足跡を探す者たち 3
男の馬車が見えなくなると、村人たちは一斉に息を吐いた。
「何だったんだ、あれは」
村長が額の汗を拭う。
エダは祠の方角を見た。
「エリオットたちを探しているんだろうね」
「行き先は話していない」
「十分だよ。あの男には、何もかも話す必要はない」
「だが、リンドルへ辿り着くかもしれない」
「辿り着くだろうね。時間をかければ」
村長の顔が曇る。
「どうする」
「先回りできるほど足は速くない」
エダは少し考えた。
「でも、伝言は送れる」
「誰に」
「リンドルの魔道具屋だよ。ミラたちはそこに寄るだろう。何か残しているかもしれない。寄っていなくても、店主なら職人便を使えるだろう」
「何と書く」
エダは杖をつき、静かに言った。
「王都から、治療の経過を聞く者が来た。名も身分も信用するな。足跡を急いで消しなさい」
村長は頷いた。
「すぐ手配する」
「それから、エリオットの家から何か持っていかれていないか確認しな」
「まさか、家に入ると?」
「ああいう手合いは、入れるなら入る」
村長の顔が青くなった。
「鍵は?」
「エリオットがかけていった。けど、鍵なんて万能じゃない」
エダは村の端にある祖父母の家の方を見た。
「中に入られた形跡がないか、確かめるだけだ。何もなければそれでいい」
夕方、エリオットの祖父母の家を確認した村長は、すぐエダのもとへ戻った。
「鍵は壊されていなかった。中も荒らされてはいない」
「そうかい」
「ただ、家の周りに足跡があった。村の者ではない。窓のあたりを見て回ったようだ」
エダの表情が険しくなる。
「探っているね」
「行き先だけではなく、何か物を探しているのかもしれない」
「護符か、手紙か、記録か」
「エリオットは大事なものを持って出たはずだ」
「ならいい」
エダは小さく頷いた。
だが、安心はしなかった。
黒い手は、まだ村の周りを撫でているだけだ。
本当に掴もうとする時は、もっと強く来る。
「ミラ」
エダは遠くの街道を見た。
「あんた、あの子をちゃんと叱っているかね」
エリオットの無理を止めているか。
痛みを隠させていないか。
そして、迫る影に気づけるか。
祠の白花が、風もないのに揺れた。
その夜、王都ではセヴラン・ノックスが黒い水晶盤を見つめていた。
盤面に、細い筋が二つ浮かぶ。
一つは王都の中。
とても弱い反応。
もう一つは、西へ向かう街道のどこか。
さらに遠く、揺れながら移動している。
セヴランは薄く笑った。
「片方は戻った。もう片方は旅をしている」
若い研究員が恐る恐る尋ねる。
「回収しますか」
「まだだ」
「しかし、触媒の核が外にあるなら」
「外にあるから、面白いのだよ」
セヴランは水晶盤に指先を置いた。
「それを持って歩く者がいる。しかも、白い力で封じている。二年前にはいなかった要素だ」
「白い力……治癒系統ですか」
「おそらくね」
セヴランの目が細くなる。
「守護騎士の芽を潰したつもりだった。だが、もしその腕を戻す者が現れたなら」
彼はゆっくり笑った。
「ぜひ見てみたい」
研究員は何も言えなかった。
その笑みが、あまりに静かだったからだ。
「王都の反応は泳がせる。旅の方は、足跡だけ追いなさい。直接触れるな」
「どこまで?」
「リンドルまででいい。そこから先は、向こうが教えてくれる」
「向こうが?」
「治療師は、足跡を消すのが下手だ」
セヴランは楽しげに言った。
「痛む者がいれば、必ず立ち止まるからね」
黒い水晶盤の中で、二つの筋が微かに脈打った。
オリヴァー工房の封印庫では、反応針の曇りがまた少し濃くなっていた。
第二段階には届かない。
だが、朝より確かに濃い。
オリヴァーはそれを記録し、隔離布をもう一枚重ねた。
「……急げとは書きたくないんだがね」
彼は小さく呟いた。
届くか分からない手紙。
追いつくか分からない道具。
守りきれるか分からない家族。
それでも、それぞれができる場所で動いている。
ライヘルは記録を追い、
オルガは消された資料の影を探り、
ユアンは騎士団の古い帳簿をめくり、
エダは村で足跡を濁す。
そして、ミラとエリオットはまだ知らない。
自分たちの後ろに、いくつもの視線が伸び始めていることを。
父の道具がリンドルへ向かっていることも。
母の警告が故郷の村へ向かっていることも。
黒い水晶盤の上で、自分たちの旅が細い筋として見られていることも。
夜は深くなる。
王都と村と、遠い街道。
離れた場所で、それぞれの人々が同じ黒いものを見つめていた。




