鉱山道の灰色 3
再び馬車が動き始めると、道はさらに悪くなった。
古い鉱山道は、ところどころ石が露出し、車輪が大きく跳ねる。周囲の木々も少なくなり、灰色の斜面が見えるようになった。
遠くには、黒い口を開けた坑道跡らしきものがいくつか見える。
使われなくなった採掘場。
崩れかけた見張り小屋。
錆びた鉄の道具。
かつては人の気配があった場所なのだろう。
今は、風が石の間を抜ける音だけがする。
エリオットは外套の下で右腕を支えながら、じっと周囲を見ていた。
「痛みは?」
ミラが尋ねる。
「三に近い」
「熱は?」
「手首から肘の下まで」
「次の休憩で処置します。今は深く息をしてください」
「ああ」
その時、馬車が大きく傾いた。
左の車輪が深い石の溝に入ったのだ。
ミラの鞄が滑りかける。
エリオットは反射的に左手を伸ばし、ミラの鞄を押さえた。
右腕は動かさない。
ミラはすぐに気づいた。
「ありがとうございます」
「箱が入っているからな」
「右腕は?」
「使っていない」
「痛みは?」
「三。だが今のは左手だ」
「左肩は?」
「……少し」
「あとで見ます」
エリオットは小さく息を吐いた。
「本当に全身を見るな」
「旅の間は全身状態を見ます」
「律儀な治療師だ」
だが、彼はもう嫌がらなかった。
ミラは鞄を抱え直し、封印箱の位置を確認する。
中の核は静かだった。
いや、静かにしているだけのようだった。
それがかえって気味悪い。
グレイル村に着いたのは、午後も遅くなってからだった。
村は鉱山道の斜面を少し下った場所にあった。
石造りの家が多く、屋根は低い。風を避けるためなのか、家々は互いに寄り添うように建っている。中央には井戸と小さな集会所。村の奥には、閉じた坑道へ続く道が見えた。
空気は乾いている。
だが、どこか重い。
ミラが馬車から降りると、すぐに咳の音が聞こえた。
一つではない。
家の中から。
集会所のそばから。
井戸の向こうから。
短く、乾いた咳。
村長らしい男が駆け寄ってきた。
「治療師さんですか。リンドルから来てくださった」
「ミラ・コックスです」
「助かった……咳が止まらない者が増えていて。熱も微熱が続く。薬草を飲ませても少ししか効かないんです」
「何人ほどですか」
「はっきりとは。十人以上はいます。特に、古い坑道の近くで作業した者が多い」
ミラはエリオットを見た。
彼もすでに坑道の方を見ている。
その顔は硬い。
「黒い気配は?」
ミラが小声で尋ねる。
「薄い。村全体に広がっているわけではない。坑道の方から、風に混じって流れている」
ミラの胸が冷える。
これは、ただの咳ではない。
だが、村長の前で断定はしない。
「まず重い方から診ます。できれば、咳のひどい方、熱のある方、坑道付近で作業した方を集会所へ。ただし、無理に歩けない人は私が行きます」
「分かりました」
「それから、坑道には近づかないよう村の方へ伝えてください。調べるまでは、子どもも大人もです」
村長は驚いた顔をした。
「坑道に、何か?」
「まだ分かりません。ですが、咳が坑道付近の作業と関係している可能性があります」
村長は青ざめながらも頷いた。
ミラは荷物を下ろした。
するとエリオットが左手で鞄を支えようとした。
「持つ」
「封印箱の入った鞄は私が持ちます。エリオットさんは薬草袋をお願いします。軽いものです」
「分かった」
「あと、あなたの腕もすぐ診ます」
「患者より先にか」
「あなたも患者です。移動で痛みが三まで上がっています」
「……分かった」
村長が二人を見て、少し驚いたようだった。
「その方も患者さんで?」
「はい。私が継続して診ています」
「そうでしたか。では、休む場所も用意します」
「ありがとうございます」
その時、集会所の方から激しく咳き込む音が聞こえた。
ミラの表情が切り替わる。
旅人ではなく、治療師の顔になる。
「エリオットさん、まずは集会所へ。無理はしないで、座れる場所を確保してください」
「分かった」
エリオットは左手に杖を持ち、ゆっくり頷いた。




