足跡を探す者たち 2
同じ頃。
エリオットの故郷の村に、一台の馬車が入った。
旅商人の馬車に見えた。
古びた布幌。
荷台には雑貨と布袋。
御者台には、痩せた男が一人。
だが、村の入口でそれを見たエダは、杖をついたまま目を細めた。
「……あまり良い風じゃないね」
村長もそばにいた。
ミラとエリオットが村を出て以来、エダは村長にいくつか言い含めていた。
王都から来た者に、詳しい行き先を話さないこと。
エリオットの腕のことを軽々しく言わないこと。
治療師の名を問われても、必要以上に答えないこと。
村長は最初こそ困惑したが、今ではその意味を理解し始めていた。
王都から、何かが来る。
その予感があった。
馬車の男は広場に入り、周囲を見回した。
「ここがバーンスタンの村で間違いないかね」
村長が一歩前へ出る。
「そうだが、どちら様かな」
「王都から来た。療養中の元騎士エリオット・バーンスタン殿の様子を確認したくてね」
エダの目が細くなる。
男は商人の格好をしている。
けれど、言葉が商人ではない。
村長は穏やかに答えた。
「エリオットなら、もうここにはいないよ」
男の眉がぴくりと動いた。
「いない?」
「ああ。治療のために村を出た」
「どちらへ?」
「治療師さんと一緒にね」
「どちらへ向かったと聞いている」
男の声が少し硬くなる。
村長は困ったように首を傾げた。
「旅治療師というのは、必要な場所へ行くものだからなあ。村にずっと留まる人ではないんだ」
「方角くらいは分かるだろう」
エダがそこで口を開いた。
「方角を知ってどうするんだい」
男がエダを見る。
ただの老女と見たのか、一瞬だけ油断した顔をした。
「ご家族が心配されている。王都へ報告が必要だ」
「ほう。家族がねえ」
エダはゆっくり笑った。
「なら、家族は直接手紙を寄越すだろうよ。わざわざ見知らぬ男に息子の足取りを尋ねさせるような人たちじゃない」
男の目がわずかに冷えた。
「失礼だが、あなたは?」
「ただの婆さんだよ。この村のことを少し長く見ているだけのね」
エダは杖を握り直した。
「エリオットは治療師さんと出た。腕を診てもらうためにね。それ以上のことは、本人に聞きな」
「本人がどこにいるかを聞いている」
「知らないねえ」
嘘ではない。
正確な現在地は知らない。
ただ、次に向かった村と、リンドルへ行く可能性を知っているだけだ。
男は村長へ視線を戻した。
「村を出た日は?」
村長は少し考えるふりをした。
「何日か前だったかな」
「何日だ」
「年を取ると日付に疎くてね」
村長はまだそれほど年寄りではない。
だが、そばにいた村人が咳払いをして笑いを堪えた。
男の顔が険しくなる。
「若い旅治療師だったと聞いた。名は?」
「治療師さんだよ」
「名を聞いている」
エダがまた口を挟む。
「旅の者の名を、見知らぬ相手にほいほい話すほど、この村は軽くない」
「こちらは王都から」
「王都から来たなら、なおさらだ」
その一言に、空気が少し張った。
男は、エダを見る目を変えた。
この老女はただの村人ではない。
少なくとも、簡単に口を割る相手ではない。
男は一度表情を緩めた。
「失礼した。こちらも任務でね。では、エリオット殿は回復していたのか?」
村長が答えた。
「治療中だ」
「歩けるほどには?」
「村を出たのだから、歩けるんだろう」
「右腕は」
「治療中だ」
同じ答え。
男はそれ以上聞いても無駄だと判断したのか、軽く頭を下げた。
「分かった。もし戻ったら、王都の記録室が探していたと伝えてくれ」
「覚えていたらね」
エダが言った。
男は笑わなかった。
馬車へ戻る前に、広場の端にいた子どもたちへ視線を向ける。
エダはすぐにその視線の意味を察した。
「子どもに菓子をやるなら、まず村長を通しな」
男の手が止まる。
彼はゆっくりエダを見た。
「用心深い村だ」
「最近は物騒だからねえ」
エダは笑った。
男は何も返さず、馬車に乗った。
だが村を出る時、彼は低く呟いた。
「治療師。村を出た。歩ける。……なら、リンドル方面か」
その言葉は誰にも聞かれなかった。
ただ、エダだけが遠くから馬車の向きを見ていた。
王都へ戻る道ではない。
街道の方へ向かっている。
「やれやれ」
エダは小さくため息をついた。
「やっぱり、風向きが悪い」




