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落ちこぼれ治療師は傷ついた騎士の剣を取り戻す  作者: 月森しおり
第一章 旅の治療師と傷ついた騎士
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46/188

同じ黒 3

 その日の夕方までに、林道周辺で見つかった欠片は計六つになった。

 どれも小さい。

 瘴気は薄い。

 だが、触れれば体調を崩すには十分だった。

 村長はすぐに旧道を封鎖し、子どもたちへ近づかないよう言い聞かせた。村人たちには、黒い石や黒い粉を見つけても触らず、すぐに知らせるよう通達した。

 ミラは、回収した欠片のうち瘴気の薄いものを浄化する準備を始めた。

 机の上に白花を並べ、泉の水を用意する。

 エリオットは椅子に座り、右腕を休ませていた。

「今日は、あなたは見ているだけです」

「感じ取るのも駄目か」

「弱い欠片だけです。私一人で処理できるか試します」

「分かった」

「強い反応が出たら、すぐ中止します」

「ああ」

 ミラは小さな欠片の一つに魔力を流した。

 黒い靄が、ほんの少し立ち上る。

 白花の光で包む。

 泉の水へ落とす。

 じゅ、と小さな音がして、瘴気が薄れる。

 欠片は灰色の石のようになった。

 ミラは息を吐いた。

「これは大丈夫です」

「一人で浄化できるのか」

「薄いものなら。でも、核があるものは難しいです」

 彼女は昨日の強い核を封じた包みに視線を向けた。

「これは、やはり持っていきます」

「王都へ?」

「最終的には。まずは次の町で、封印用の容器を探します。今のまま持ち歩くのは不安です」

「次の町で仕入れか」

「はい。包帯や布も足りなくなってきましたし」

 そう言ってから、ミラは帳面を開いた。

「この村での滞在は、予定通り五日を基本にします。ただ、明日と明後日で、似た症状の人がいないか確認します。旧道は封鎖。村長さんに警戒をお願いする。強い瘴気の源がこの村にあるわけではなさそうなので、深追いはしません」

 エリオットは静かに頷いた。

「俺たちが追うべきなのは、落ちた欠片ではなく、運んでいた誰かか」

「はい」

「今は追えない」

「はい」

 ミラは彼を見た。

「悔しいですか」

「あぁ」

 正直な答えだった。

「だが、今の俺が走って追える相手じゃない」

「そうですね」

「剣も握れない」

「はい」

「だから、今は記録する」

 ミラは目を瞬いた。

 エリオットは少し視線を逸らした。

「君がいつもしているように」

 ミラの胸に、柔らかなものが広がった。

「……はい」

 彼は変わってきている。

 痛みに耐えて突き進むだけだった人が、立ち止まり、見て、記録し、次に繋げようとしている。

 それは、右腕が動くようになることと同じくらい大切な回復だった。

  

 夜、ミラは帳面に今日の調査結果をまとめた。

 ――林道周辺に瘴気欠片計六つ。

 ――旧炭焼き道に最近の轍あり。重い荷を積んだ馬車の可能性。

 ――欠片は自然発生ではなく、加工された魔力結晶または触媒の破片と思われる。

 ――エリオットさんの右腕に残る瘴気と性質が近い。ただし欠片の方が低濃度。

 ――エリオットさんの負傷に使用された瘴気も、人為的に加工されたものである可能性が高まる。

 ――現時点では、誰が運んでいたか不明。村を狙ったものか、通過中の落下物かも不明。

 ――村内で似た症状の患者確認を継続。旧道封鎖。強い核は封印して携行予定。

 そこまで書いて、ミラは筆を止めた。

 手前の部屋では、エリオットが静かに座っている気配がする。まだ眠っていない。

「エリオットさん」

「何だ」

「腕は?」

「痛み二。熱はほとんど引いた」

「よかったです」

 少し間があった。

 やがて、彼の声が低く届く。

「ミラ」

「はい」

「今日、君に言われるまで、俺はまだ自分が弱かったせいだと思っていた」

 ミラは帳面から顔を上げた。

「でも、少し違うのかもしれない」

「はい」

「もし誰かが俺の腕を狙ったのなら、俺はそれを知りたい」

「一緒に調べましょう」

 ミラはすぐに答えた。

 仕切りの向こうで、エリオットが小さく息を吐いた。

「君は迷わないな」

「迷っています」

「そうは見えない」

「でも、あなたの腕を治すために必要なことなら、調べます」

 ミラは帳面を閉じた。

「それは迷いません」

 向こうが静かになる。

 しばらくして、エリオットが言った。

「なら、俺も迷わないようにする」

「何をですか?」

「痛みを報告すること。無理をしないこと。できることを記録すること」

 ミラは思わず少し笑った。

「とても良い方針です」

「治療師に褒められると、妙な気分だ」

「慣れてください」

「努力する」

 その声は穏やかだった。

 外では、村の夜が深まっている。

 黒い欠片の出どころは、まだ分からない。

 けれど、それがエリオットの過去と繋がっている可能性が見え始めた。

 旅の目的が、またひとつ増えた。

 腕を治す。

 剣を取り戻す。

 そして、彼の右腕を壊した黒いものの正体を突き止める。

 ミラは灯りを落とす前に、机の上の封印包みに目を向けた。

 小さな黒い核は、何重もの布の奥で沈黙している。

 だが、その沈黙は終わりではなかった。

 むしろ、始まりのように思えた。

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