残すもの、持っていくもの 2
その日、ミラは村中を回って、似た症状の者がいないか確認した。
熱を出した少年以外に、黒い欠片に触れたらしい者はいなかった。林道に近づいた子どもたちも調べたが、発熱や寒気は出ていない。
村長は旧炭焼き道の入口に簡易の柵を作り、札を立てた。
――危険物あり。立入禁止。村長へ報告。
村人たちは不安そうではあったが、ミラが一軒一軒を回り、症状があればすぐ呼ぶよう説明したことで、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
エリオットは、ミラの往診に同行した。
ただし、手伝いは最小限。
扉を開ける。
道具箱を左手で支える。
足の悪い老人が立つ時に、体を支える位置へ立つ。
それだけだ。
それでも村人たちは、彼を頼りにし始めていた。
「すまないね、背の高い人」
「こちらの椅子へ」
「ありがとよ。腕、大丈夫かい?」
「問題ありません」
「無理は駄目だよ。治療師さんに叱られるからね」
そのたびにエリオットは少し黙る。
ミラは真面目に言う。
「叱りません。必要な指摘をします」
「それを叱ると言うんだよ」
村の老婆にそう言われ、エリオットはわずかに口元を動かした。
「俺もそう思います」
「エリオットさん?」
「いや」
ミラが振り返ると、彼はすぐに表情を戻した。
こうした小さなやり取りの中で、エリオットは少しずつ村人の視線に慣れていった。
包帯を巻いた右腕を見られること。
患者として扱われること。
けれど同時に、できる範囲で誰かの役に立てること。
それが、彼の中の硬いものを少しずつ解いていくようだった。
昼過ぎ、ミラは熱を出していた少年の家を再び訪ねた。
少年は寝台に横になっていたが、先日より顔色がよかった。額に触れると、熱はかなり下がっている。
「もう大丈夫そうですね。今日は消化のよいものを少しずつ食べてください」
母親は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます。あの黒いものを拾わせたばかりに……」
「お母さんのせいではありません。子どもは珍しいものを拾います。大事なのは、次から触らないことです」
少年は寝台の上で小さく頷いた。
「もう拾わない」
「黒い石だけじゃなくて、見慣れないものは大人に見せてからにしましょう」
「うん」
その時、少年がエリオットを見た。
「おじさん、こないだいた人?」
エリオットの表情が固まった。
ミラは下を向いた。
笑ってはいけない。
「……いた」
「ぼく、覚えてないけど、声聞こえた気がする」
「そうか」
「黒いやつ、怖かった?」
エリオットは少し黙った。
それから、子どもにも分かるように言葉を選んだ。
「怖いものだった。だが、治療師さんが追い出した」
少年はミラを見た。
「治療師さん、すごい」
ミラは少し慌てた。
「一人で治したわけではありません。エリオットさんが、黒いものの場所を教えてくれたんです」
「おじさんもすごい?」
エリオットは今度こそ返事に困った。
ミラは真面目に頷いた。
「はい。とても」
少年はにこっと笑った。
「じゃあ、おじさんもありがとう」
エリオットはしばらく黙り、やがて低く言った。
「……どういたしまして」
家を出たあと、ミラは少しだけ笑った。
「よかったですね」
「何が」
「お礼を言われました」
「子どもにおじさんと呼ばれた」
「そこですか?」
「俺はおじさんという歳じゃない」
エリオットは真剣だった。
ミラはこらえきれず、小さく笑ってしまった。
「すみません」
「笑うな」
「すみません」
謝りながらも、声は少し弾んでいた。
エリオットは不満そうに見えたが、その目元は柔らかかった。




