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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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残すもの、持っていくもの 2

 その日、ミラは村中を回って、似た症状の者がいないか確認した。

 熱を出した少年以外に、黒い欠片に触れたらしい者はいなかった。林道に近づいた子どもたちも調べたが、発熱や寒気は出ていない。

 村長は旧炭焼き道の入口に簡易の柵を作り、札を立てた。

 ――危険物あり。立入禁止。村長へ報告。

 村人たちは不安そうではあったが、ミラが一軒一軒を回り、症状があればすぐ呼ぶよう説明したことで、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 エリオットは、ミラの往診に同行した。

 ただし、手伝いは最小限。

 扉を開ける。

 道具箱を左手で支える。

 足の悪い老人が立つ時に、体を支える位置へ立つ。

 それだけだ。

 それでも村人たちは、彼を頼りにし始めていた。

「すまないね、背の高い人」

「こちらの椅子へ」

「ありがとよ。腕、大丈夫かい?」

「問題ありません」

「無理は駄目だよ。治療師さんに叱られるからね」

 そのたびにエリオットは少し黙る。

 ミラは真面目に言う。

「叱りません。必要な指摘をします」

「それを叱ると言うんだよ」

 村の老婆にそう言われ、エリオットはわずかに口元を動かした。

「俺もそう思います」

「エリオットさん?」

「いや」

 ミラが振り返ると、彼はすぐに表情を戻した。

 こうした小さなやり取りの中で、エリオットは少しずつ村人の視線に慣れていった。

 包帯を巻いた右腕を見られること。

 患者として扱われること。

 けれど同時に、できる範囲で誰かの役に立てること。

 それが、彼の中の硬いものを少しずつ解いていくようだった。

   

 昼過ぎ、ミラは熱を出していた少年の家を再び訪ねた。

 少年は寝台に横になっていたが、先日より顔色がよかった。額に触れると、熱はかなり下がっている。

「もう大丈夫そうですね。今日は消化のよいものを少しずつ食べてください」

 母親は何度も頭を下げた。

「本当にありがとうございます。あの黒いものを拾わせたばかりに……」

「お母さんのせいではありません。子どもは珍しいものを拾います。大事なのは、次から触らないことです」

 少年は寝台の上で小さく頷いた。

「もう拾わない」

「黒い石だけじゃなくて、見慣れないものは大人に見せてからにしましょう」

「うん」

 その時、少年がエリオットを見た。

「おじさん、こないだいた人?」

 エリオットの表情が固まった。

 ミラは下を向いた。

 笑ってはいけない。

「……いた」

「ぼく、覚えてないけど、声聞こえた気がする」

「そうか」

「黒いやつ、怖かった?」

 エリオットは少し黙った。

 それから、子どもにも分かるように言葉を選んだ。

「怖いものだった。だが、治療師さんが追い出した」

 少年はミラを見た。

「治療師さん、すごい」

 ミラは少し慌てた。

「一人で治したわけではありません。エリオットさんが、黒いものの場所を教えてくれたんです」

「おじさんもすごい?」

 エリオットは今度こそ返事に困った。

 ミラは真面目に頷いた。

「はい。とても」

 少年はにこっと笑った。

「じゃあ、おじさんもありがとう」

 エリオットはしばらく黙り、やがて低く言った。

「……どういたしまして」

 家を出たあと、ミラは少しだけ笑った。

「よかったですね」

「何が」

「お礼を言われました」

「子どもにおじさんと呼ばれた」

「そこですか?」

「俺はおじさんという歳じゃない」

 エリオットは真剣だった。

 ミラはこらえきれず、小さく笑ってしまった。

「すみません」

「笑うな」

「すみません」

 謝りながらも、声は少し弾んでいた。

 エリオットは不満そうに見えたが、その目元は柔らかかった。


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