父の道具 3
翌朝、オリヴァーは作った道具一式を小さな箱に収めた。
補強輪。
反応針。
隔離布。
携行袋。
追加の封印札。
白石粉の小袋。
短い説明書。
そして、父と兄からの手紙。
外箱には、ただこう記した。
――旅用乾燥器部品一式。
――リンドル魔道具店経由。ミラ・コックスへ。
――不在時は預かり、次便で転送相談。
職人便の荷台にその箱を積む時、オリヴァーはいつもより長く手を置いた。
届くとは限らない。
ミラはもうリンドルを出ているかもしれない。
次の村へ向かったかもしれない。
黒い荷馬車の影が近づいているかもしれない。
それでも、送る。
届いた時、娘が少しでも安全に進めるように。
「頼むよ」
配達人にそう言うと、相手は軽く頷いた。
「オリヴァーさんの荷なら、丁寧に扱いますよ」
「ありがとう。できれば、リンドルの店主に直接渡してほしい」
「分かりました」
馬車が動き出す。
車輪が石畳を軋ませ、工房の前を離れていく。
オリヴァーはその背を見送った。
父親としてできることは少ない。
娘の代わりに旅をすることはできない。
患者Eと呼ばれた青年の腕を、ここから直接治すこともできない。
黒い荷馬車を止める剣も持っていない。
だが、道具なら作れる。
危険を一日遅らせる布。
異変に気づく針。
封印を補う輪。
娘の手が届かないところを、父の道具が少しだけ補えるなら。
それでいい。
その日の午後、ライヘルは王立魔術院の古文書庫を訪れていた。
オルガは、資料管理室の机に古い目録を広げている。
「来たね、コックス君」
「押収品分類記録の件です」
「本文は消えている。けれど、消した人間はあまり古い貸出影を軽視したらしい」
「貸出影?」
オルガは薄い紙片を差し出した。
「正式な貸出記録ではない。古い索引板に残る、閲覧痕のようなものだよ」
そこには、かすれた文字で一つの名前が残っていた。
セヴラン・ノックス。
ライヘルの目が細くなる。
「禁術派の代表格と噂される研究員ですね」
「噂で終わればよかったけれどね」
オルガは冷たく言った。
「二年前、南西辺境討伐任務の押収品分類記録に触れている。その後、本文が抜き取られた」
「時期は?」
「エリオット・バーンスタンの治療不能記録が封印指定を受ける直前」
ライヘルは息を詰めた。
繋がる。
少しずつ、嫌な形で。
「父の工房に届いた標本は、人為的な瘴気定着の加工痕がありました」
「実物は?」
「工房の封印庫に。魔術院へは持ち込みません」
「正解だね」
オルガは目を細める。
「ここはもう、安全な場所とは言えない」
その言葉は重かった。
古文書庫の奥は静かだ。
だが、その静けさのどこかに、知らない耳があるかもしれない。
「次はどう動きますか」
ライヘルが尋ねると、オルガは目録を閉じた。
「セヴラン・ノックス本人を追うのは早い。まずは彼が触れた資料を洗う。消された本文ではなく、消し損ねた端からね」
「僕はユアンへ、当時の押収品移送とヴィクトル・グレインの周辺を探るよう伝えます」
「上層部の名には触れないこと」
「分かっています」
ライヘルは頷いた。
ミラへ送った道具は、まだリンドルにすら届いていない。
妹は今頃、どこにいるのか。
黒い核を抱えて、患者Eと呼んだ青年と共に、次の道へ進んでいるのだろう。
ライヘルは拳を握った。
今は、届くか分からない手紙を信じるしかない。
そして、王都でできることを進めるしかない。
夜、オリヴァー工房の封印庫の中で、標本Bは静かに沈んでいた。
だが、その黒い筋は時折、ほんのわずかに震える。
まるで、遠く離れたどこかにある同じ黒い核と、かすかに呼び合っているかのように。
オリヴァーは封印庫の前に立ち、反応針を確認した。
針先が、薄く曇っている。
「……ミラ」
彼は小さく娘の名を呼んだ。
「どうか、無茶だけはしないでくれ」
その願いは、工房の静かな灯りの中に溶けていった。




