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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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足跡を探す者たち 3

 男の馬車が見えなくなると、村人たちは一斉に息を吐いた。

「何だったんだ、あれは」

 村長が額の汗を拭う。

 エダは祠の方角を見た。

「エリオットたちを探しているんだろうね」

「行き先は話していない」

「十分だよ。あの男には、何もかも話す必要はない」

「だが、リンドルへ辿り着くかもしれない」

「辿り着くだろうね。時間をかければ」

 村長の顔が曇る。

「どうする」

「先回りできるほど足は速くない」

 エダは少し考えた。

「でも、伝言は送れる」

「誰に」

「リンドルの魔道具屋だよ。ミラたちはそこに寄るだろう。何か残しているかもしれない。寄っていなくても、店主なら職人便を使えるだろう」

「何と書く」

 エダは杖をつき、静かに言った。

「王都から、治療の経過を聞く者が来た。名も身分も信用するな。足跡を急いで消しなさい」

 村長は頷いた。

「すぐ手配する」

「それから、エリオットの家から何か持っていかれていないか確認しな」

「まさか、家に入ると?」

「ああいう手合いは、入れるなら入る」

 村長の顔が青くなった。

「鍵は?」

「エリオットがかけていった。けど、鍵なんて万能じゃない」

 エダは村の端にある祖父母の家の方を見た。

「中に入られた形跡がないか、確かめるだけだ。何もなければそれでいい」

     

 夕方、エリオットの祖父母の家を確認した村長は、すぐエダのもとへ戻った。

「鍵は壊されていなかった。中も荒らされてはいない」

「そうかい」

「ただ、家の周りに足跡があった。村の者ではない。窓のあたりを見て回ったようだ」

 エダの表情が険しくなる。

「探っているね」

「行き先だけではなく、何か物を探しているのかもしれない」

「護符か、手紙か、記録か」

「エリオットは大事なものを持って出たはずだ」

「ならいい」

 エダは小さく頷いた。

 だが、安心はしなかった。

 黒い手は、まだ村の周りを撫でているだけだ。

 本当に掴もうとする時は、もっと強く来る。

「ミラ」

 エダは遠くの街道を見た。

「あんた、あの子をちゃんと叱っているかね」

 エリオットの無理を止めているか。

 痛みを隠させていないか。

 そして、迫る影に気づけるか。

 祠の白花が、風もないのに揺れた。

     

 その夜、王都ではセヴラン・ノックスが黒い水晶盤を見つめていた。

 盤面に、細い筋が二つ浮かぶ。

 一つは王都の中。

 とても弱い反応。

 もう一つは、西へ向かう街道のどこか。

 さらに遠く、揺れながら移動している。

 セヴランは薄く笑った。

「片方は戻った。もう片方は旅をしている」

 若い研究員が恐る恐る尋ねる。

「回収しますか」

「まだだ」

「しかし、触媒の核が外にあるなら」

「外にあるから、面白いのだよ」

 セヴランは水晶盤に指先を置いた。

「それを持って歩く者がいる。しかも、白い力で封じている。二年前にはいなかった要素だ」

「白い力……治癒系統ですか」

「おそらくね」

 セヴランの目が細くなる。

「守護騎士の芽を潰したつもりだった。だが、もしその腕を戻す者が現れたなら」

 彼はゆっくり笑った。

「ぜひ見てみたい」

 研究員は何も言えなかった。

 その笑みが、あまりに静かだったからだ。

「王都の反応は泳がせる。旅の方は、足跡だけ追いなさい。直接触れるな」

「どこまで?」

「リンドルまででいい。そこから先は、向こうが教えてくれる」

「向こうが?」

「治療師は、足跡を消すのが下手だ」

 セヴランは楽しげに言った。

「痛む者がいれば、必ず立ち止まるからね」

 黒い水晶盤の中で、二つの筋が微かに脈打った。

     

 オリヴァー工房の封印庫では、反応針の曇りがまた少し濃くなっていた。

 第二段階には届かない。

 だが、朝より確かに濃い。

 オリヴァーはそれを記録し、隔離布をもう一枚重ねた。

「……急げとは書きたくないんだがね」

 彼は小さく呟いた。

 届くか分からない手紙。

 追いつくか分からない道具。

 守りきれるか分からない家族。

 それでも、それぞれができる場所で動いている。

 ライヘルは記録を追い、

 オルガは消された資料の影を探り、

 ユアンは騎士団の古い帳簿をめくり、

 エダは村で足跡を濁す。

 そして、ミラとエリオットはまだ知らない。

 自分たちの後ろに、いくつもの視線が伸び始めていることを。

 父の道具がリンドルへ向かっていることも。

 母の警告が故郷の村へ向かっていることも。

 黒い水晶盤の上で、自分たちの旅が細い筋として見られていることも。

 夜は深くなる。

 王都と村と、遠い街道。

 離れた場所で、それぞれの人々が同じ黒いものを見つめていた。

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