封印箱を探して 1
村を発つ朝、空は薄く曇っていた。
雨が降るほどではない。けれど、遠くの山並みには灰色の雲がかかり、街道へ向かう道は少し湿っている。
ミラは、診療所代わりに使っていた空き家の戸締まりを確認してから、振り返った。
村長夫妻、ロウ老人、熱を出していた少年とその母親、足を痛めた老人。
短い滞在だったにもかかわらず、見送りに来てくれた村人は思ったより多かった。
「本当にありがとうございました、ミラさん」
少年の母親が、何度目か分からない礼を言う。
「いえ。熱が下がってよかったです。あと数日は無理をさせないでください」
「はい」
少年は母親の後ろから顔を出し、エリオットを見上げた。
「おじさんも、ありがとう」
エリオットの表情が一瞬固まる。
ミラは口元を押さえた。
「……どういたしまして」
「腕、治るといいね」
「ああ」
「治療師さんの言うこと聞くんだよ」
周囲の大人たちが一斉に笑った。
エリオットは少しだけ眉を寄せたが、怒りはしなかった。むしろ、どこか困ったように目を伏せる。
「分かっている」
少年は満足そうに頷いた。
ミラはそのやり取りを見て、胸の奥が少し温かくなった。
エリオットは、この村でも確かに何かを残した。
騎士としてではない。
剣を振るったわけでもない。
けれど、彼は馬をなだめ、患者を案内し、黒い瘴気の位置を見つけ、子どもの治療を助けた。
それは確かに、誰かの役に立った記憶だった。
村長が荷馬車のそばで言う。
「次の町、リンドルまではこの馬車で半日ほどだ。途中、道が少し悪いところがあるから気をつけて」
「ありがとうございます」
「リンドルなら、包帯も布も魔力結晶も手に入るはずだ。封印用の道具も、魔道具屋なら扱っているかもしれない」
「助かります」
ミラは鞄の奥に入れた黒い核を意識した。
何重にも封じた布包み。
白花。
泉の水を染み込ませた布。
浄化用の小型魔力結晶。
今のところ大きな反応はない。
けれど、安全とは言い切れない。
次の町で、必ず封印容器を探さなければならない。
エリオットは馬車に乗る前、短く言った。
「腕の確認は?」
「今します」
ミラはすぐに彼の右腕を診た。
「痛みは?」
「一。動かすと二」
「熱は?」
「ほとんどない」
「痺れは?」
「昨日と同じ。親指と人差し指は動かしやすい」
「では、馬車移動可です。ただし、揺れが強い道では腕を支えます。痛みが三を超えたらすぐ言ってください」
「ああ」
「封じた石に反応があった場合も」
「すぐ言う」
エリオットは自然に答えた。
ミラは少しだけ笑う。
「すっかり慣れましたね」
「君が毎回聞くからだ」
「良い習慣です」
「そうだな」
その返事があまりに素直だったので、ミラは少し驚いた。
エリオットは視線を逸らす。
「……できることが増えるなら、悪くない」
ミラは胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。
「はい。悪くありません」




