足跡を探す者たち 1
ライヘルがユアンからの符号文を受け取ったのは、王立魔術院へ戻る途中だった。
差出人の名はない。
だが、文の癖で分かる。
短い。
余計な感情がない。
それでいて、必要な危険だけが確実に書かれている。
――元騎士Eの家族に接触あり。
――記録室名義。正式命令なし。
――家族は詳細を話さず。
――家族便が今後監視される可能性。
ライヘルは通りの端で足を止めた。
午後の王都は人が多い。
馬車の音、商人の声、遠くの鐘の音。
その喧騒の中で、彼の背筋に冷たいものが落ちる。
「……もう、そこへ行ったか」
エリオットの両親。
そこへ手が伸びた。
ミラとエリオットの正確な居場所が分からないから、家族を探ったのだろう。
それとも、エリオットの回復の噂がどこかで漏れたのか。
どちらにしても、遅かれ早かれだった。
ライヘルは符号文を折り畳み、外套の内側へしまった。
王都側で消された記録を追っているだけでは、もう間に合わない。
敵も、足跡を探し始めている。
その日の夕方、オリヴァー工房の奥の小部屋には、四人が集まっていた。
オリヴァー・コックス。
ライヘル・コックス。
オルガ・フェンネル。
そして、ユアン・クロフォード。
オルガは魔術院の資料管理官として、めったに魔術院外で会議めいたことをしない。ユアンも騎士団の人間として、工房へ出入りするには目立ちすぎる。
だから二人は時間をずらし、別々の入口から入った。
表向きは、オルガは古い封印具の修理相談。
ユアンは馬具の金具調整。
だが、奥の小部屋に入れば、そんな建前は必要なかった。
机の中央には、封印庫からは出さずに写した標本Bの透過図。
その横には、ユアンが写し取った騎士団の古い馬具庫帳簿。
さらに、オルガが見つけた古文書庫の貸出影。
黒い線が、少しずつ一本に繋がっていく。
「バーンスタン家に接触した者は、騎士団記録室を名乗っていました」
ユアンが低く言った。
「正式な命令は出ていません。少なくとも、表の記録にはありませんでした」
「非公式の探りだね」
オルガが眉をひそめる。
「記録室名義を使える程度には、内部に通じている」
「ヴィクトル・グレインですか」
ライヘルが尋ねると、ユアンはすぐには頷かなかった。
「可能性はあります。ただ、直接動いた形跡はまだありません。彼はそういう時、自分の手を汚さない」
「上手く立ち回る人間かい」
オリヴァーが言うと、ユアンは短く答えた。
「ええ。嫌な意味で」
オルガは古い目録を指で叩いた。
「魔術院側ではセヴラン・ノックス。騎士団側ではヴィクトル・グレイン。治療院にも触媒が回った形跡がある。さらにバーンスタン家への探り」
そこで彼女は一度言葉を切った。
「もう、エリオット・バーンスタンの回復を完全に隠し通すのは難しいかもしれないね」
重い沈黙が落ちた。
ライヘルは拳を握る。
「まだ、ミラの名前までは」
「時間の問題だよ」
オルガの声は厳しかった。
「若い旅治療師。右腕に包帯を巻いた元騎士。村を出て、リンドル方面へ。これだけ揃えば、足跡は辿れる」
ライヘルの顔色が変わる。
「リンドルの魔道具屋には父さんの道具を送りました。そこが中継点になります」
「敵もそこへ辿る可能性がある」
「はい」
オリヴァーは黙って聞いていた。
しばらくして、静かに口を開く。
「ミラたちへ警告を届ける方法を増やそう」
「リンドルだけでは足りませんね」
ライヘルが言う。
「エリオットの故郷の村、リンドルの魔道具屋、職人便、商人便。あと、旅治療師が向かいそうな診療依頼先」
「それを全部守ることはできない」
ユアンが言った。
「なら、守るのではなく、伝言を散らす」
オリヴァーは机に紙を広げた。
「ミラがどこかで受け取れればいい。内容は短く、どこで読まれても致命傷にならない形にする」
「符号化します」
ライヘルがすぐに言った。
「“患者Eの旧知の者が症例経過を尋ねている。記録の取り扱いに注意。標本Aは第二隔離手順を優先”……こんな形で」
「ミラさんに伝わるのかい?」
オルガが問う。
「伝わります」
ライヘルはきっぱり言った。
「少なくとも、警戒すべきことは」
オリヴァーも頷いた。
「私からは、封印箱の反応が出た場合の追加手順を書く。敵の話はぼかす。父親の手紙に見えるようにする」
「父親の手紙に、ですか」
ユアンが少し意外そうに見る。
オリヴァーは穏やかに言った。
「父親の手紙だからね」
その一言で、場の空気がほんの少しだけ和らいだ。
だが、オルガはすぐ現実へ戻す。
「問題は、セヴランだよ」
全員の視線が彼女に向いた。
「彼はおそらく、標本Bが王都に入ったことを完全には掴んでいない。けれど、何かが戻ったことには気づいた可能性がある」
「共鳴反応ですか」
ライヘルが言う。
「そう。もし向こうにも同系統の触媒を探知する道具があるなら、標本Bの反応を拾われる」
オリヴァーは封印庫の方を見た。
「工房の位置まで分かると思うかい?」
「今の反応なら、そこまでは無理だと思う。けれど、王都にあるという程度なら勘づかれるかもしれない」
「セヴランはどう動きますか」
ユアンが問う。
オルガは少し考えた。
「直接奪いには来ない。あの男なら、まず誰が触れたかを見る。泳がせるだろうね」
ライヘルは唇を引き結んだ。
「すでに泳がされている可能性がある」
「ある」
オルガは容赦なく言った。
「だから、次に必要なのは“こちらが何を知っているか”を悟らせないことだよ」
オリヴァーは頷いた。
「標本は工房で抑える。魔術院へは入れない」
「私はセヴランの閲覧記録を追う。ただし本人には触れない」
オルガが続ける。
「ユアン君はヴィクトル周辺を探る。ただし、直接名を出さない」
「承知しています」
ユアンは頷いた。
ライヘルは机の上の記録を見つめた。
「僕はミラたちへの警告経路を整えます。それと、王都治療院の検査室主任の頭文字Mを調べます」
「慎重に」
オルガが念を押す。
「名前を掴んでも、まだ抜くな」
「はい」
ライヘルは頷いた。
妹は今、どこにいるのか。
黒い核を抱え、エリオットと旅をしている。
その後ろを、王都の闇が少しずつ追っている。
焦りはある。
だが、焦ればセヴランに読まれる。
ライヘルは深く息を吸った。
「では、こちらも足跡を残さず動きます」




