止められましたね」

「止めなければ、どうなっていた」

「分かりません。でも、今の腕には負担が大きすぎます」

「そうか」

「だから、止められたことも記録します」

 エリオットは、小さく息を吐いた。

「治療記録か」

「はい」

 ミラは真剣に頷いた。

 その時、村の入口の方から視線を感じた。

 ミラは顔を上げる。

 誰かがいた。

 灰色の外套をまとった男が、村の端に立っている。

 旅人か。

 商人か。

 村人ではない。

 男は一瞬だけこちらを見ていたが、ミラと目が合う前に背を向け、家の影へ消えた。

「今の人は?」

 ミラが呟くと、エリオットの表情が硬くなった。

「リンドルで感じた視線と似ている」

 ミラの背筋が冷える。

「追ってきた……?」

「分からない」

 エリオットは左手で杖を握り直した。

「だが、ただの旅人ではない」

 ミラは封印箱の入った鞄を抱えた。

 村では咳に苦しむ人がいる。

 坑道から黒い気配が流れている。

 封印箱は反応している。

 そして、リンドルからの視線がここまで来た。

 グレイル村は、ただの治療先ではなかった。

 ミラは深く息を吸った。

「まず、患者さんを安全な場所で診ます」

「ミラ」

「分かっています。危険です。でも、放ってはおけません」

「俺も分かっている」

 エリオットは静かに言った。

「だから、俺にできることを言ってくれ」

 ミラは彼を見た。

 まだ剣は握れない。

 右腕は熱を持っている。

 けれど、彼は逃げていない。

 無理をするためではなく、できることをするために、そこに立っている。

「では、お願いがあります」

「ああ」

「私の足元を見ていてください。黒い気配が動いたら、すぐ教えてください」

 エリオットは頷いた。

「分かった」

「右腕は使わずに」

「分かっている」

「痛みが四になったら、あなたも治療対象です」

「……分かった」

 ミラは少しだけ笑った。

 怖い。

 確かに怖い。

 でも、一人ではない。

 彼女は鞄を肩にかけ直し、村長の方へ向き直った。

「村長さん。集会所ではなく、風上にある空き家を使わせてください。患者さんを一人ずつ診ます。それから、坑道へは誰も近づけないでください」

 村長は青ざめながらも頷いた。

「分かりました」

 灰色の風が、村の通りを抜ける。

 遠くの坑道跡は、黒い口を開けたまま沈黙している。

 その暗がりの奥で、何かが微かに蠢いたような気がした。

 ミラはそれを見つめ、胸元のペンダントを握った。

 治療のために来た。

 けれど、ここには確かに黒いものがある。

 そしてそれは、ミラの手とエリオットの護符に、はっきりと反応し始めていた。


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