鉱山道の灰色 4
集会所には、すでに数人の村人が集まっていた。
石切りをしているらしい中年の男。
炭焼きの青年。
年配の女性。
そして、十代半ばほどの少女。
皆、咳をしている。
高熱ではないが、顔色が悪い。
ミラは順番に診た。
喉の炎症。
微熱。
胸の奥の重さ。
手足の冷え。
ただの粉塵による咳ではない。
魔力の流れが、胸のあたりで細かく乱れている。
ミラは魔力結晶を取り出し、最初の患者の胸元へ近づけた。
黒い筋が、薄く走る。
エリオットが低く言った。
「胸の奥じゃない。背中側だ」
ミラは顔を上げる。
「どのあたりですか」
「右肩甲骨の下。小さい棘が刺さっているように見える」
患者の男が不安そうに二人を見る。
「棘?」
ミラはすぐに穏やかな声を作った。
「魔力の流れが少し乱れています。深呼吸をしすぎると咳が出るので、ゆっくり呼吸してください」
彼女は背中に手を当てた。
確かに、そこに黒い棘のような気配がある。
前の村の少年よりも薄い。
だが、数が多い。
ミラ一人では全員をすぐに治すのは難しい。
「エリオットさん」
「ああ」
「位置を教えてください。私は一人ずつ流れを戻します」
「分かった」
「ただし、右腕に力を入れないでください」
「分かっている」
エリオットは患者から距離を取り、壁際に立った。
彼の護符が薄く光る。
ミラのペンダントも温かい。
黒い棘。
咳。
坑道からの風。
全てが繋がっていく。
ミラは手をかざし、白花の光を細く流した。
「少し温かくなります。痛ければすぐ言ってください」
患者が頷く。
ミラは黒い棘を包む。
身体から無理に引き抜くのではなく、異物として外へ押し出す。
エリオットの声が落ちる。
「今、上へ逃げた」
「上ですね」
「違う。戻った。背中の中央へ」
「分かりました」
白い光が、棘を追う。
患者が激しく咳き込んだ。
黒い靄が、ほんの少し口元から漏れる。
ミラはすぐに浄化布をかざした。
靄は布に吸われ、薄く消えた。
患者の呼吸が少し楽になる。
「……胸が、軽い」
男が驚いたように呟いた。
村人たちがざわめく。
ミラはすぐに言った。
「完全に治ったわけではありません。今日は安静にしてください。水を少しずつ。坑道には近づかないでください」
だが、その時だった。
集会所の床の隙間から、黒い気配が細く伸びた。
ミラは気づかなかった。
彼女の意識は患者の呼吸に向いていた。
エリオットが鋭く声を上げる。
「ミラ、足元だ!」
ミラは反射的に一歩下がった。
黒い気配が、彼女の靴先をかすめるように伸び、すぐに消える。
ほんの一瞬。
だが、確かにミラを狙ったように見えた。
エリオットの護符が強く光る。
右手の指がわずかに動いた。
ミラはすぐに叫んだ。
「右腕は使わないで!」
エリオットは歯を食いしばり、右腕の動きを止めた。
左手で護符を押さえる。
「……止めた」
「痛みは?」
「三」
「熱は?」
「上がっている」
「診ます。ですが、まず床から離れてください」
ミラは患者たちを椅子ごと集会所の入口側へ移動させた。村長が慌てて手伝う。
「何が起きたんですか」
「床下に、魔力の乱れがあります。ここではこれ以上治療しません。風通しのよい別の場所を使います」
ミラは冷静に言った。
だが、心臓は強く打っていた。
今の黒い気配は、患者の体内にあったものとは違う。
反応した。
ミラの治癒に。
それはまるで、こちらを見ていたものが、初めて手を伸ばしてきたようだった。




