曇る反応針 3
夕方、ライヘルはオリヴァー工房へ戻った。
オリヴァーは第二隔離箱の組み立てを終えたところだった。机の上には、厚みのある鉛銀箱が置かれている。
「どうでした」
ライヘルが尋ねると、オリヴァーは反応針を見せた。
「昼の確認では薄曇りのまま。悪化はしていない」
「よかった」
「ただし、完全に沈静化もしていない」
「共鳴が続いている」
「そう見た方がいい」
ライヘルはオルガから得た情報を伝えた。
セヴランが治療不能症例の封印指定に関わっていたこと。
押収品の一部が王都治療院へ回された可能性。
受領者の頭文字がMに見えること。
オリヴァーは黙って聞いていた。
「治療院にも枝が伸びているのかもしれないね」
「はい」
「ミラが王都治療院に入れなかったのは、単なる人事だったのか。それとも……」
そこでオリヴァーは言葉を切った。
ライヘルも同じことを考えていた。
王都治療院は、優秀な治療師を選んだ。
ミラは落ちた。
だが、その評価基準が本当に公正だったのか。
禁術派と繋がる者たちにとって、ミラのような治癒の性質を持つ者は、むしろ邪魔だったのではないか。
「まだ、そこまで考えるには材料が足りません」
ライヘルが言う。
オリヴァーは頷いた。
「そうだね。けれど、可能性としては置いておく」
その時、工房の表で小さな鈴が鳴った。
来客を知らせる音だ。
オリヴァーとライヘルは顔を見合わせた。
弟子はもう帰した。
この時間に来る客は少ない。
オリヴァーが表へ出ると、そこには職人組合の使いが立っていた。
「夜分にすみません。オリヴァーさん宛てに、騎士団のクロフォード卿から伝言です」
ライヘルがすぐに出てきた。
使いは小さな封筒を渡す。
宛名はオリヴァー工房。
だが、中の符号はライヘル宛てだった。
ライヘルはその場で開け、読み取った。
短い文。
――二年前、夜間搬入記録あり。黒塗り木箱七。担当補助 V.G. 数一致。詳細追う。
ライヘルはゆっくり目を閉じた。
七。
押収品七点。
黒塗り木箱七。
瘴気封入触媒。
ヴィクトル・グレイン。
ついに、騎士団側の記録と魔術院側の欠落が重なった。
オリヴァーが低く尋ねる。
「繋がったのかい」
ライヘルは目を開けた。
「はい」
声は静かだった。
「少なくとも、二年前の押収品は存在しました。そして、その移送にヴィクトル・グレインが関わっています」
「エリオット君の負傷と同じ時期に」
「はい」
封印庫の中で、標本Bがかすかに脈打った。
反応針の曇りが、ほんの少しだけ濃くなる。
オリヴァーがすぐに針を見た。
「第二段階には届いていない。でも、反応した」
「今の話に?」
「声に反応したわけではないだろう。だが……」
オリヴァーは封印庫を見つめた。
「この標本は、同じ系統の情報、あるいは魔力の流れに敏感すぎる」
ライヘルは背筋に冷たいものを感じた。
これはただの証拠品ではない。
まだ何かと繋がっている。
どこかの黒い核と。
それを作った術者と。
あるいは、封じられているはずの七つの触媒と。
その夜遅く。
王都の別の場所で、セヴラン・ノックスは研究室の奥に置かれた黒い水晶盤を見下ろしていた。
水晶盤の中に、細い黒い筋が一瞬走る。
彼は目を細めた。
「……戻ってきた?」
側にいた若い研究員が顔を上げる。
「何か反応が?」
「ほんの微弱だ。失われた触媒片の残滓に似ている」
「回収しますか」
セヴランはしばらく考えた。
そして、薄く笑う。
「いや。まだいい」
「放置するのですか」
「動いた者を見たい」
彼は水晶盤に指を滑らせた。
黒い筋が、王都のどこかを探るように細く揺れる。
「二年前の残り火を、今さら誰が拾ったのか」
セヴランの声は穏やかだった。
穏やかだからこそ、不気味だった。
「泳がせなさい。触媒片がどこへ繋がるか、見届けよう」
研究室の灯りが、黒い水晶盤に沈む。
王都の闇の中で、別の目がゆっくりと開き始めていた。




