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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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鉱山道の灰色 2

 昼前、荷馬車は小さな泉のそばで休憩を取った。

 泉といっても、前の村の祠にあったような清らかなものではない。岩の間から細く水が湧き、旅人が馬へ水を飲ませるために使う場所だった。

 周囲には灰色の岩が多く、草もまばらだ。

 ミラはそこでエリオットの右腕を確認した。

「痛みは?」

「二。跳ねた時に三」

「熱は手首に少し。肘までは上がっていません」

「改良帯のおかげだな」

「はい。父に見せたら、改良案を出しそうです」

「君の父親は魔道具職人だったな」

「はい。こういう補助具を見ると、たぶん細かいところを気にします」

 ミラは少し笑った。

「肩紐の位置が悪いとか、固定具に遊びがあるとか」

「会ったことはないが、想像できる」

「私の父は、派手な魔術はあまり使いません。でも、道具を見る目はとても確かです」

 エリオットは静かに聞いていた。

「君が落ちこぼれではないと言った人か」

 ミラは少しだけ目を瞬いた。

 以前、自分がそう話したことを、彼は覚えていたらしい。

「はい」

「いい父親だ」

「はい」

 ミラは素直に頷いた。

 その時、鞄の中で封印箱がかすかに震えた。

 音はほとんどない。

 だが、ミラの手に微かな振動が伝わった。

 エリオットの護符が淡く光る。

「今のは」

「箱です」

 ミラはすぐに鞄を開けた。

 ただし、封印箱そのものは開けない。外側の札と布を確認する。

 封印札は破れていない。

 白花の布も黒ずんでいない。

 だが、箱の角に貼った札の一枚が、ほんのわずかに灰色へ曇っていた。

「封印が弱まったわけではありません。でも、反応しています」

「この場所に?」

 エリオットが周囲を見回す。

 灰色の岩。

 乾いた草。

 泉。

 古い道。

 彼の表情が険しくなる。

「泉の向こう。あの岩の影」

 ミラはそちらを見た。

 大きな岩の根元に、黒い粉のようなものがわずかに残っている。

 ただの鉱山砂にも見える。

 だが、魔力結晶を近づけると、黒い筋が薄く走った。

「……同じ系統です」

 ミラは低く言った。

 御者が顔を青くする。

「グレイルの村の咳ってのに何か関係してるのか?」

「まだ分かりません」

 ミラはすぐに答えた。

「ただ、この粉には触らないでください。馬も近づけない方がいいです」

 エリオットが静かに立ち上がった。

「道沿いに落ちている」

「やはり、荷からこぼれたのでしょうか」

「おそらく。薄いが、方向がある。西へ続いている」

 ミラは封じ布を取り出し、黒い粉を少量だけ回収した。

 全部は無理だ。

 道に散った粉を一つ一つ拾うことはできない。

 それでも、記録する必要がある。

 ――鉱山道途中、泉付近。黒粉微量。封印箱反応。西方向へ痕跡継続の可能性。

 書き終えると、エリオットが低く言った。

「グレイルへ行けば、もっとあるかもしれない」

「はい」

「引き返すか」

 その問いに、ミラはしばらく答えなかった。

 治療師としては、咳や微熱の患者がいる村へ行くべきだ。

 けれど、黒い粉が道中にある以上、危険は確実に近づいている。

 エリオットの腕も、封印箱も、まだ安定しているとは言い難い。

 ミラは深く息を吸った。

「グレイル村までは行きます」

「いいのか」

「患者さんがいる可能性が高いです。ただし、村で強い反応があれば、滞在期間を考えます。無理に原因地へは行きません」

「分かった」

「エリオットさんも、右腕の反応が強くなったらすぐ言ってください」

「言う」

「黒い気配を感じても、一人で近づかないでください」

「分かっている」

「本当に」

「本当に」

 返答は落ち着いていた。

 ミラは頷く。

 それでも、不安は消えなかった。

 

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