同じ黒 3
その日の夕方までに、林道周辺で見つかった欠片は計六つになった。
どれも小さい。
瘴気は薄い。
だが、触れれば体調を崩すには十分だった。
村長はすぐに旧道を封鎖し、子どもたちへ近づかないよう言い聞かせた。村人たちには、黒い石や黒い粉を見つけても触らず、すぐに知らせるよう通達した。
ミラは、回収した欠片のうち瘴気の薄いものを浄化する準備を始めた。
机の上に白花を並べ、泉の水を用意する。
エリオットは椅子に座り、右腕を休ませていた。
「今日は、あなたは見ているだけです」
「感じ取るのも駄目か」
「弱い欠片だけです。私一人で処理できるか試します」
「分かった」
「強い反応が出たら、すぐ中止します」
「ああ」
ミラは小さな欠片の一つに魔力を流した。
黒い靄が、ほんの少し立ち上る。
白花の光で包む。
泉の水へ落とす。
じゅ、と小さな音がして、瘴気が薄れる。
欠片は灰色の石のようになった。
ミラは息を吐いた。
「これは大丈夫です」
「一人で浄化できるのか」
「薄いものなら。でも、核があるものは難しいです」
彼女は昨日の強い核を封じた包みに視線を向けた。
「これは、やはり持っていきます」
「王都へ?」
「最終的には。まずは次の町で、封印用の容器を探します。今のまま持ち歩くのは不安です」
「次の町で仕入れか」
「はい。包帯や布も足りなくなってきましたし」
そう言ってから、ミラは帳面を開いた。
「この村での滞在は、予定通り五日を基本にします。ただ、明日と明後日で、似た症状の人がいないか確認します。旧道は封鎖。村長さんに警戒をお願いする。強い瘴気の源がこの村にあるわけではなさそうなので、深追いはしません」
エリオットは静かに頷いた。
「俺たちが追うべきなのは、落ちた欠片ではなく、運んでいた誰かか」
「はい」
「今は追えない」
「はい」
ミラは彼を見た。
「悔しいですか」
「あぁ」
正直な答えだった。
「だが、今の俺が走って追える相手じゃない」
「そうですね」
「剣も握れない」
「はい」
「だから、今は記録する」
ミラは目を瞬いた。
エリオットは少し視線を逸らした。
「君がいつもしているように」
ミラの胸に、柔らかなものが広がった。
「……はい」
彼は変わってきている。
痛みに耐えて突き進むだけだった人が、立ち止まり、見て、記録し、次に繋げようとしている。
それは、右腕が動くようになることと同じくらい大切な回復だった。
夜、ミラは帳面に今日の調査結果をまとめた。
――林道周辺に瘴気欠片計六つ。
――旧炭焼き道に最近の轍あり。重い荷を積んだ馬車の可能性。
――欠片は自然発生ではなく、加工された魔力結晶または触媒の破片と思われる。
――エリオットさんの右腕に残る瘴気と性質が近い。ただし欠片の方が低濃度。
――エリオットさんの負傷に使用された瘴気も、人為的に加工されたものである可能性が高まる。
――現時点では、誰が運んでいたか不明。村を狙ったものか、通過中の落下物かも不明。
――村内で似た症状の患者確認を継続。旧道封鎖。強い核は封印して携行予定。
そこまで書いて、ミラは筆を止めた。
手前の部屋では、エリオットが静かに座っている気配がする。まだ眠っていない。
「エリオットさん」
「何だ」
「腕は?」
「痛み二。熱はほとんど引いた」
「よかったです」
少し間があった。
やがて、彼の声が低く届く。
「ミラ」
「はい」
「今日、君に言われるまで、俺はまだ自分が弱かったせいだと思っていた」
ミラは帳面から顔を上げた。
「でも、少し違うのかもしれない」
「はい」
「もし誰かが俺の腕を狙ったのなら、俺はそれを知りたい」
「一緒に調べましょう」
ミラはすぐに答えた。
仕切りの向こうで、エリオットが小さく息を吐いた。
「君は迷わないな」
「迷っています」
「そうは見えない」
「でも、あなたの腕を治すために必要なことなら、調べます」
ミラは帳面を閉じた。
「それは迷いません」
向こうが静かになる。
しばらくして、エリオットが言った。
「なら、俺も迷わないようにする」
「何をですか?」
「痛みを報告すること。無理をしないこと。できることを記録すること」
ミラは思わず少し笑った。
「とても良い方針です」
「治療師に褒められると、妙な気分だ」
「慣れてください」
「努力する」
その声は穏やかだった。
外では、村の夜が深まっている。
黒い欠片の出どころは、まだ分からない。
けれど、それがエリオットの過去と繋がっている可能性が見え始めた。
旅の目的が、またひとつ増えた。
腕を治す。
剣を取り戻す。
そして、彼の右腕を壊した黒いものの正体を突き止める。
ミラは灯りを落とす前に、机の上の封印包みに目を向けた。
小さな黒い核は、何重もの布の奥で沈黙している。
だが、その沈黙は終わりではなかった。
むしろ、始まりのように思えた。




