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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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父の道具 2

 ライヘルは持ってきた控えを机に広げた。

「フェンネル管理官が見つけました。二年前の押収品分類記録です」

「本文は?」

「抜かれていました。ただ、目録の端に分類番号が残っていたそうです」

 ライヘルは紙を指で押さえた。

「瘴気封入触媒。南西辺境討伐任務関連。押収数、七。移送先、王立魔術院付属保管庫」

「保管庫に残っていない?」

「記録上は、その後の所在がありません」

 オリヴァーの手が止まった。

「七つも?」

「はい」

「ミラが拾った欠片と、エリオットの腕に残るもの。数が合わないにしても、同じ系統の可能性がある」

「父さんの標本分析でも、人為的な定着痕がありましたね」

「ああ。しかも、ただの研究室仕事じゃない」

「どういう意味ですか」

 オリヴァーは透過盤に浮かんだ黒い筋の写しを見せた。

「瘴気を封じる器に、微細な均しがある。これは魔術式だけではなく、物理的に結晶を削って調整した痕だ。研究者だけで完結する仕事じゃない。工房技術が入っている」

「工房……」

「禁術派が、自分たちで作っているのか。あるいは協力する職人がいるのか」

 ライヘルの顔が険しくなる。

「王都の工房筋にも、協力者がいる可能性がある」

「可能性はある。ただし、普通の工房なら瘴気とは知らずに部品を作らされているかもしれない。いきなり疑って動くと、無関係な職人を危険に晒す」

「調べ方を選ぶ必要がありますね」

「そうだね」

 オリヴァーは補強輪を手に取った。

「だから、私は工房筋では“白石と鉛銀を使った特殊封入具の注文が最近増えていないか”だけを聞く。瘴気とは言わない」

「僕はフェンネル管理官と押収品の移送記録を追います」

「ユアン君は?」

「騎士団側の当時の物資移送と伝令記録を確認してもらいます」

「慎重に」

「はい」

 ライヘルは頷いた。

「父さんも、絶対に一人で深入りしないでください」

「それはミラに書く小言と同じだね」

「父さんにも必要です」

 オリヴァーは少し笑った。

「分かった。約束する」

    

 夜がさらに深まる頃、オリヴァーはミラへの手紙を書き始めた。

 父としての手紙と、技術者としての説明書。

 その二つの間を行き来するような文面だった。

 ――ミラへ。

 ――まず、無事でいることを信じています。けれど、父親としては心配でたまりません。危険なものを持ち歩くなら、必ず以下の手順を守ること。

 そこから先は、細かい指示だった。

 封印箱は一日一度、反応針で確認すること。

 針先が薄く曇るだけなら記録。

 黒く変わるなら白花と泉の水を使い、補強輪を締め直すこと。

 針が震えた場合は、箱ごと隔離布で包み、人のいない場所へ移すこと。

 絶対に素手で触れないこと。

 夜に悪夢、寒気、頭痛、護符やペンダントの過剰反応があれば、箱を身体から離すこと。

 馬車で移動する時は、箱を鞄の底で固定し、揺れないようにすること。

 誰かに預ける場合は、必ず封印箱ごと。中身の説明はしないこと。

 黒い核を浄化しようと無理をしないこと。

 そして、途中で父親の言葉が混じった。

 ――父さんは、君が人の痛みを放っておけない子だと知っています。けれど、君自身も父さんの大事な娘です。患者を守るために、自分の身を危険に晒しすぎないこと。

 オリヴァーは筆を止めた。

 少し考え、最後に一文を足す。

 ――王都の物差しが測れなかった君の手を、危険なものに奪わせるつもりはありません。

 書いてから、彼は少しだけ目を伏せた。

「……少し重いかな」

 横で読んでいたライヘルが、首を振った。

「いいと思います」

「ミラは困るかな」

「困っても読みます」

「そうだね」

 オリヴァーは苦笑した。

 次に、ライヘルも手紙を書いた。

 こちらはさらに簡潔で、符号めいていた。

 ――標本B確認。患者Eとの近似反応は重大。標本Aの携行は危険だが、証拠価値あり。深追い禁止。通常便使用不可。次に便を出す場合は工房経由推奨。

 ――患者Eの右腕について、発熱、痛み、護符反応、白刃状光の発現条件を継続記録すること。

 ――ミラ、自分の睡眠と食事も記録対象に入れなさい。

 オリヴァーが横から覗き込み、最後の一文で少し笑った。

「兄らしい」

「必要です」

「否定はしないよ」

  

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